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ウツ婚!!「まだ始まってもいない私」

はじめに

(漫画版がコミックDAYSにて連載中)

〜まだ始まってもいない私〜

「「諦めたらそこで試合終了(byスラムダンク)」っていうか「閉店ガラガラ(byますだおかだ)」なんですけど・・・」
「死にたい」なんて108回はつぶやいたし、私は誰とも会わず誰とも話さない一日をまた終えようとしていた。引きこもってから三ヶ月くらい。無職歴は三年。大学は八年通ったけれど親の経済力に限界が来て、若しくは堪忍袋の緒が切れて、大学は四年生で中退。もちろん院に行っていたわけでもなく、長すぎるモラトリアムというか、要はメンがヘラってなんとなく在学しながら引きこもりと過食とダイエットを繰り返していただけ。大学は中退して終止符を打てたけど、メンヘラも引きこもりも実家住まいも手放せずにいた。

 そんな私の一日が開店するのは大体AM1時頃。両親が寝静まってから、そーっとコンビニに行く。もちろん過食するための買い出しだ。実家は港区のど真ん中にあるのでコンビニには不自由しない。セブン・ローソン・ファミマにサンクス。考えるのもめんどくさい。食べたいと思える物がわかんないから安い物を手当たり次第買う。店員に絶対変なあだ名付けられているし、さっさと買ってさっさと帰る。食べているときはいい。何も考えなくて済むから。食べていることをも忘れたいから図書館で借りてきた本と、誰からも掛かって来なくなった携帯をまとめサイトを見るためだけに開く。六畳間の私の部屋からはたまに、消し忘れた東京タワーの灯りが見えるけれど、そんなキラキラはぴしっと障子を閉めて無かったことに。スティックパンは安くて多くていい。漫画もクッキングパパでいい。私に優しい物だけ周りに置いて、それらを消費し尽くして、ようやく明け方五時くらい。両親が起きてくる前に寝なきゃ。


 夫婦二人で翻訳会社を営む両親は、結構高齢で持病なんかもあったりして。ど田舎から出てきて事務所を港区のど真ん中に構えているせいで、事務所まで徒歩十分の郵便番号だけ立派なアパートに住んでいる。メンヘラ引きこもりニートな私はもちろん実家に寄生し、もちろん両親に合わせる顔もなく、そのためにも鬱のためにも昼夜逆転の生活だった。でもあんまり眠れないからAM10時にはまた起きちゃう。起きたらまず冷蔵庫の扉を開ける。お腹一杯になってまた寝たいから。お風呂はリビングですれ違う親に怒られない限り入らないし、歯も磨かないからボロボロだけれど、そんな体の不快感を消すためにも早く食べなきゃ。

 なんで実家の冷蔵庫の中ってあんなにも正しいのだろう。野菜は多く肉は少なく魚は旬の物。コーラも菓子パンもさきいかも無い。父親の酒のつまみのピーナッツをコソッと食べて、米と何かでかっ込んでもう一度閉店就寝ガラガラ。でも起きちゃう。眼が覚めなければ、体重は90キロを超えたけど、いつでも最高の夜なのに。明けない夜はないなんて、心底余計なお世話だし。リストカットしていないのは痛いのが嫌なだけだし。自殺していないのは怖いだけだし。はっ!また考え始めた!食べなきゃ食べなきゃ。

 食べたり図書館に行ったり中古の漫画を買いに行ったり又食べたりを繰り返す毎日の中でヤバイ!ってなるときがある。それは夜中のコンビニに入るとき。ドアが鏡張りになっているから闇夜に自分の姿が浮かび上がる。太って髪はぐちゃぐちゃで弟(元アメフト部。身長188cm体重MAXで100kg)のスウェットを着ている自分。控えめに言って不審者。自分がHOT PEPPERよりBIG ISSHUに近いことも知ってる。ヤバイマジヤバイ。とりあえず風呂には入ろう。

 風呂は本気で容赦ない。肥えた体を自分で洗えとか、なにそれ修行?自分なんて触りたくもないのに。でもヤバイから必死で入る。風呂の鏡に「曇り防止」とか付いて無くて良かった。ボロアパート万歳。パンツも入らなくなっているから父親のビール腹使用のパンツを拝借。白ブリーフ万歳。弟のスウェットが豊富にあることに感謝して体育会系に足を向けて就寝。明日からダイエットしなきゃ。



 このくだりを何回繰り返したのだろう。そして私はスポーツジムに通い出し、親は「家で食って寝ているよりはマシ」と入会費月会費を払い、私は急に何も食べなくなってガリガリになり、バイトとか始めだし、どうせ鬱になったときの過食代に消えるお金を稼ぎ、「一日だけ。自分へのご褒美」と始めた過食が、一日になり一週間になり一カ月になり、今の三ヶ月目に至る。

 寂しい。圧倒的に寂しい。もう自分が社会的にどうとかキャリアがどうとか、そんなご立派な悩みにすら登れない。東京の中心で菓子パンと漫画に囲まれてむくむくと太った私は、鳴らない携帯を握りしめて必死に親の脛を囓っていた。そろそろ囓り尽くしちゃう。そしたら私は底の底に落ちる。そこに敗者復活戦は無い。ヤバイヤバイマジヤバイ。とにかく誰かと喋りたい。寂し死にする。ちょっと待って。一回だけ考えてみよう。怖いけど。

 まず私は今年で27歳(一年遅れて大学に入っているから)。松嶋菜々子がドラマ『やまとなでしこ』で「女の市場最高値」と言っていた歳だ。どちらかといえば松嶋菜々子より松島知子似の私は、とりあえずコーラからネオ麦茶に変えてみるか。黒ウーロン茶って高いし。いや、そうじゃない。またダイエットをしたって同じことの繰り返し。「女の市場最高値」ということは、やっぱり私はこれから下落していくばかり?生活保護申請のために「もやい」に連絡してみるか。でもそれって結構ガクブル。高過ぎるのか低すぎるのか、とにかく結構なハードルだ。生活保護をもらっている自助グループ仲間は沢山いるけれど、みんな結構引け目を感じながら生きている。

市場最高値の年齢で、私は職歴も貯金も持っていなかったけれど90キロの体重と精神科の診察券は持っていた。デブ専キャバクラへの応募も真剣に考えたが、それもとにかく結構なハードルだ。残ったカード(診察券)を使おう。私は三ヶ月間会っていないがそれなりに長い付き合いの主治医(初めて精神科に行ったのは多分21歳くらい。ドクターショッピングを繰り返し、今の主治医とは24歳のときに出会った)の診察予約を取ることにした。電話をする勇気を出すのにもう一週間かかったけれど、予約はあっけなく取れた。これで久々に外に出て他人と会う。やっぱりガクブル。でも金は払うし通行手形(診察券)もある。診察の日が来るまでバナナと『美味しんぼ』を貪って、それでは閉店ガラガラ。


予約の日、精神科にはママと行った。コンビニに過食の材料を買いに行くのはマスターベーションのおかずを買いに行くのと同じだから一人じゃないと嫌だけど、精神科という世間様に接触するのは一人じゃ怖いし。ママは過保護でイネイブラーで学生運動上がりのTHEアル中妻だけれど、そのエネルギーが凝縮されているのかとても小さい。どのくらいかっていうとママ以外は全員身長が170cm越えの我が家で家族写真を撮ると、まるで捕獲された宇宙人みたい。そんなママにいい歳こいた私は手を繋いで捕獲してもらい精神科へと辿り着く。ママをクレイジーな仲間たちでごった返す待合室に残して、いざ診察室へ。

診察で私はメンヘラの常套句である「死にたい」「助けて」「自分がどうなっちゃうのか怖い」を並べた。辛いんです苦しいんですって雰囲気でアピールしながら。すると主治医は慣れた調子で私が投げた常套句を全てスルーして一言言った。

「結婚すれば?」

・・・・・・・・・。
出た!(by又ますだおかだ)いいんだよ(by夜回り先生)ならぬ「NO MORE いいんだよ」!
てっきり「ありのままのあなたで大丈夫」とか「今は休むときだから」とかキレイゴトを頂けると思っていた私は、そのとき本気で閉店しようかと思った。「結婚」って。だってデブだよ?無職だよ?メンがヘラっているんだよ?ハードルが上がりすぎて耳キーンなるわ(byフットボールアワー後藤)。ゆとり世代じゃないけど、ゆとってる私は褒められて伸びるタイプだし。図体はでっかくても肝っ玉は小さいのだし。「結婚」って。何ソレおいしいの?

たった一言だけ、しかし私をパラダイムシフトさせるたった一言を頂戴してママのいる待合室に戻った。「どうだった?」「先生は何だって?」ママの言葉を今度は私がスルーして、何となく処方された薄目の抗うつ剤を貰いに調剤薬局に向かう。私の通う精神科の目の前にある、その調剤薬局にはこれまたクレイジーな仲間たちが居て、昔からのメンヘラ仲間が私を見付けてくれちゃった。そして前に会ったときから30kgは体重が増えている私の目をしっかり見て「月美、人は見た目じゃないよ」と言った。涙も出ない。

どうしたらいいの?見た目に振り回されて27歳まで生きてきた私が「人は見た目じゃない」のなら、これまでの苦しみは何だったの?本当はどっち?人は見た目が100%(byフジテレビ)なの?本当は、外見よりも中身が大事なの?私の中身は外見のことしか考えていないのに。高校を中退して通信で高卒認定資格を取り、好きな人が通っているMARCH大学に入学するまでの間、私は参考書しか読まなかった。でも「受かったら化粧とダイエットのことしか考えたくない」とエリート官僚の姉に言ってドン引きされていたし。大学生になって独り暮らしをした部屋には有言実行、化粧品と美容本しかなくって。遊びに来た当時KO在学中の親友はそんな自己顕示欲というより肥大した自己愛に満ちている本棚を見て「嶋田ちあきの『「美」のレッスン』も山咲千里の『だから私は太らない』も月美が買うのはわかるけど、香取慎吾の『ダイエットSHINGO』は違くない?」とツッコミを入れた。


「結婚」。もう一回だけ考えてみよう。怖いけど。
結婚したら私はどうなる?「娘」ではなく「妻」になり、父親の扶養から外れる。父親の「誰のカネで飯食ってんだ!」を聞かずに済む。旦那のカネで飯を食えば?それはいわゆる専業主婦だ。上野千鶴子の「専業主婦は家父長制に巣食う白アリ」どんと来い。小倉千加子の「カオとカネの交換」出来る?冷笑された「新保守主義」の女の子に、私はなれるのだろうか。しかも私の飯代は高い。ということは、高収入で専業主婦にならせてくれる男と結婚すれば万事快調。大団円。って、そんなことは山田昌弘も白河桃子も読まなくたって知っている。問題はそんな男が私と結婚してくれるかだ。その交渉って生活保護申請より通りにくい。
「諦めたら、そこで試合終了ですよ」安西先生の声がまた聞こえる。私は閉店ガラガラしたい気持ちを必死にこらえてシャッターを押し上げようかなってちょっと思った。ちょっとだけ。


【講談社with onlineにて、『ウツ婚‼︎remix』連載中!】


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