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アイリスの小説集

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これまでに書いた幻想小説をまとめています。短編なので、通勤・通学時に是非。
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記事一覧

私は浴槽に住むことにした 第一話

私は浴槽に住むことにした 第一話

風呂に入っている時に、こう考えた。
自分が今リラックスできているのは、主に二つの要素による。温かいお湯と、適切な閉鎖空間である。特に後者は、何かと雑音の多い現代において、何もしないことを肯定してくれる存在である。そして、自分にとってその閉鎖空間が精神の安定に占める割合が大きいと気づいた時、私は浴槽で暮らすことを決心するに至った。お湯を抜けば、ゆっくりとここで暮らすことが可能だ。

何を突飛なことを

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world's end umbrella

world's end umbrella

僕の名前は...いや、やめておこう。紹介するに足らない、どこにでもいるような、特に特徴のない人間なのだから。今は下校の途中だ。なんだか、最近周りの出来事が妙に遠くに感じられ始めた。まるで僕の前で景色を映した大きなテレビが垂れ流されているような...僕はその傍観者にすぎないような...そんな感覚を感じながら、漫然と日々を過ごしていた。周りを見渡してみると、薄暗い、それでいてどこか明るく真っ赤な夕焼け

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廃墟とピアノ

廃墟とピアノ

とある秋の日、わたしはある人を訪ねる為に無機質なコンクリートで覆われた道路を歩いていた。先程まではいかにも都会だと言わんばかりのビルが乱立していたが、この道路にはいつの間にか木々の木漏れ日が差している。陽が遮られた木陰にいた私は、冬を思わせる冷たい風を感じていた。いや、冷たいと言っては語弊がある。どこか暖かく、柔らかい風でありながら肌を冷やす風といった方が正しいだろうか。道路の舗装も段々と崩れてき

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ヒトという存在を定義するのは可能なのか?統一した自我は存在するのか?いま、問い直す。

ヒトという存在を定義するのは可能なのか?統一した自我は存在するのか?いま、問い直す。

そもそもヒトとは何なりや?私たちのこの体を構成している細胞一つ一つだろうか?いや、感覚的に正しい定義かもしれないが、違うだろう。というのも、私たちの細胞は日々更新を繰り返し、剥がれ落ちていっている。「私」という統一されたアイデンティティを託すにはあまりに頼りない。いや、本当に私という存在は一貫しているのか?ニーチェは、『脱皮できない蛇は滅びる。意見を脱皮してゆくことを妨げられた精神も同じことである

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砂になった街

砂になった街

6時27分。私が起きるのはいつもその時間だ。いつもこの時間に目が覚める。いつも通り7時間睡眠。淡々と、毎日のルーティンをこなしていく。トイレに行ってそのあとシャワーを浴びて、朝ごはん。決まってトースト1枚。バターを塗って食べる。バターの付け方も決まっている。食パンの手前から奥へ、左から右へとバターを交差させて塗っていく。この塗り方でしか出せない味があるのだ。家族に言ったら不思議がられたけども。もし

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