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磨く結晶体

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わたしの中の大切なもの
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#エッセイ

孤島

孤島

「はっ と目が覚め
頭に浮かんだことを
メモしたけど呟いてもみる。。
『人は元来わかり合えないものなのだ』
…というところから
出発すべきなのではないかと。
それぞれ、
体という入れ物の中に入っている。
わからない者同志が生きてる連続、
それこそ奇跡なのではないかと。
“一瞬の重なり”以上に
期待しすぎてやしないかと。。」

(※2022年4月5日(火)早朝のツイート)

私はいつも突然で唐突であ

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何者でもない自分

何者でもない自分

ある時から
わたしは こう思っている

「私は『何者でもない』自分を愛してる」と

 *

この美しい空
画家なら描かずにおれない…

舞い落ちる紅葉
詩人なら謳いあげたくなる…

寄せては返す波の音
音楽家なら再現したくなる…

歓喜、情熱
踊り手なら体が突き動かされる…

─ 全てに魂が宿っている ─

その生命力に
少しでも触れた途端

私の五感は共鳴し始め
狂おしいほどの感動が生まれ出る

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柔らかな サンクチュアリなる茶室にて 真実という お茶を差し出す

https://note.com/imogine_note/n/n1b1a2dd30731
↑先日つぷやいたことは日頃考えていることなのだけれど、自分のやってきたsmileへの姿勢はこの本の言わんとしている《ケアの倫理》だったのだな…と涙してしまった…(小川公代さん『世界文学をケアで読み解く』。特に「あとがきにかえて」の所)

私は…やはり…Smileは必要だと思う。それを無理に声や表情に出さなくとも。ユーモアとは…何よりまず自分の内側から処方箋として用意されているものだと感じている。勿論、何かの引き換えに「笑い」があってはいけないと思っている。
卑屈さや駆け引きではない笑いがある。島に育まれた宝物だ。

さみしいなあ。私は少ない。持ってるものが。/いや充分ではないか。何を贅沢なことを。/(沢山持ってると管理しきれなくて不安になる、だから制限してるのに)/(でも少ないものに頼り切ってるのがわかるから)/おちついて/力いっぱいな蝉の静けさに身を委ねよう/好きな本の中に入ろう寂しさは友

コンプレックスの事

コンプレックスの事

よく指摘されることがある。
「自分を卑下しすぎてる」
「謝りすぎている」と。。

たしかによく言われているように、自分を謙りすぎることは同じように該当する周りの人に、かえってつらい思いをさせてしまう形になるのだ…と。
…その通りなのだと思う。

つい言ってしまいがちな
「私なんか」「もう○○だから」
「私のような者に」。
なんとか意識して減らそうとしている。

ただ、これらの言葉を使っている時とい

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