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短編小説の箱庭

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一定のルールがないと逆に上手く息ができなくなってしまいがちの幾兎が、ルールなしで綴った短編を寄せ集めたマガジンです。 淡かったりハッピーだったり黒かったり、いろんなヤツが生息して…
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記事一覧

夢奏楽団

「指揮者は消えた」
その声はまるで遠雷だった。いや、本物の雷もまた、古城の崩れるような音をしてどこかで確かに落ちていた。とにかく俺はそんな二つの音が蠢くのを聞いて、目を覚ました。

企画の紹介と、三行よりもずっと長い後書き

はい。「え? 三行書きゃええん? 助かる!」ってノリで、高校生時代使っていたアプリに眠ったままになっていた文章を引っ張り出していじくってみました(ナメとんのかコイツ)。僕は幼

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神女、堕ちて

 告白いたします。
 あたしはある人間の男に、恋をしました。

 端麗な顔立ちのその男は、元は貧しい書生でした。幼いうちに父母と死別してから、親戚の家をたらい回しにされ、その間に自分の財産もみんな失ってしまったのだそうです。やがて育ての親である伯父に酒の一興で歳の二つ上の女を女房にと押し付けられるのですが、この女がまたひどかったようで、顔も醜ければ性格も憎らしく、主人である自分を一向に敬服しないの

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エンターテイナー

消毒液が今日はやけに染みた。手を見ると真っ赤にふやけていて、ムズムズとしたかゆみが這った。元々弱い肌で洗剤を使った後はよく負けていたのだが、ついにアルコールもダメになってしまったか。そんなことをぼんやり思いつつも、同じように消毒と検温に並ぶ人の波の中じゃ泣き言も言ってられず、そのまま列に流される。
僕の職業を一言で説明するのは難しい。「演者」としてステージ、あるいは画面の向こう側に立つこともあれば

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液晶の外より祈る

※東日本大震災を題材にした物語です。当事者の方にとっては特に不快に思われる可能性のある表現が含まれています。予めご了承の上お読みください。

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「4さいの絵本」という、とても気に入っていた本が一冊ある。季節の花だとか車だとか、いろいろな分野のものごとを学習できる知育絵本で、幼い頃の私はそのさまざまな写真や絵に目を輝かせていた。惑星の並びを覚えたのもこの本からだった。
その中に

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フェアリーエレファント

どうやら僕の彼女は失踪してしまったらしい。戸崎百美、通称モモ。大学生時代から七年間付き合っていた。「らしい」というのも、突然いなくなったのだ。同棲していた家から中学校へ仕事に出るのを彼女に見送られて、帰ったらいなかった。残っていたのはダイニングテーブルの上の置き手紙と、分厚い冊子。
そのうちの置き手紙にはこうあった。「遠くに行きます。仕事場には辞めるって連絡している。あなたといて、まともじゃない

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私はヒーローです。

本が好きじゃない。
いきなり何を言ってくれると思われただろうか。いや、思っていただきたい。この話を最後まで聞いていただくにあたり肝心な導入にしたつもりであるから。なのできちんと説明をさせてほしい。
たとえば流行りの格好をした若者が「自分本ちょっとニガテなんすよ」などと言ったなら、まあ最近の子はそうだよなと大方の人間は納得するだろう。あいにく違う。私は若者ではあるが、現代を仲間と洒落に歩いているよう

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