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神奈川近代文学館「帰って来た橋本治展」
泣き腫らした目を冷ましながら、降りそうで降らない雨雲を避けるようにしてみなとみらい線に乗りこんだ。一人で扱わなくていいことですと先生は言うから、カウンセリングルームを出たらさっきまでの話は振り返らないようにしている。そこで得られた感覚は確かに残っているはずで、下手に考えてこねくり回すより身体になじむのを静かに待つ方がきっといい。元町・中華街駅で降りると、まだ新しくて広々としたその壁には、開港当時
もっとみるPERFECT DAYS 試論
東京画
俺はヴィム・ヴェンダースのことをよく知らなくて、小津安二郎好きの外国人映画監督としてしか認識できていない。唯一観たことのある監督作品は『東京画(Tokyo-Ga)』だけだ。だから自ずとそれを拠り所として考えてしまうのを避けられないし、あながち検討外れでもないように思う。
まず1953年に小津安二郎『東京物語』があって、それから30年後、1983年の東京を映画にしたのがヴィム・ヴェンダ
2024年2月19日
涙を乾かす時間もないまま、俺は午前の路上に放り出された。霧雨が降り始めていて、傘で顔を隠すにはちょうどよかったかもしれない。だけどお墓参りをするにはあいにくの天気だ。それでも、週末は雪の予報も出ているからいまのうちに済ませておくのが吉だろうと思って、俺はそのまま地下鉄に乗って霊園に向かった。
いつもの石屋で花と線香を買い終えた頃には、少しだけ晴れ間が見えていた。いまのうちに掃苔を済ませてしまえ
松任谷由実の思い出2
2019年に松任谷由実を観たときと、2023年と、何が一番変わったかって言ったら姉が亡くなったことだろう。横浜アリーナで『海を見ていた午後』を聴いてから3ヶ月が過ぎた頃だった。
そのあと感染症の脅威で市民生活はすっかり変わり果てたけれど、俺たち家族にとっては何が重大で何がそうでないかはわからないままだった。他人との距離が遠ざかった世界は、喪に服する気持ちに寄り添ってくれたのかもしれないし、忘れるこ