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調布の思い出

2023年4月16日。
この日は朝からカウンセリングだった。3週間、待ち遠しいくらい楽しみにしていた。それは、この過程を乗り越えれば楽になれるという期待感からなのか、この過程自体が自分の興味関心そのものだからなのか。苦しめば苦しむほど楽になっていく感じがするのはその苦しさが元々あったものだからだろう。苦しかったことに気づくだけの連続で、それは深海の地面にタッチして戻ってくるような作業だ。
カウンセリングを終えて、涙も乾かないうちに電車に乗った。目を閉じてクールダウンする。さっきまでのことは置いといて今日これからのことを考える。ライヴまでの時間をどう使うかは決めていなかった。昨日の雨から一転して晴れた、こんな日は川でも眺めながらビールを飲むのが一番良いと思った。ライヴ会場がある調布駅の近隣をiPhoneのマップで調べると、京王多摩川という駅があってそこから川までも歩いて行けるようだった。そして川を越えた先には、中学時代からの友人が住んでいる街のあることを知った。
彼とは中学高校と一緒で、卒業してからも年に1回か2回のペースで会っていた。変わらずに続いている関係を貴重に思っていた。その関係が途切れたのは感染症の拡大がきっかけで、折に触れてメールだけは送っていたけれど、落ち着いたら落ち着いたらって言ってずっと落ち着かなかったから3年近くが過ぎた。LINEを使わない彼から返事が来るかはわからなかったが、だからこそ余計に送っても送らなくても同じように思えた。メールを送るとすぐに返事が届いた。

調布駅のビックカメラ前で待ち合わせている相手が中学2年のクラスメイトというのは不思議な感じがする。彼と仲良くなったのは「自然教室」と呼ばれる宿泊旅行がきっかけだった。男女合わせて7人くらいのグループを作って一緒になったんだけど、そのうち5人はkappaやpikoのジャージを着た不良で、不良っていうか、つい最近まではドッヂボールとかして仲良かったのが急に悪態をついて煙草を吸い始めたりした同級生たちで、なんだかその変化についていけなかったのが俺と彼の2人だった。
あれからもう20年。俺はオレンジジュースとポンデリングの宇治抹茶味を注文した。彼はアイスティーを注文したが、ストローが付いてこなかったと言って首をかしげていた。ひさしぶり過ぎてどんな感じで話していたかを思い出すまでに時間がかかる。声と表情は思ったよりも明るくて安心したが、この3年の話を聞くと全然元気ではなかったことがわかった。今日だって、事前に予定を合わせて会うとなれば難しかったかもしれない。ふと思い立って、小一時間ほどミスタードーナツで。お互い口数が多いわけでもないからちょうど良かったと思う。別れ際に彼は、「久しぶりにギターを練習するわ」と言った。照れて遠慮する気持ちを抑えて俺は、手を伸ばして握手した。

調布の空に暗い雲がやってきて、水滴がぽたぽたと落っこちはじめたところでライヴハウスに着いた。調布CROSS。初めてなのに妙に懐かしかったのは、入り口のわからなさとお香の匂いのせいかもしれない。
この日は友人でありバンド仲間でもあるマツイヒロキの誕生日イベントで、彼がベーシストとして参加している4バンドが連続で出演するというものだった。1バンド目はRED HOT CHILI PEPPERSのコピーバンドで、1曲目のイントロからすでに彼のベースが際立って聴こえた。その音楽的な正確さは原曲を知っているからこそ感じられたことかもしれない。続く2バンドはそれぞれジャンルや方向性の違うものだったが、ここでも彼が必要とされる役割に対して誠実に応答しているのを感じた。丁寧で的確。普段の彼を知っているとその愛嬌に油断してしまうけれど、ステージの上では尊敬すべきプレイヤーに違いなかった。
そして4バンド目がpotekomuzin。ここからは個人的な思い入れを優先して説明は省いていきたい。まず選曲が良かった。フロアの雰囲気が良かった。でぃるくんのドラムが良かった。ズキスズキはどこか煮え切らない表情だったが、ステージに立って彼が歌っているだけで良かった。そしてマツイヒロキは相変わらず、このバンドにとって、ひとつひとつの楽曲にとって、最高の状態を目指して絶え間なく働きかけていた。試行錯誤を強いられたこの3年間は彼らにとって苦しいものだったと思うが、決して止まっていたわけではなかった。何も失ってはいない。何も無駄にはなっていない。そう思って泣きそうになっているとズキスズキが、
「僕には僕のやり方が何百通りとありまして うかつに口を滑らせると白い目で見られかねない」
と歌っているのが聴こえて、泣いた。人生のような、青春のようなものが浮かんで滲んだ。それは俺が勝手に見た幻影に過ぎないかもしれないが。

楽しかった。良い気分だった。良い一日だった。

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