国吉真弘
お見舞いの心得〜菊池寛『病人と健康者』を読んで〜
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お見舞いの心得〜菊池寛『病人と健康者』を読んで〜

国吉真弘

冷暖自知(れいだんじち)と忠恕(ちゅうじょ)の心

 「冷暖自知(れいだんじち)」という言葉は、禅の悟りの境地をいう言葉で、「冷暖自らを知る」と読み下します。
 この意味は、水の冷たい暖かいは、水を飲んだ者や水に触れた者のみがわかるということです。
 また、自分に関わることは他人から説明されなくても、自分がよく知っていることでもあります。

 「冷暖自知」を私たちと関わりのある人権問題に置き換えて考えてみます。私達の周囲に人権を侵害されて苦しんでいる人が大勢います。人権侵害としてよく見聞するものに差別やいじめ、虐待などがあります。そして、差別やいじめ、虐待などからくる苦しさ、辛さ、痛みは、これらを経験した本人でなければよくわからないと言われております。
 私達が、過去に差別やいじめ、虐待などを経験しているのであれば、他人の苦しみを自分のものとして比較的受け止めることができるのですが、このような経験をしている人は少ないと思います。
 したがって、他人の苦しみを知らない私達にできることは、できるだけ相手の立場に寄り添って、その苦しみを理解することではないかと思います。
 そのためには、私達一人一人が柔軟な感受性と鋭敏な想像力を養うことが必要になります。

 相手の立場に寄り添いつつ、その苦しみを理解して行動できる人のことを、郷土の偉人、渋沢栄一翁の「忠恕の心」すなわち「真心と思いやりの心」を身につけた人ということができます。
 しかしこの「真心と思いやりの心」を身につけることは難しいことであって、一朝一夕にできることではないのです。

自宅療養者の病気見舞い

 そこで、病気見舞いの場において配慮しなければならないことについて考えてみたいと思います。

 私達が幼少の頃、風邪を引くなどちょっとした病気は入院などせず、自宅療養するのがほとんどだったのです。この風邪等で自宅で療養のところを友人知人に見舞われると、見舞われる側(以下、「患者」とします。)はどんな気持ちになるのでしょうか。寝間着のこと、夜具のことがみんなオープンになってしまいます。
 新品の夜具や寝間着ならよいのですが、着くたびれた寝間着や粗末な布団をみんなにさらけ出してしまうのですから、恥ずかしいことこの上ないことになります。

 病気で自宅療養中の患者をいきなり見舞ったりすることは、踏み込んではいけない所に踏みこむことになり、非常識だと言われてしまいます。
 何よりもこういう行為は到底他人の気持ちに寄り添った行為とは言えないので気をつけなければいけないでしょう。

重病の人への見舞い

 菊池寛に『病人と健康者』という短編小説があり、この小説の主人公は富井啓一といいます。啓一は地方の高商を出ており、高商時代は柔道に打ち込んでいた屈強な青年です。啓一は上京してある製造会社に勤めることになりますが、ここからこの物語は始まっていきます。

 啓一の会社の先輩に矢野という者がおり、新入社員の啓一はこの矢野から暖かい言葉をかけられ、食事に誘われ、いたく感激をするのです。
 しかしながら矢野は不幸にしてまもなく喀血をして、この頃不治の病と言われた結核に罹患し入院してしまうのです。
 そこで、啓一が会社のみんなを代表して矢野の見舞いをしにいくのです。
 啓一は心底矢野に同情し、矢野の回復を願い見舞いを重ねていくのですが、矢野は薬石の効なく病死してしまいます。 
 啓一は矢野を幾度も見舞ってきたので矢野の方も啓一に好意を抱き、感謝しながら瞠目したことを信じて疑わなかったのです。

 ところが、矢野が残した病床日記には、啓一が思いもつかなかったことが記されていたのです。
 ある日の日記にはこう記されていました。
 「今日は久し振りに会社のT君(富井啓一のこと)が見舞いにきた。自分はT君の好意を欣んだ。が自分はT君と話している裡に、大いなる圧迫をを感じ始めた。それはあの人の強壮な肉体から来る圧迫だ。」
 「病気を怖れない強壮なT君は病人に対し一番理解の持ち難い人だ。あの人は一度も病気をしたことのない人だ。従って、病人の苦悶に対して何等の実感を持って居ないんだ。」
 「あの人の肉体は、あの人の知らぬ間に、自分を侮辱し絶望せしめ圧迫した」「自分は余程T君の来訪を謝絶したいと思ったが、それ程自分の心は強くない。」

 病者と健康者の間はこんなにも心が隔たっており、健康者はこの隔たりを知らないまま病者の見舞いを続けたことになっていたのです。
 見る者から見ればこの二者の関係はカリカチュア(戯画)を見るようだったと思います。

菊池寛の文章から思うこと

 健康者が瀕死の病者を見舞うには、病者の心のありどころを十二分にキャッチし、病者の痛み、苦しみ、辛さを自分の苦しみとして受け止めてはじめて、見舞う心が相手に届くことになるのではないでしょうか。

 私は菊池寛全集(全四巻)の中で、この「病者と健康者」に心を強く奪われ、これまでに幾度も読み返し、機会があるごとにこの話をしております。
 そして、屈強な体格の持ち主は、瀕死の病人を見舞うことは自粛した方が望ましいとも付け加えています。


 舟と舟繋ぐは舫(もや)う人と人結ぶは忠恕思いやりかな(短歌)

 冷暖はエアコンまかせ乳母(おんば)の子(川柳)

 エアコンで冷暖知らぬ乳母の子(川柳)

 政治家の病室蘭の花ざかり(川柳)

参考文献 菊池寛『菊池寛全集 第二巻』文藝春秋



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国吉真弘
埼玉県深谷市にある「一輪草法律事務所」の現役弁護士です。昭和18年生まれの79歳。気がつくと弁護士稼業も半世紀以上となります。この場所では、創作した川柳・俳句・短歌や日々の徒然を書き記そうと思います。よろしくお願い致します。