国吉真弘

埼玉県深谷市にある「一輪草法律事務所」の現役弁護士です。昭和18年生まれの79歳。気がつくと弁護士稼業も半世紀以上となります。この場所では、創作した川柳・俳句・短歌や日々の徒然を書き記そうと思います。よろしくお願い致します。

国吉真弘

埼玉県深谷市にある「一輪草法律事務所」の現役弁護士です。昭和18年生まれの79歳。気がつくと弁護士稼業も半世紀以上となります。この場所では、創作した川柳・俳句・短歌や日々の徒然を書き記そうと思います。よろしくお願い致します。

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    ちょっと自己紹介など

     埼玉弁護士会に所属する弁護士の国吉真弘と申します。所属事務所は、埼玉県深谷市にございます「一輪草法律事務所」です。埼玉の前は沖縄弁護士会に所属しておりました。  先だって、埼玉弁護士会からは在会40年の記念品をいただきました。78歳の現在も現役で弁護士をしております。  思えば、人生の半分以上をこの埼玉で過ごしてきたことになります。  弁護士以外の活動としては、地元深谷市の「さくら・さくらんぼ保育園」の理事長を10年ほど、その後は深谷市の人権団体(深谷市人権教育推進協議会

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      • 77年間続いた平和〜短詩(短歌・俳句・川柳)を楽しむ③〜

        日本のいちばん長い日  8月15日の終戦記念日が又やってきます。終戦の1945年8月15日から数えると77回目の終戦記念日です。とりわけ今年の終戦記念日はロシアのウクライナへの侵攻があり、戦争の残酷さ、悲惨が画面を通して、私達に迫ってきます。  地球上の人達が、いつウクライナ休戦・停戦が実現するのか、息を呑んで見守っています。 昔からものごとを始めるのは容易ですが、終結を実現するのは困難だと言われております。  このことは、永年暮らしていた夫婦が離婚するまでの過程を見れば明

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        • まがつびよふたたびここにくるなかれ〜短詩(短歌・俳句・川柳)を楽しむ②〜

          今回は、膨大な短詩の群の中から、私の眼鏡にかなった短詩を1首(句)ずつ取り出し、皆様とともに鑑賞して参りたいと思います。 短歌を楽しもう  まがつびよふたたびここにくるなかれ  平和をいのる人のみぞここは                                湯川秀樹  昭和24年に日本人で初のノーベル賞(物理学)を受賞した湯川秀樹博士の1首です。この1首は広島の平和記念公園で詠まれた作品です。 「まがつび」というのは、凶事を惹き起こす神のことです。  湯川博士

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          • あをによし奈良の都の昼下がり

            安倍元総理銃撃される  コロナが猖獗(しょうけつ)を極める中で、平凡な生活が見直されています。「今日もまたかくてありけり」「明日もまたかくてありなん」(千曲川抒情歌)と藤村もうたったように変わり映えのしない日々が過ぎていくのです。  そんな中で政治の世界では時折、突発的な事件が出来することがあります。政治の世界は「一寸先は闇」と言われていますが、なるほどとうなづけるのです。  奈良県で去る7月8日、参院選の応援演説中だった安倍晋三元総理が銃撃されるという痛ましい事件が発

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            • 短詩(短歌・俳句・川柳)を楽しむ①

               短詩には、短歌・俳句・川柳が古くから知られておりますが、それぞれ歩んできた歴史があり、作り方にもそれぞれの作法があり、現在3つとも日本の伝統文化として多くの人々に愛されています。  私もこの3つの短詩のそれぞれが好きで、3つの詩型を一つに絞らずに3つを随意に組み合わせながら楽しんでいます。  それでは、3つの短詩の魅力を順を追って述べてみます。 1番目の短詩、狂歌  短歌は、三十一音で詠まれており、三十一文字(みそひともじ)とも呼ばれており、短歌と同じ形式で狂歌(こっけ

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              • お見舞いの心得〜菊池寛『病人と健康者』を読んで〜

                冷暖自知(れいだんじち)と忠恕(ちゅうじょ)の心  「冷暖自知(れいだんじち)」という言葉は、禅の悟りの境地をいう言葉で、「冷暖自らを知る」と読み下します。  この意味は、水の冷たい暖かいは、水を飲んだ者や水に触れた者のみがわかるということです。  また、自分に関わることは他人から説明されなくても、自分がよく知っていることでもあります。  「冷暖自知」を私たちと関わりのある人権問題に置き換えて考えてみます。私達の周囲に人権を侵害されて苦しんでいる人が大勢います。人権侵害と

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                • ビジネスの今昔・ペットとの共生

                  明治のビジネス・伝便屋(でんびんや)  松本清張作の『ある小倉日記外伝』の主人公田上耕作は、早朝にチリンチリンと言う鈴の音で目を覚まします。この音は「伝便屋(でんびんや)」という生業(なりわい)の人が鳴らす鈴の音だったのです。  明治の当時は郵便制度は確立されてはいたものの、郵便は明日だとか明後日であれば十分に間に合うのですが、今日の夕方の逢引きの連絡は郵便では間に合わないので、この隙間を埋める生業が「伝便屋」だったのです。  今で言う隙間ビジネスといったところでしょう。

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                  • あなたの1日は長い?短い?〜弁護士の視点から〜

                    人間は1日24時間  人間が神から与えられているのは1日24時間で、それ以上でも以下でもないのです。すべての人間に貧富の差を問わず平等に24時間を配分されているのです。  だから、1日が長いとか短いとかいう人間は本来いないはずです。  しかしながら、1日が長いとか短いとかいって愚痴をこぼす人間は結構いるのです。 長い昼に長い夜  そこで、少し方向を変えて、1日のことを分析してみます。  同じ1日でも昼が長いとか夜が長いとかいうことはあります。  皆も知っているように、6

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                    • 桜との出会いそして別れ

                      桜(ソメイヨシノ)との」出会い  防風林の残る美しい地域、深谷市の櫛引地域に暮らすことになり、私自身も周辺に調和するように敷地に植樹を始めました。  手始めに地域の造園業者から桜(ソメイヨシノ)の若樹(樹齢10年くらい)を購入、敷地の南側に移植してもらいました。  桜なんて、公園や学校の校庭で見るものとばかり思っていたのに、その桜が我が庭に忽然と姿を現したのですから驚きです。  桜が我が庭に来てからは、あまりの嬉しさに朝夕桜の幹を撫でて喜びに浸っておりました。 桜の四季

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                      • 『ブンナよ、木からおりてこい』を読んで〜命をいただき、生き永らえるわたし達〜

                        心引かれる本に出会う  水上勉の長編童話『ブンナよ、木からおりてこい』に心引かれ、これまでに幾度か読み返し、読むたびに感動を新たにしてきました。  「かえる」というとすぐに「井の中のかわず大海を知らず」を思い浮かべるのですが、主人公のブンナも寺の沼で生まれ育ったかえるですから、まさしく「井の中のかわず」だったのです。 ブンナの冒険  このブンナが、寺の沼のそばに生えている椎の木に登ったことから、この物語は始まっていくのです。  椎の木のてっぺんは、台風で折れたのか、折れ

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                        • 公共施設に翻るウクライナの国旗〜渋沢栄一翁の志を受け継ぐ深谷市〜

                          ある日の公民館で  過日、市内の公民館に所用で行ったところ、入り口の国旗等の掲揚台に青と黄色のウクライナの国旗が掲揚されていました。思わず何かの間違いでは、と目を擦りました。  公民館の職員にこのことを尋ねると、ロシアが戦争を止めるまで、ウクライナに休戦・停戦が実現するまでウクライナの国旗の掲揚を続ける方針と聞いております。  また、深谷市では、市営住宅にウクライナからの避難民の受け入れを表明し、すでに二人の避難民を迎え入れているとのことです。  市民、企業からも避難した人

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                          • 防風林とヤギとチャボ

                            新天地は防風林のある「櫛引(くしびき)」  私は、昭和55年に家族ぐるみで埼玉県に引っ越し、深谷市に居を構えました。  私が居を構えた所は、深谷市の櫛引(くしびき)という、防風林の残る美しい地域です。  この地域は埼玉県の条例で「ふるさとの緑の景観地」に指定されています。  櫛引は、戦後の食糧難の最中、食糧増産を目指して取り組まれた開拓で、満州からの引揚者や近隣の集落からの人達が主力となって開拓が行われたところです。  私が引っ越してきた頃には、開拓はほぼ完了しており、集落

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                            • ママコノシリヌグイから見えてくるもの

                              ママコノシリヌグイ?!  奇妙なネーミングの植物に出会いました。「ママコノシリヌグイ」(継子の尻拭い)です。  どんな植物なのか興味津々、図鑑片手に探し回りやっと見つけました。  なんと我が家の外塀にひっそりと生息しておりました。写真は実物の「ママコノシリヌグイ」だと思います。  実物を見るかぎり、この植物の茎には無数の棘はついているものの、葉は小さくて落とし紙には到底利用できそうもありません。  昔の人は、茎についている無数の棘をみて、我が子ではなく継子に使えばさぞ泣

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                              • ろうそく物語

                                明治の文人達は短命  A (49歳)  B(37歳)  C(26歳)   D(24歳)  上記のABCDの4名は明治の文人で、かっこの中の数字は亡くなった時の年齢です。誰だかわかりますか。  種を明かすとAは夏目漱石、Bは宮沢賢治、Cは石川啄木、Dは樋口一葉です。  こんな若さで明治の文人達は世を去っているのです。  令和の世になって百歳が7万人を超えたと報じられています。亡くなった明治の文人達が令和の御代を見れば、どんな感慨を洩らすのか聞いてみたいものです。 5本の

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                                • これまでの50年とこれからの50年〜沖縄本土復帰50周年に寄せて⑦〜

                                  はじめに  沖縄は本土復帰50周年を迎えています。復帰前、沖縄はどんな沖縄をめざしていたのでしょうか。  復帰は、めざしていた沖縄に近づけたのでしょうか。 「建議書」に記された復帰への願い  復帰で沖縄がめざしていたもの。  当時の琉球政府の屋良朝苗主席が政府に提出した「建議書」の中に、本土復帰の願いが凝縮されています。  建議書では固い表現になっていますが、①平和憲法のもとでの基本的人権の保障、②基地のない平和な沖縄、をあげています。  「建議書」では、復帰前の沖縄

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                                  • 学童疎開ってなあに?対馬丸の悲劇〜沖縄本土復帰50周年に寄せて⑥〜

                                    知床半島の遭難事故  去る4月23日、北海道の知床半島沖で観光遊覧船「カズワン」の遭難が報じられました。乗員2名を含む26名の遭難者が出ております。26名もの遭難は、平時においては大事故であり、未だ行方の知れない人々の安否が気遣われます。 「対馬丸」のことを知っていますか?  ところがです。去る大戦の昭和19年(1944年)8月22日、鹿児島県沖の悪石島付近で、沖縄の疎開学童を含む1661名を乗せた対馬丸が、アメリカの潜水艦から魚雷攻撃を受けて、わずかの時間で沈没し、大

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