見出し画像

防風林とヤギとチャボ

新天地は防風林のあるところ

 私は、昭和55年に家族ぐるみで埼玉県に引っ越し、深谷市に居を構えました。
 私が居を構えた所は、防風林の残る美しい地域です。
 この地域は埼玉県の条例で「ふるさとの緑の景観地」に指定されています。
 櫛引は、戦後の食糧難の最中、食糧増産を目指して取り組まれた開拓で、満州からの引揚者や近隣の集落からの人達が主力となって開拓が行われたところです。
 私が引っ越してきた頃には、開拓はほぼ完了しており、集落は碁盤の目のように分割され、防風林が整然と並んでおりました。北海道の屯田兵がいた屯田もかくや、と一人で想像しておりました。

 防風林は、今も残されておりますが、最近あちらこちらで切り倒され、太陽光発電のソーラーパネルに早変わりしています。

 開拓に手を染めた一世の方達は、ほとんど亡くなられ、今は開拓の頃の苦しさをあまり知らない二世、三世の方達で占められております。
 そのせいか、防風林を守るとか存続させるという意識が薄れてきているように思います。

 私は防風林こそ所有しておりませんが、この地域に住む一人として、この美しい防風林の景観は後世に残したい、守ってきたいと考えております。
 そのためには、ひとりひとりの意識を高め、防風林保護の運動を強めていきたいと考えております。

カブトムシもいます


新天地での生活

 私が越してきた新天地は、敷地が一反(約300坪)で、その土地の上に老朽の家屋がありました。のちにこの家屋は壊して新築しましたが、敷地に余裕があったので、さっそく鶏舎と山羊小屋を業者に頼んで作ってもらいました。

 私の住居と鶏舎・山羊小屋を見て、口の悪い友人らは「まるで仙人か世捨て人のようだな。」などとうらやんだりやっかんだりしておりました。

チャボを飼う

 鶏舎には、チャボ6羽(オス1羽、メス5羽)を買い、鶏舎で飼い始めました。春になって暖かくなると5羽のめんどりたちが毎日のように卵を産みました。
 チャボの産んだ卵は、鶏卵を一回り小さくした卵で、殻には霜降りの模様がついておりました。
 この小さな卵を採卵し子どもたちと分け合って食べたことをなつかしく思い出します。

 私が何よりも気に入っていたのは、オスのチャボが夜明けになると小さいながらも「コケコッコー」と美声を披露してくれていたことです。
 都会地でもないので、チャボの鳴き声をうるさいという苦情もなく、朝のチャボの鶏鳴でさわやかな一日を迎えておりました。

 チャボ飼いも5年くらい続きましたが、だんだんと家族に飽きられ、やがてチャボ一家は近くの保育園に貰われていきました。

山羊を飼う

 チャボを購入したのと同じ頃、お隣の方からかわいい子山羊(メス)を一頭分けてもらい、山羊小屋に繋ぎ、飼い始めました。

 飼い主の私の役目は山羊の食糧確保のための草刈りです。
 夜が明けると、鎌と一輪車を押して、周辺の野辺から山羊の草刈りをするというのが朝の日課でした。
 春・夏・秋には青い草を確保できましたが、冬はそれができず、大根等をふすまに混ぜて与えておりました。

 一年ほど経つと、子山羊は成長して立派な母山羊となり、まもなく玉のような子山羊を2頭産んでくれました。
 子山羊が産まれてしばらくは子山羊が乳を飲んでくれましたが、子山羊が乳離れしますと、母山羊の乳しぼりが新たな私の役割となりました。

 困ったのは、絞った乳を「臭い」と言って子どもたちが飲んでくれないのです。山羊を飼った責任で、私は大半の山羊乳を一人で飲む日が続きました。

 さすがに山羊乳にもやがて辟易し、子山羊と共に母山羊も一緒に、山羊農家に引き取ってもらいました。

 うそのようですが、本当に私は山羊との格闘が3年位続いていたことをしっかりと覚えております。

チャボとシャモ

 ある日のことです。友人がこの鳥小屋を見て、私にオスの若いシャモ(軍鶏)を1羽わけてくれました。
 私は何の懸念を抱くこともなく、このシャモをチャボ小屋に仲間入りさせました。
 翌朝、チャボ小屋に様子を見に行ったところ大変です。シャモがオスのチャボを突っつき、かわいそうにオスのチャボは鶏冠(とさか)が食いちぎられ生き絶え絶えになっていたのです。

 驚いた私は、早速このシャモを捕らえ、もとの飼い主の友人に返したのはいうまでもないことです。 

 鳥は鳥でもチャボとシャモは互いに相容れない関係だったのです。


チャボの小屋から見えてきたもの

 チャボ小屋にシャモを仲間入りさせた場合の悲惨な出来事については先に述べたとおりです。
 しかし、よく考えてみますとこのように異種、異型の者への攻撃は人間の社会でも絶えず起こっていることです。

 少数民族であるロヒンギャ、中国の新疆ウイグル自治区でのウイグル族への人権弾圧のことが、今も生々しく報道されています。
 このような報道に接していると、私たちの人間社会においてもチャボの社会と極めて似ています。

 人類でさえ民族・宗教・門地・社会的身分の違いで差別を繰り返しているのですから、その点ではまだまだ人類もチャボクラスであり、さほど進歩していないように思えます。

カボチャ


 防風林伐られ狸も山頭火塒(ねぐら)求めて今日もさすらう(短歌)

 春暁にチャボの一声眉宇(びう)しまる(俳句)

 臭い臭いと鼻つまみ飲む山羊の乳(川柳)

参考URL:埼玉県ホームページ ふるさとの緑の景観地 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?