橋薗踏

はしぞのふみと言います。 文章を書きます。小説と日記の置き場所。

橋薗踏

はしぞのふみと言います。 文章を書きます。小説と日記の置き場所。

記事一覧

【小説】にじむ

他の原稿の尻叩きに放流します  人生の光景を、真理は一字一句覚えている。実家のささくれだったフローリング、女子校時代のスキップながらに弾む木琴。見合いの日の曇天…

橋薗踏
1日前

【小説】混濁にて

 私を迎えにくるのは、いつだって混濁だ。  混濁は毎晩、挨拶もなしに底なしの海へ誘う。行く、なんて一言も伝えてはいないのに。私は混濁に抗えない。  海はドドメ色の…

橋薗踏
1か月前
5

【小説】カーテンコールを走り抜け

 大丈夫、大丈夫。よくある気の迷いです。  男はやけに自信満々に言い、私は隠れて爪を噛んだ。前歯が揺らぐ。気の迷いで済んだら苦労しない。名前が欲しいと訴える私を…

橋薗踏
1か月前
7

ぬいぐるみ=扶養家族

 ぬいぐるみを扶養家族と呼んでいる。もちろん履歴書や戸籍標本には記載できない。でも、扶養家族だ。  ぬいぐるみが好きだ。  ゆるやかに伸びる肌の下の、綿とポリエス…

橋薗踏
1年前
13

ポケモンスリープと私with睡眠障害

ポケモンスリープと睡眠障害の私  睡眠が下手だ。睡眠が下手過ぎて、薬を処方されているレベルには下手だ。具体的に言うと、入眠はできる。ただ、たまに、いやほぼ、ほと…

橋薗踏
1年前
12

【小説】深夜のファミレスにて

「また?」  趣味悪過ぎない、と続ければ、目の前の彼女は答えずに、スカルプだとかいうクソ長い爪で、これまたクソ長いつけまつげを器用に微調整していた。一ミリの誤差…

橋薗踏
1年前
3

魔境カルディ

(見出しの画像は全く関係のない、私の冷蔵庫内部です)  カルディが苦手だ。  幼少期からの苦手意識が未だに拭えない。母のせいである。  好奇心旺盛な母はカルディに来…

橋薗踏
1年前
2
【小説】にじむ

【小説】にじむ

他の原稿の尻叩きに放流します

 人生の光景を、真理は一字一句覚えている。実家のささくれだったフローリング、女子校時代のスキップながらに弾む木琴。見合いの日の曇天色、流されるがままに結婚した濁流。辿り着いた先には何もなかった。
 記憶はいつだって色鮮やかに、褪せずに、脳裏によみがえる。なんて恨みがましいのだろうと真理は苦笑いを零す。忘れることなどできないのだ。苦しみも悲しみも、すべて自分のせいにさ

もっとみる
【小説】混濁にて

【小説】混濁にて

 私を迎えにくるのは、いつだって混濁だ。
 混濁は毎晩、挨拶もなしに底なしの海へ誘う。行く、なんて一言も伝えてはいないのに。私は混濁に抗えない。
 海はドドメ色の泥で覆われていて、全てが汚れきって自分が何者かも分からなくなる。呼吸は次第に苦しくなり、泥に少しだけ混ざる酸素を探す。手を伸ばそうとすれば、隣にいる混濁は緩く微笑みを作るのだ。まるでグロテスクな御伽噺。どうしようもなくなった私は、泥に身を

もっとみる
【小説】カーテンコールを走り抜け

【小説】カーテンコールを走り抜け

 大丈夫、大丈夫。よくある気の迷いです。

 男はやけに自信満々に言い、私は隠れて爪を噛んだ。前歯が揺らぐ。気の迷いで済んだら苦労しない。名前が欲しいと訴える私を、男は笑い飛ばす。わざわざカテゴライズしなくてもいいんですよ。貴方は貴方です。いとも簡単に、私の意思を無視する。

「確かに」

 男は考え込む仕草をみせた。確かに、なに? 私は微かな光に望みをかける。

 血糖値は出ていますが、その他は

もっとみる
ぬいぐるみ=扶養家族

ぬいぐるみ=扶養家族

 ぬいぐるみを扶養家族と呼んでいる。もちろん履歴書や戸籍標本には記載できない。でも、扶養家族だ。
 ぬいぐるみが好きだ。
 ゆるやかに伸びる肌の下の、綿とポリエステルには不思議な魅力がある。触れた瞬間に、目が蕩けてしまうほどの柔らかさ。胸に抱きすくめてしまえば、綿が潰れる。目尻が自然に垂れる。表情はうっとりと染まっているだろう。
 めんどくせえな、と彼氏と二日で別れたことがある私にも理解できる。こ

もっとみる
ポケモンスリープと私with睡眠障害

ポケモンスリープと私with睡眠障害

ポケモンスリープと睡眠障害の私
 睡眠が下手だ。睡眠が下手過ぎて、薬を処方されているレベルには下手だ。具体的に言うと、入眠はできる。ただ、たまに、いやほぼ、ほとんど確実に、二時間半に一度起きてしまうのだ。そして、すぐに眠ることができる。
 かかりつけの精神科医は言った。

「睡眠周期で起きちゃうんだねえ」
「はあ」

 おじいちゃん先生は、レム睡眠とノンレム睡眠について詳しく教えてくれたが、重大視

もっとみる
【小説】深夜のファミレスにて

【小説】深夜のファミレスにて

「また?」

 趣味悪過ぎない、と続ければ、目の前の彼女は答えずに、スカルプだとかいうクソ長い爪で、これまたクソ長いつけまつげを器用に微調整していた。一ミリの誤差でも女の子には命取りだ。深夜のファミレスの窓は丁度いい鏡。今度はリップグロスを塗り始めた。生々しい粘膜色。俺は視線をテーブルにずらす。そこには出されてから、すでに二時間経ったポテトフライが萎びていた。

「どこがいいの」

「つまんないこ

もっとみる
魔境カルディ

魔境カルディ

(見出しの画像は全く関係のない、私の冷蔵庫内部です)

 カルディが苦手だ。
 幼少期からの苦手意識が未だに拭えない。母のせいである。
 好奇心旺盛な母はカルディに来ると、一瞬で姿を消す。試飲のコーヒーカップ片手に、狭い通路をずんずん進んでいってしまうのだ。母を素早く見失った私は手持ち無沙汰で、仕方なくハリボーのグミを眺める。

「それ買う?」

 いつの間にか背後にいるのも恐ろしかった。おずおず

もっとみる