記事一覧
マッドパーティードブキュア 242
「そんなに重要なことではないかもしれないのです」
「いいさ、とりあえず話してみなよ」
なおも言い渋る受注担当官を、なだめるように老婆は優しい声で先を促した。受注担当官はためらいがちに言葉をつづけた。
「メンチさんの斧と、あの女……袋の力、なのでしょうか? その二つがぶつかり合った時の感覚を以前に感じたことがあったような気がするのです」
「なんだって?」
「それは、どこで感じたんでやすか?」
「確
マッドパーティードブキュア 241
「何か知ってるのか?」
メンチが問いかけると、受注担当官は首を振って口ごもった。
「いえ、おそらく、なにもお話しすることはありません。あの女が持っていた力のことですよね」
「ああ」
メンチは頷いて続けた。
「あたしらはその混沌の力は、あの女が例の袋から引き出しているんじゃないかと睨んでるんだ」
「ええ、そういうことですか。でしたら、おそらくそれは間違いないことだと思います。あの女は袋に『子ども
マッドパーティードブキュア 240
「それからは……皆さんが知っている通りです。私は、メンチさんにお茶をかけてしまい、あの女に殺されかけて、そして……そしてあの音を聞いたのです」
「音?」
受注担当官は頷いた。
「ええ、あの音です。世界が割れるような音。あの音で私は少しだけ意識を取り戻したのです」
その言葉を聞いてメンチは思い出した。メンチが斧で女の一撃を受け止めた時の激しい音を。
「目の前でメンチさんとあの女が言い争っているの
マッドパーティードブキュア 239
「何が起きたのかもわかりませんでした。ただ、気が付いた時には私は地面に倒れていて、あの女は」
そこまで言って受注担当官は言葉を切った。呼び起こした記憶の恐ろしさに押しつぶされたように固まり、じっと虚空を見つめた。
沈黙が流れる。受注担当官は何も言わない。メンチは少し考えてから、受注担当官の肩に手を置いて尋ねた。
「話せないならいいぞ」
自分らしくない言葉と行動に思えた。でも、例えばテツノだっ
マッドパーティードブキュア 238
「袋? でやすか? 依頼が来て探してほしいって言われたっていう」
ズウラが素知らぬ顔で口を挟んだ。まったく何の話をしているかわか習いという口調で。
「隠さなくたっていいでしょう。あなたたちが探してるのも袋なのでしょう。おそらく、その袋ですよ。私も聞いていましたもの、あの女との話は」
「あの女の人は知らないって言っていたでやすよ」
「あんな言葉が本当だと思うのですか?」
受注担当官はズウラの目を
マッドパーティードブキュア 237
「ねえ、メンチさん」
じっと、メンチの顔を見て受注担当官は言った。
「あの『子どもたち』の中に見知った顔はありませんでしたか?」
言われてメンチは思い出す。そこまでしげしげと「子どもたち」の顔を見るタイミングはなかった。お茶をかけられたから、受注担当官に気がついただけだ。それ以外の子どもとなると……。
「よく覚えていないな」
メンチは首を振った。
「そうですか」
受注担当官は顔を曇らせて、
マッドパーティードブキュア 236
「それで、話を聞こうか」
じめりとした柱にもたれかかりながら、メンチは言った。受注担当官は顔をしかめながら、床に腰を下ろした。
「どこから話せばよいですか?」
「最初からだよ。なんで、あんたはあんなところにいたんだ?」
「それはですね」
受注担当官は顔をしかめて、うつむいた。少し考えてから、顔を上げ、口を開く。
「メンチさんが顔を出さなくなってから、しばらくしたころだったと思うのですが」
「お
マッドパーティードブキュア 235
物陰から声の主が姿を現す。
「お前は」
姿を現したのは棲家でメンチにお茶をこぼしたあの男だった。メンチは改めて男の顔を見て、眉間に皺を寄せた。やはり、男の顔には見覚えがあった。
「先ほどは大変失礼いたしました。メンチさん」
「やっぱりあんたか」
「覚えておいていただけて光栄ですよ」
男、すくなくともかつて調達屋連盟の受注担当官だった男は答えた。相変わらずの平坦な微笑みだけれども、なにかぎこち
マッドパーティードブキュア 234
「どうかしたでやすか?」
ズウラが怪訝そうな顔で首を傾げた。
「いや」
メンチは曖昧に答えて、違和感を探る。なにか引っかかっている。あの棲家にいた「子どもたち」のうちの一人だ。メンチが助けたあの男。人相の悪い無表情な顔が頭の片隅にちらつく。なんだろう? 記憶を辿る。
そして、たどりつく。あの嫌味な顔は確か……
「調達屋連盟だ」
「え?」
「間違いない、調達屋連盟の受注担当だ。あの茶をこぼして
マッドパーティードブキュア 234
「イモ引いたわけじゃあ、ないでやすよ」
怯えながらもしっかりとメンチの目を見返しながら、ズウラが言う。
「それは分かってる。だから、何が狙いなのかを聞いている」
メンチは答える。別に安心させるためではない。本当にズウラが何を思ってあの場を去ったのかを知りたかったのだ。けれども、ズウラは少し表情を緩めて言葉を続けた。
「あのお姉さんはなにかを隠していやした」
「ああ、そうだな」
「あの反応を見る
マッドパーティードブキュア 233
女性もどこか不思議そうな目でメンチを眺めている。一撃を防がれるつもりがなかったのかもしれない。女性は黙って頭をふって腰を下ろした。
「それで」
口を開いたのはメンチの方だった。何かを言われる前に、女性のゆらぎが収まる前に、切り出す。
「あたしらはここに前に住んでた人の忘れ物を取りに来たんだ。あんたらがここに来たときに袋はなかったか?」
「袋かい?」
きしり、と女性の顔がこわばった。メンチには
マッドパーティードブキュア 232
ぬるい感触に目をつむり、身構える。痛みや熱さはない。目の周りの液体をぬぐい、斧を握って立ち上がる。立ち上がろうとする。その瞬間、橋の下に怒号が響いた。
「わりゃあ! なんしょんならぁ!」
「ひっ、ごめんなさい。お母様」
転倒した「子ども」が尻餅をついたまま怯えた声を出す。どん、と足を踏み鳴らして女性が立ち上がり、「子ども」に罵声を浴びせかける。
「わりゃあ、わしん客にちゃぁかけるんは、わしにち
マッドパーティードブキュア 231
「ん?」
女性がメンチたちに視線を向ける。そのまなざしは鋭く、どんな違和感も動揺も、浮かべた瞬間に見破られる予感がした。
「ああ、知り合いだよ」
メンチは噓をつかずに答えることにした。嘘やごまかしは苦手だ。
「先に様子を見に行ってもらってたんだ」
「そうかい。で、あんたたちは何者なんだい?」
女性は再び問いかけた。メンチはわずかに惑う。女性はその迷いに踏み込もうと口を開く。だが、その前にメン
マッドパーティードブキュア 230
「え」
漏れ出そうになる声を慌てて飲み込む。ブルーシートに囲まれた室内には異様な風景が広がっていた。
机替わりなのだろう、薄汚れた木箱が棲家の中央に置かれている。その木箱を囲うように住人たちが座っていた。これが女性の「子どもたち」なのだろうか。
だが、子どもたちと呼ぶには
「ずいぶんと大きなお子さんたちでやすな」
ズウラが戸惑いがちに感想を漏らす。
「ねえ、本当、図体ばかり大きくなって」
マッドパーティードブキュア 229
「おやおや、なんだろうね」
「ええ、なんでしょうね」
女性ののんきな声に、メンチは動揺を隠しながら答える。短く遠くに聞こえたなき声はシッカリとは聞き取れなかった。老婆の声には聞こえなかった。けれども、老婆と無関係とも思えない。つい先ほど、老婆はあの棲家に様子をうかがいに行ったのだ。
「お子さんたちが遊んでるんでやすかね」
こちらも平静を装って、セエジが尋ねる。女性は首を傾げて答える。
「自分ら