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マッドパーティードブキュア 238

「ねえ、メンチさん」
 じっと、メンチの顔を見て受注担当官は言った。
「あの『子どもたち』の中に見知った顔はありませんでしたか?」
 言われてメンチは思い出す。そこまでしげしげと「子どもたち」の顔を見るタイミングはなかった。お茶をかけられたから、受注担当官に気がついただけだ。それ以外の子どもとなると……。
「よく覚えていないな」
 メンチは首を振った。
「そうですか」
 受注担当官は顔を曇らせて、頷いた。
「どうした?」
「いえ、おそらくですが、あの『子どもたち』の中にはメンチさんの知り合いもいたはずですよ」
「え?」
 言われてメンチは記憶を探る。あの棲家の中での一幕の光景を。床に精気なく座り込んでいた子どもたちの顔を。
 けれども、やはり引っかかる顔はなかった。「子どもたち」の顔の記憶はどぶめっこの鱗のようにぬらいと消え去ってしまう。どの顔も一様に生気がなく、均一な印象しか残っていない。
「例えば、誰がいたんだ?」
「指剥きのサムと錠前砕きのお絹はご存じでしょう?」
 出てきた名前にメンチは首を傾げた。
 指剥きのサムと錠前砕きのお絹はどちらも高ランクの調達屋だ。メンチも何度か二人の仕事の手伝いに駆り出されたこともある。二人とも目を引く格好をしている。さすがにあの場にいたなら気がついていただろう。
「でも、あそこにはいなかっただろう?」
「いましたよ」
 きっぱりと、受注担当官は言い切った。
「どこに?」
「サムは机のそばに、お絹は箪笥の前に座っていましたよ」
「そんな」
 言われてもう一度記憶を探る。
「え?」
 驚きの声が漏れる。記憶の中、受注担当官の言葉の位置に巨漢の男と、整った顔の女がぼんやりと現れる。
「思い出しましたか?」
「一体なにが?」
「あの女に盗まれたのです」
「盗まれた?」
 メンチの問いかけに受注担当官は頷く。
「あの女は我々の個を奪ったのです」
「どうやってそんなことを」
「袋の力です」
 受注担当官は答えた。

【つづく】

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