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マッドパーティードブキュア 236
物陰から声の主が姿を現す。
「お前は」
姿を現したのは棲家でメンチにお茶をこぼしたあの男だった。メンチは改めて男の顔を見て、眉間に皺を寄せた。やはり、男の顔には見覚えがあった。
「先ほどは大変失礼いたしました。メンチさん」
「やっぱりあんたか」
「覚えておいていただけて光栄ですよ」
男、すくなくともかつて調達屋連盟の受注担当官だった男は答えた。相変わらずの平坦な微笑みだけれども、なにかぎこちなくこわばっている。
「なにがあった?」
「ここでは少し」
恐ろしそうに棲家を振り返ってから、男はとても小さな声で答えた。
メンチは困惑してズウラの方を見た。ズウラは首を傾げた。その隣で老婆も肩をすくめる。二人とも判断はメンチにゆだねる、と言っているようだった。判断するのは苦手だ。
「どこかいい場所知らないか?」
ため息をついてメンチは尋ねた。話は聞いておいた方がよいと思ったのだ。
「それなら、あたし、心当たりがあるよ」
老婆が言った。
◆◆◆
「本当に大丈夫なんだろうな」
「わざわざこんなところに来るような奴なんていないさ」
老婆は道中で鹵獲した穴だらけのボートを縁台につけながら言った。
老婆が提案して案内したのは、鱈句街の打ち捨てられた寺院だった。
鱈句街はかつて漁港として栄えていた地区だが、ドブ水位の急な上昇によって町の機能の大半が一夜にして水没し、遺棄された地区だ。この寺院は他よりも少しだけ高いところにあったので、水没を免れたらしい。それでも、講堂の僅かな場所を残して大部分がねっとりとした黒いドブ水に浸っている。
後ろを振り返る。少なくとも目に見える範囲には追跡者はいないようだった。
「こっちだよ」
老婆はそう言って講堂の扉を開けた。ぞっとするような埃とカビの入り混じった空気が流れ出てきて、メンチの鼻を突いた。
「座るなら、そこらに座ればいい」
老婆は辺りに打ち捨てられた汚い座布団を指さして言った。
【つづく】
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