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『続く僕らの命』<第1話>二人の出会い

 初めて夢精を経験した朝、その声は突然、聞こえ始めた。僕の頭の中で…。
 
 「おめでとう、命多朗(めいたろう)。ついに大人になったな。」
眠っている間に初めて射精してしまったことに気づいた僕が、湿って気持ち悪いパンツの処理に手間取っていると、急にそんな声が聞こえた気がした。
「えっ…何?今の声…。空耳かな…。」
初めての経験で動揺していて、何かの音と聞き間違えてしまったのだろうとスルーしていると、
「命多朗…もしかして俺の声が聞こえたのか?」
と再び同じ声が聞こえたものだから、聞き間違えではないと分かり、辺りをきょろきょろ見回した。
「えっ?誰?誰なの?どこにいるの?」
「あー…やっぱり聞こえてるんだ。どうやら俺は命多朗と会話できるようになったらしい。話せてうれしいよ。同じ名前で紛らわしいけど、俺も命汰朗(めいたろう)って名前なんだ。」
声の主は本格的に僕に向かって話し始めた。でも姿はどこにも見当たらなかった。
「誰だか分からないけど、きみも命汰朗って名前なんだ…。どこにいるの?姿を見せてよ。」
「ごめん、命多朗。俺はたぶん実体はないんだ。俺の心は今、きみの頭の中に宿っているのかもしれない。名前…紛らわしいから、俺のことは芽生太(めいた)って呼んでくれない?母親が考えてくれてた名前はそういう名前だから…。」
実体はない存在…?一体どういうことだろう…芽生太ってどこかで聞き覚えのあるような…。
「芽生太…?あっ、思い出した。いつだったかお母さんが教えてくれた僕のお兄ちゃんの名前と同じだ。生まれることのできなかったお兄ちゃんがいたって教えてくれた時があったんだ。」
「へぇ…命多朗にそのこと話したことあるんだ。じゃあ話が早いや。俺はその生まれられなかった芽生太本人だよ。」
「えっ?きみは僕のお兄ちゃんってこと?すごい。僕、ずっとお兄ちゃんに会ってみたかったんだよね。話せるようになってうれしいな。」
お母さんが40歳過ぎてから生まれた僕は、一人っ子だったため、兄弟という存在にはずっと憧れていた。
「俺と話がしたいって思ってくれてたならうれしいよ。俺は命多朗が生まれる前からずっと一方的に話しかけていたけど、全然気づいてもらえないから、会話は諦めていたんだ。でもなぜか急にこうして意思疎通を図れるようになった…。しばらく独り言ばかりで誰とも話せてなかったから、ほんとにうれしい。」
「もしかして…僕が夢精しちゃったから、芽生太お兄ちゃんと話せるようになったのかな…。」
「あーそうかもしれないな。初めての射精で戸惑っている弟を助けるために、神さまが気を利かせてくれたのかもしれない。」
「お兄ちゃんはさ…生まれることができなかったってことは、もちろん射精もしたことないよね?」
「いや、あるよ。好きな子のことを考えながら、射精したことがある。でも俺はそもそも亡き者だから、射精できたところで精子はすべて死んでいて、命を作ることはできないんだけど…。」
生まれていないはずのお兄ちゃんがそう返答したものだから、僕は驚いてしまった。
「えっ?どういうこと?お兄ちゃんはほんとは生まれていて、何歳かまで生きていたの?」
「いや、違うよ。死んだ後、とある女の子のへその緒に俺の命は宿って、その子が生まれると今度はへその緒の化身という命の使いになった時期があったんだ。魔法も使えたおかげで、命の使いの掟を破った俺は、実体を消されて、今はかろうじて心だけ残っている状態らしい。その命の使いの時期に、女の子と恋人ごっこしたり、ハグしたりキスしたりいろいろ経験できたから…。」
へその緒の化身とか命の使いとかよく意味が分からなかったけれど、お兄ちゃんは女の子との経験が豊富だってことだけはよく分かった。
「へぇーそうなんだ。お兄ちゃんって女性経験が豊富なんだね。僕は女の子と手をつないだことさえないよ…。恥ずかしくて…。」
「たしかに…ずっと見てたけど、命多朗は俺と違ってウブだもんな。一応兄弟のはずなのに、こんなに違うとはね。信じられないよ。あの子のこと好きなんだろ?告白してみたら?」
「えっ?もしかして…お兄ちゃんは僕の好きな子のことも知ってるの?」
「あぁ、もちろん知ってるよ。加護揺波(かごゆりな)ちゃんだろ?もしかして今朝は起きる前に彼女の夢でも見てた?」
図星だった。よりによって揺波ちゃんが夢に出てきてくれた日に夢精してしまうなんて、彼女を汚してしまったようで自己嫌悪に陥っていた。
 
 お兄ちゃんの質問に答えられず黙っていると
「あーやっぱり俺の思った通りなんだ。別に後ろめたく思う必要はないよ。好きな子のことを考えてるうちにそういう生理現象が起きるのは自然なことだから。大人になってから命を作るための大切なステップだし。まずはさ、そのパンツ、さっさと片付けてしまおうよ。今ならまだ母さん、洗濯機回してないでしょ?」
夢精してしまったことはまるで何でもないことのようにやさしく受け止めてくれたから、僕はやっと少し落ち着くことができた。お兄ちゃんがいなかったら、もっとうろたえていたと思う。
「う、うん…ありがとう。そっか、これは生理現象なんだね。そうだね、いつもより早く目覚めたおかげでお母さんにも気づかれずに洗濯機に入れられそうだよ。」
僕は洗濯済みのパンツに履き替えると脱衣所に向かった。
 
 「あーそのまま洗濯機に放り込むんじゃなくて、少し手洗いして、精液を落とした方がいいよ。」
すぐに洗濯機に入れようとする僕を止めて、お兄ちゃんは的確なアドバイスをしてくれた。
「そっか…そうだよね。少しは汚れ、落とさないとね。」
「別に汚れではないよ?精液は汚らわしいものではないんだからさ。女の子の生理もそうだけど、性器から出るものってなぜか汚物扱いされて気の毒だよね。元々は命を作るための大切な細胞の断片だっていうのにさ…。」
パンツをすすいでいる間にお兄ちゃんはそう教えてくれた。
「なるほど…ほんとはこれは命を作れたかもしれない細胞の欠片なんだね。そう考えたら何の役にも立たせてあげられないうちに命を絶たせてしまって申し訳ない気もするよ…。」
「命多朗はどんな生き物の命もみんな生まれることができて当たり前みたいに思って、考えたこともないかもしれないけど、生まれることのできた命って奇跡みたいなものなんだよ。生まれられない存在が圧倒的に多いんだ。特に植物は膨大な種を残すけど、新たな命として日の目を見られる種なんてごくわずかなんだよ。そもそもすべての種が発芽してしまったら、いくら土地があっても足りない。動物だってそう。限りなく子孫を増やしてしまったら、住み処も食糧も足りなくなるのが分かってるから、命は自然とコントロールされているんだよ。まぁ人間たちが勝手に生態系を操作して、得になる生き物を増やしたりする場合もあるけど。俺は…生まれられなかったけど、命だけは宿った時期があったから、自分はラッキーなんだ思ってるよ。そもそも命にさえなれないまま死にゆく種の方が多いんだからね。」
エッチなことばかり言うお兄ちゃんだと思っていたけれど、意外と真面目なことも考えていると分かり、なんだかつかみどころがなくて不思議な人だなと思い始めた。
「お兄ちゃんって、エッチなこと以外もちゃんと考えてる人なんだね。少し見直したよ。」
「それは良かった。というか、俺はたしかにエロい方かもしれないけど、エッチというより、命に対して真剣なんだと思う。何しろ自己否定してた時期が長くてさ、いろいろとこじらせてるから…。両親から大切にされてる命多朗には分からないと思うけど、望まれて生まれた命はやっぱりいいなって羨ましくなる時もあるよ。だからかな、人より命について考えることは多いよ。命の使いやってたくらいだし。」
「ふーん。そういうもなんだね…ところでさ、洗濯機にすすいだパンツ入れちゃったけど、結局お母さんにはバレちゃうよね…。だっていつもは夜に一枚、入れるだけなのに、二枚も洗ったら、気づかれちゃうよね…。なんか憂鬱だな。」
「無事に生まれて何不自由なく生きていても、生きているからこそこんな風に面倒事も起きるから、生まれた人たちもそれなりにたいへんだよな。そんなに気にすることはないって。さっきも言ったけど、大人になった証の生理現象なんだから、母さんもきっと察してくれるよ。なんかさ、女の子の場合は初潮を迎えると特に昔はお赤飯炊いたりしてお祝いまでされたのに、男の子って不憫だよな。精通しても、スルーされて自分でどうにか処理するしかなくて、気の毒だなって思う。」
「お母さんがお兄ちゃんみたいに物分かりの良い人だといいんだけど…。たしかに女の子の生理の方が、丁寧に神聖なものとして扱われるよね。男が射精したところで、誰も気にも留めないもの。別にお祝いされたいわけじゃないけど、もう少しいろいろ教えてほしいよ…。」
「命多朗には父さんがいるんだから、困ったら父さんにいろいろ聞けばいいと思うけど、でもちょっと頼りないお父さんだもんな…。たぶん大人がちゃんと教えてくれないから、子どもたちはエッチな動画とかネットで性について学んでしまって、それが結果的に異性を傷つけることにもつながったりするわけだよな。そうならないためにも、命多朗には兄ちゃんがついてるから、任せなさい。」
お兄ちゃんの言う通り、こういうことはちょっとお父さんにも話しにくいことだから、僕には性の知識が豊富なお兄ちゃんがいてくれて良かったと思った。
 
 着替えを済ませて食卓へ向かったものの、なんとなくお母さんと顔を合わせにくい気がした。
「あら?おはよう、命多朗。今日はやけに早起きなのね。」
「う、うん。おはよう。」
お母さんの方はいつもと変わらず、洗濯機の中に二枚入っている僕のパンツにはまだ気づいていない様子だった。
「そんなにびくびくすることないって。何も悪いことしたわけじゃないんだからさ。堂々としてればいいよ。ほら、とっとと朝ごはん食べて、学校へ行こう。俺と話せるようになったからには、揺波ちゃんとおまえを必ず仲良くしてみせるからさ。」
お兄ちゃんに急かされながら朝ごはんを飲み込むと、ランドセルを背負って学校へ向かった。
 
 しかしその足取りは重かった。揺波ちゃんのことを考えてああいうことになってしまったわけだから、合わせる顔がない気がして、自然とため息が出た。
「何そんなに気にしてるんだよ。大抵の男子は経験することなんだからさ、仕方ないと割り切らなきゃ。女子だって毎月の生理でたいへんな思いしてるんだから。生理の場合は痛みもあるわけだし…。気持ち良いだけで、痛みがないんだからマシだろ?ほら、彼女がいるよ。まずは挨拶。」
挨拶を促されたものだから、教室に着くや否や、ろくに彼女の顔も見ないまま、
「お、おはよう、揺波ちゃん。」
と小声で精一杯の挨拶をした。
「おはよう、命多朗くん。」
彼女は微笑みながら爽やかに挨拶を返してくれた。
「揺波ちゃんっていい子だよな。誰にでも分け隔てなくやさしいし。男子からも人気だし、ライバルは多そうだ。命多朗の彼女になってもらうために、がんばらないとな。」
「かっ、彼女になってほしいなんて、そんな野暮なことは求めないよ…。僕なんて小心者だし、何の取り柄もないし…。」
「まったく、命多朗は少し自分に自信なさすぎだよ。おまえには良いところがたくさんあるんだから。俺と違って親やじいさんに従順でやさしいし。それに今って小学生で付き合うとかキスするとかわりとよくある話じゃん?ぼやぼやしてるとマジで他の男子に彼女とられちゃうぞ。うわさをすればほら…。」
 
 気づくと揺波ちゃんの側には木立遥生(こだちはるき)くんがいて、彼女と楽しそうに談笑していた。
「彼…遥生くんだっけ?あの子、女子から人気あるよね。かっこいいし、スポーツもできて、勉強もできるみたいだし…。まぁ、さんざんイケメン呼ばわりされた俺には敵わないだろうけど。彼の本命はきっと揺波ちゃんだろうね…。お似合いの二人だけど、まだ付き合ってるわけではないみたいだし、チャンスは今しかないよ、命多朗。残り数ヶ月しかない小6のうちに、彼女の心をゲットしないと。」
「う、うん…。でも遥生くんがライバルじゃ、勝ち目はないよ…。僕には無理だよ…。そもそも彼女に告白さえできそうにないもの…。だって…だってさ、別にお付き合いしてキスしたいとかそういう願望じゃなくて、ただ友だちとしてもう少し親しくなりたいだけだし…。」
「おまえなー夢精までしたんだから、もう少し自分の気持ちに素直なれよ。彼女とキスとかしたい願望があるはずだから。友だちとして仲良くなりたいなんて悠長なこと言ってられないぞ。何しろ来年は中学生になるんだからな。命多朗ひとりじゃ、このまま何の進展もなく、あっさり卒業だろうけど、今のおまえの頭の中にはこの俺がいるからねぇ。どんな強者のライバルが現れたとしても、命多朗を勝者にしてみせるよ。魔法が使えたら、もっといろんなことができて容易く仲をとりもつことができるけど、今の俺は魔法も使えないし…。でもその方が楽しいか。自分の実力だけで、弟の恋を成就させるなんて誰にでもできることではないし、なんだか燃えてきたよ。久々に生きてる実感がする。あっ、たぶん生きてはいないんだけどさ。」
彼女を振り向かせる自信なんて少しもない僕をよそに、お兄ちゃんは妙に張り切っていた。
 
「そういえば…もうすぐ冬休みでクリスマスだし、彼女をデートに誘って、いい感じになったら、ハグしてほっぺにキスするとかそれくらいの既成事実は作らないとね。」
「そもそも外で揺波ちゃんと遊んだことなんてないのに、デートに誘うなんて僕にはできないよ。それにふいにハグして、キ、キスなんてしたら、セクハラだし、捕まっちゃうよ。」
「命多朗はほんと奥手だよなー小学生同士でそれくらいのことしたって捕まるわけないだろ。ちょっとしたスキンシップみたいなものじゃん。何も、裸になって抱き合うとかそういう大人の行為をしろとは言ってないんだから。なんかだんだんわかってきたぞ。俺が弟と話せるようになったのは、ウブすぎるおまえを大人の男にするためかもしれない。たぶんおまえが童貞卒業するまでは会話できると思う。この調子じゃ、まだまだ何年もかかるだろうから、これから付き合いは長くなりそうだな。よろしくな、命多朗。」
「大人の行為とか童貞卒業とかそんなことばかり言わないでよ…。僕はまだ小6だよ。」
「たしかにまだ命多朗は12歳だけど、あと4年もすればあっという間に高校生じゃん?その頃にはいろんな経験してる同級生も増えてるだろうから。俺だって高2の時に命の使いとして開花して、女の子といろいろ経験できたからさ。命多朗にも楽しい青春時代を過ごしてほしいんだよ。青春って案外短いものだからさ。」
「もーお兄ちゃんってば、さっきからエッチな話ばかりけしかけて来ないでよ。僕はただ、揺波ちゃんともう少しだけ、仲良くなれたらいいなって思ってるだけだし、まだ高校生の自分のことなんて考えられないよ。できれば、医大を目指せる高校に入りたいとは思ってて、恋より勉強をがんばりたいんだ。遥生くんほど頭良くないし、今の自分じゃ難しいかもしれないけど、おじいちゃんの病気治してあげられる医者になりたいし…。」
「命多朗は俺と違って、生まれる前からずっとじいさんから可愛がられてるもんな。病気のじいさんを救える医者になりたいから勉強をがんばりたいなんて健気だね。でも、学業も大事だけど、大人になったら命を育むことも大事だから、それができる命多朗はどっちもがんばらないと…。」
昼休みに歩きながら、僕が頭の中でお兄ちゃんとそんな会話を繰り広げていた時、あまり聞きたくない声が耳に飛び込んできた。
 
 「揺波ちゃんさ…クリスマスイブ空いてる?もし良かったら、俺と一緒に映画観てくれないかな。チケット2枚あってさ、余って困ってるんだよね。」
昼休みが終わる頃、遥生くんが彼女をデートに誘っている瞬間を目撃してしまった。
「あーぁ、彼に先越されちゃったじゃん。さすが彼は上手いねーさり気ない誘い方してるよ。」
彼女は彼に差し出された映画のチケットを見ながら、こんなことをつぶやいていた。
「『ママをたずねて宇宙の果てまで』…。このアニメ、私も観たかったの。是非一緒に行かせて。」
そう言えば彼女はお母さんを病気で亡くしているから、彼女の事情を知ってる上で、その映画を選んだとすれば、姑息な手を使ったなと思った。
「揺波ちゃんOKしちゃったね。仕方ないな…その日、俺たちは二人を尾行しよう。」
「えっ?尾行?そんなストーカーみたいな真似はできないよ…。」
「ストーカーじゃなくて、探偵だと思えばいいよ。命多朗、イブは俺と二人で探偵ごっこしよう。そして彼女と二人きりになるチャンスも窺おう。彼と遊び終えた隙を狙って、揺波ちゃんに接近するのも夢じゃないぞ。」
僕の気持ちはお構いなしで、お兄ちゃんはクリスマスイブに揺波ちゃんたちを尾行する計画を楽しそうに企てていた。
 
 「クリスマスイブはさ…毎年、お父さんとお母さんとそれにおじいちゃんが家にいた頃は四人で過ごすのが僕の家のしきたりみたいなものなんだよ。だから、そもそも誰かとデートとか誰かを尾行とか考えられないんだけど…。」
「羽咲(はさき)家のことはずっと見てたから、俺もそれは知ってるけど…もうイブにそんなに囚われることはないんだよ。多分だけど…命多朗の親たちがその日を大事にしてくれてるのって、クリスマスだからじゃなくて、俺のせいだからさ…。」
お兄ちゃんは急にテンションを下げつつ、静かに語り始めた。
「えっ?何?それってどういうこと…?」
「命多朗がどこまでお母さんから話を聞いてるのかは分からないけど…。俺も眠っているような状態の時があって、おまえのこと見逃してる部分もあるから…。生まれられなかったお兄ちゃんがいたって話。」
「その話なら…わりとちゃんと知ってるよ。お母さんはまだ大学生の頃にお兄ちゃんを身ごもって、生まれられなかったというより、産めなかった、手術を受けて人工的に命を絶たせてしまったって聞いたことがあるよ…。それを聞いた時はショックだったし、複雑な気持ちになった。やさしいお母さんがひどいことをした気がして…。」
「なんだ、そこまで知ってるんだ。じゃあ俺も隠さず言うけど、俺の命が消えた日って、12月24日だったんだよね。つまり羽咲家が大事にしてくれてるクリスマスイブ。」
「えっ?そうだったの?いつとか日付までは知らなかったから…。どこの病院でその手術を受けたのかも知らないし…。お母さんに根掘り葉掘り聞けることでもないし。そっか…だからみんなクリスマスイブはクリスマスで楽しそうっていうより、どこか寂しそうだったのかな…。ずっと気になってたんだよね。イブに時折見せるお母さんたちの寂しそうな表情を…。」
「まぁ、とにかくそういうことだから、イブに家族で過ごすことにこだわらなくていいってこと。日が暮れる頃には家に帰るんだし、昼間だけ家から抜けても別にいいんじゃない?その日は俺と遊んでよ、命多朗。」
「う、うん…そうだね…。お兄ちゃんがそう言うなら、昼間はお兄ちゃんと一緒に探偵ごっこしようかな。」
「ありがとう、毎年しんみりされるより、その日は楽しいことしてみたかったんだよね。命多朗が片想いしているおかげで素敵な思い出ができそうだよ。」
お兄ちゃんからイブの真相を教えられながら学校から帰っていた。いつも一人の帰り道だから、誰かと一緒に歩けている気がして、なんだかあったかい気持ちになれた。
 
 その日の夜は、僕の誕生日にだけお母さんが作ってくれる僕の好物のスペシャルダブルハンバーグがなぜか食卓に並べられていた。手作りデミグラスソースがたっぷりかかったチーズ入りのハンバーグがダブルに重ねられていて、添えられている温野菜も星型やハート型にくり抜かれている普段よりちょっと凝った特別な料理だった。誕生日はとっくに過ぎたはずなのにどうしてだろうと首を傾げていると、お兄ちゃんがささやいてくれた。
「これってさ…たぶん命多朗が大人になったお祝いじゃないの?お母さん、ちゃんと察して分かってくれたんだよ、きっと。」
「そうなのかな…精通したから、大人になったお祝いってこと?」
「そうじゃなきゃ、誕生日にしか作らないような手の込んだ料理を作るわけないだろ。物分かりの良いお母さんで良かったな。」
お母さんは直接何かを言ってくることはなかったけれど、時々僕の様子を窺っているようにも見えた。
「お母さん…今日はご馳走なんだね。ありがとう。」
「たまには…誕生日以外にこういう夕飯もありでしょ?出張中のお父さんには内緒で二人で食べちゃいましょう。」
お母さんはすました顔でそんなことを言っていた。
「あのさ…お母さん。もうすぐクリスマスじゃない?」
「えぇ、そうね。どうしたの?」
「今年は…イブの昼間は用事があるんだ。夜までには帰るから、いいでしょ?」
「あら?そうなの?残念ね…でも命多朗も来年は中学生だものね。クリスマスだからっていつまでも一日中家族と一緒には過ごせないわよね。」
「ありがとう。一応言っておくけど…女の子と遊ぶとかそういうのではないから。その日は一人でおじいちゃんのお見舞いにも行きたいし。」
お母さんの少し寂しそうな顔を見た僕はとっさにそんな嘘をついてしまった。
「なんだ、そういうこと。命多朗はおじいちゃんっ子だものね。いいわよ。一人でお見舞いに行って来なさい。暗くなる前には帰ってくるのよ?」
「うん、ありがとう。お母さん、今日はごちそうさま。おいしかったよ。」
嘘をついたことに罪悪感を覚えた僕は、お母さんと二人きりの食事が気まずくなり、せっかくのご馳走を急いで食べ終えるとすぐに自分の部屋へ戻った。
 
 「命多朗さー嘘も方便っていうだろ?別に気に病むことないって。好きな子を尾行するなんてほんとのこと言うより、断然マシだよ。でもまぁ…ああいう時は、友だちとみんなで遊ぶからとかさらっとかわせば済む話なんだけど…。おまえってこういうこと、ほんと不器用だよな。」
「僕はお兄ちゃんと違って、騙すこととか器用にできないし…。あれが精一杯の嘘だったよ。」
僕はベッドの上で布団に包まりながら、うつ伏せになっていた。
「まぁでも、とっさに嘘が出るようになっただけでも進歩したかな。友だちと遊ぶっていうより、ある意味、おまえらしい言動だし…。そうだ、そんなに後ろめたいなら、探偵ごっこする前にほんとに、じいさんの見舞いに行けばいいんだよ。そしたら嘘ではなくなるだろ?二人の待ち合わせはたしか昼過ぎだったし。その前に病院に行こう。」
「それは名案だね。本当におじいちゃんのお見舞いをすれば少しは僕の心も晴れるよ…。」
ぱっと起き上がってお兄ちゃんの話に乗った。
「まぁ、俺も久しぶりにじいさんの顔を見たくなったしさ。命多朗が元気を取り戻してくれて良かったよ。だからってわけじゃないけど、もしも夢精を防ぎたいなら、先に自分で抜いてしまうって手もあるよ?」
「お兄ちゃん…結局いつもその話に戻るんだね。僕は別に抜くとか必要ないから。たとえまた夢精してしまったとしても、パンツを洗えば済むだけだし。」
「なんだよ、せっかくいちいちパンツを交換しなくて済む方法を教えてやったのに。やり方を知らないなら、兄ちゃんが教えてやるから。さっきみたいにうつ伏せになって布団にこすりつけながら、腰を動かすだけでも少しは気持ち良くなれるし、好きな子のことを思い浮かべておかずにすればいいんだよ。簡単だろ?」
「っ…お兄ちゃん…。僕はそういうことはまだ知りたくないから。興味ないし、率先して教えないで。」
「つれない弟だなーもしも俺に身体があれば、手取り足取り教えてやることもできるのに、今は実体がないからほんと困るよ。あっ、そうだ。じゃあせめて声色を揺波ちゃんのトーンに近づけて、ささやいてあげるよ。」
「そんなこと、必要ないから。」
思い切り拒否しても、お兄ちゃんはまるでいたずらを楽しむかのように僕の頭の中でこんなことをささやき始めた。
「私…命多朗くんのこと、好き。だからキスして…。」
まるで本物の女の子の声のように声色を変えて、そうつぶやいたお兄ちゃんは最後に「チュッ」という効果音までつけていた。
「俺って、声質を替える才能あるのかな。声優とか向いてるのかもしれないな。イケてると思わない?」
こうしてエッチなお兄ちゃんに振り回されながら、寝不足になりそうな僕の夜は更けていった。

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