「YUKITO-死にたい俺と生きたい僕-」第4話(漫画原作)
(ってか、これ、何の時間だよ。いい加減にしてくれよ。いつまでこんなことしてるんだよ。ゆきとが俺の手を含めて身体を奪ったのは、胸を揉むためじゃないだろ?ピアノ弾きたいんじゃないのかよ。)
(ピアノも弾きたいけど、お母さんにもたくさん触れたかったから…。ほんとは乳首に吸いつきたいし、ハグもしたいところだけど、これでも我慢してるんだよ。)
「あの…央香さん、そろそろピアノのレッスンお願いします。」
ゆきとも央香さんもピアノを始めそうになく、これ以上行為がエスカレートしたらまずいので、俺が割り込んだ。
「あっ…そうね。雪音くんにピアノを教えたいって言い出したのは私なんだから、しっかりしなきゃね。ごめんなさいね。つい…息子に甘えられている気分になって、幸せを感じてしまって…。ピアノの部屋はこっちよ。」
(ちえっ、もう少し、お母さんのおっぱいに触れていたかったのに…。)
(もう十分、触っただろ。ほらピアノ弾くぞ。)
防音のピアノ室へ行くと、まずは央香さんがピアノを弾いて聴かせてくれた。
「この曲、知ってるかしら?大好きな曲なの。」
彼女が弾き出した曲は、有名なロックバンドの曲だった。
「知ってます。『HANABI』ですよね。俺も…僕も好きな曲です。」
珍しく意見が一致したゆきとと俺は同時にしゃべった。
「ピアノだからって何もクラシックばかり弾こうとしなくていいのよ。もちろん基礎を身につけるためにはクラシックも大事だけど、好きな曲の方が練習し甲斐あるでしょ?」
「そうなんですか。ピアノって堅苦しい曲をイメージしてたので、ちょっと安心しました。」
「じゃあ…この曲の右手を軽く弾いてみる?音楽の授業でピアニカとか鍵盤は多少触ったことがあるでしょ?」
「はい…多少なら…。」
(ゆきとくんは何も考えずに僕に指を任せてくれればいいから。)
ゆきとは志築さんを驚かせたように、央香さんの目の前でも流暢にピアノを弾いてみせた。
「えっ…?雪音くん、ピアノ習ったことあるの?指づかいも完璧じゃない。私が教える必要なんてないくらい上手なのね。びっくり。」
「習ったことはありません。でも…ピアノ弾いてる人をよく見ていたから。見よう見真似で。ピアノの音もよく聴いていましたし。」
「そうだったの。右手は完璧だし、この調子なら左手も同時に弾けるんじゃないかしら?ちょっと弾いてみて。」
「さすがに央香お母さんみたいには上手く弾けないよ。」
(ちょっ、ゆきと、言い方。)
ゆきとは多少つまずきながらも、両手でその曲を弾きこなしてみせた。
「すごい!雪音くん、ピアノの才能あるわね。聴いたことしかないのに、こんなに弾けるなんて…。コンクールに出場も夢じゃないわよ。何なら音大目指してみる?」
「僕でも音大とかコンクール目指せるでしょうか。」
褒められて得意気になったゆきとはまんざらでもない返答をした。
「目指せるわよ。基礎がちゃんとできてるもの。天才っているのね…。たくさんの生徒を見てきたけど、初心者でこんなに飲み込み早い子は初めてよ。」
「じゃあ本気で音大目指して、央香さんみたいにピアノ講師になろうかな。」
(おい、ゆきと、あんまり調子に乗るなって。俺はピアノも音大も興味なんてないんだから…。)
(いいじゃん。どうせゆきとくんは夢も目標も何もなかったんだから。僕はお母さんを喜ばせたいから、このままピアノがんばるつもりだよ。)
「央香さん…うちにはピアノないので、水曜日以外もちょくちょくピアノ借りにお邪魔してもいいですか?たくさん練習したいので。」
「もちろん、大歓迎よ。水曜日以外も夜なら時間あるから。雪音くんがやる気になってくれて、うれしいわ。本当に息子がピアノ弾いているようで、うれしい…。」
(また勝手に決めるなよ。水曜日以外も央香さんの家にピアノ借りに来るなんてさ…。しばらく合唱の練習だってあるのに、まったく。)
「そうだ、央香さん、今度うちの高校で合唱コンクールあって、僕は指揮者になったんです。良かったら、見に来てくださいね。」
「えっ、雪音くん、指揮者になったの?是非行きたいわ。でも雪音くんの実力なら、指揮よりピアノ伴奏の方が向いてそうなのに…。私、雪音くんの伴奏も聴いてみたかったわ。」
「それじゃあ…伴奏は来年しますよ。央香さんのために、来年の合唱コンクールでは伴奏者になります。」
(どんどん話を進めて…もう来年のことまで考え出したのかよ。身体がいくつあっても足りないよ。ゆきとのやる気にはついていけない。)
(大丈夫。ゆきとくんは何もしなくていいし、何も心配しなくていいから。全部僕の実力で、ゆきとくんの身体を使ってやるだけだからさ。)
こうしてレッスン初日は、央香さんの手料理をご馳走になり、流れで央香さんの胸を触り、最後にようやくピアノを弾いて彼女を驚かせ、遅くなったからと帰りは彼女の車で送ってもらった。
このヤバイ親子と関わって以来、疲労感が半端ない…。毎日、何かしら一生懸命させられて、どっと疲れが出てぐっすり熟睡してしまう。すぐに眠りたいのに、風呂好きのゆきとがシャワーだけでは済ませてくれないから、毎日風呂にも時間かかるし…。ゆきとが率先してやりたがるから掃除洗濯料理も前よりマメにやってるし…。宿題とか勉強も手抜きさせてくれないし、ほんと疲れる。
「あのさ、いつか俺に俺の人生を返してくれるよな?生きるにしても、俺はもう少しまったり暮らしたいんだよ。らしくないことばっかりさせられて、疲れる…。父親に髪切ってもらったし、母親のご飯食べられたし、ピアノも教わったし、ゆきとの夢はもう叶っただろ?」
「返すなんてヤダよ。せっかく手に入れた身体と人生と命だもの。一回くらいあの人の顔を見て、お母さんと触れ合えたくらいじゃ満足してないし。あの人のことを困らせてみたいし、お母さんにはもっと甘えたいし、やさしくしたいし、心咲ちゃんとの恋だってまだ始まったばかりだし…。」
「まじかよ。どうしたら、俺の人生から出て行ってくれる?」
「身体が死ぬまで出ていくつもりはないけど、もしかしたら人生に心底満足できて、もう十分生を満喫できたって思えたら、ゆきとくんの中から出ていくかもしれない。それまで待てないなら、ゆきとくんの方が僕の人生から出て行ってよ。魂になって、消えればいいじゃない。」
「はぁ?なんで俺の方が出ていかなきゃいけないわけ?元々俺の身体なのにさ。」
「だって身体と命を捨てようとしたのはゆきとくんの方じゃない。」
「それはそうだけど…身体だけゆきとにあげて、勝手にされるのは何か嫌なんだよ。」
「それじゃあ、これからもどっちかが消えるまではひとつの身体の中で共同生活するしかないね。」
「二人きりの時は、なるべく幼児の姿になって、俺の中から出てくれよ…。」
「うーん。でも、ゆきとくんの身体の方が心地良くなってきたし、身体の中にいないと味わえない感覚もあって不便だから。」
ゆきとは俺の身体を気に入ったらしく、一向に出て行ってくれる気配はなかった。
木曜日…。
「おはよう、心咲ちゃん。」
ゆきとが率先してあいさつした。
「おはよう。あれっ?雪音くん、髪切ったんだね。短い髪も似合ってるよ。」
「ありがとう。昨日は練習できなくてごめんね。髪の毛、暑苦しかったから、思いきって切ったんだ。」
「へぇー三生の髪型、ちょっといい感じじゃない?」
「あか抜けしたっていうか、爽やか。」
「三生のやつ、最近イメチェンに抜かりないよな。」
少し髪型を変えたくらいで、他のクラスメイトもざわついていた。
(あーこういうの俺、嫌なんだよ。目立ちたくないのに、ゆきとが俺の中に入って以来、騒がれることが多くなった。ひっそり地味な学校生活送ってたいのにさ。)
(だって僕は目立ちたいもの。人気者の陽キャ目指してるって言ってるじゃない。)
(あのな、陽キャ=人気者とは限らないんだぞ。目立つってことは、妬まれる場合もあるし、敵を作ることにもつながりかねない。俺が陰キャを貫いてるのは、妬まれたくないし、嫌われたくもないからなんだよ。空気というか影のような存在でありたいっていうのが俺のモットーでさ。煩わしい人間関係は避けたいから…。)
(それくらい分かってるよ。ようやく生きることができるようになった僕は、人気者になって妬まれてみたいし、嫌われてもみたい。とにかく人と関わって、いろんな気持ちを知りたいし、感情の種類も増やしたいんだ。嫌われたくないってことはゆきとくんは結局、みんなから好かれていたいんだね。)
俺はうんざりしても、ゆきとの方は髪型のことで騒がれ、憧れの人気者に近づけてうれしそうだった。
4時間目の音楽の時間、合唱コンクールの自由曲を決めた。多数決の結果、『HANABI』という曲に決まった。央香さんがピアノで聴かせてくれた曲だった。
「課題曲は『時の旅人』、自由曲は『HANABI』に決まった。志築、伴奏よろしくな。」
橘先生がそう言うと、志築さんは突然、妙なことを言い出した。
「先生、あの…実は三生くんもピアノが上手なんです。だから、自由曲の伴奏は三生くんにお願いしたいです。」
「えっ?三生ってピアノ弾けたの?」
「弾ける志築さんが認めるなら、本当かもよ。」
またクラスは俺のことでざわついた。
「志築さんが推薦してくれるなら、僕やります。」
例のごとく俺を放置して、ゆきとはやる気満々になった。
「そうか…三生はピアノが弾けたのか。じゃあ…課題曲は志築に任せて、自由曲は三生にお願いするか。となると指揮者は…。」
橘先生が指揮者について悩み始めると
「先生、俺が代わりに指揮者になります。」
「わっ…私も、指揮やりたいです…。」
陽キャで人気者の坂神翔(さかがみかける)と、俺と同じく陰キャで地味なはずの影宮奏(かげみやかなで)が挙手した。坂神は分かるけど、影宮さんが挙手したのは俺以上に意外だった。
「翔くんがいいよね。」
「そうだよ、そもそも三生より、坂神の方が適役だし。」
「なんで影宮さんまでやりたがるんだろう…。」
「自主的に何かしたがるタイプじゃないのにね。」
「三生といい影宮といい、新学期になったらキャラ変えるやつ多いな。」
「先生、伴奏者が二人なら、指揮者も二人いていいと思います。」
志築さんがそう言ったものだから、ざわついていたみんなも納得してしまった。
「そうだな…。二曲あるんだし、伴奏者も指揮者も二人でいいかも。」
「影宮さんが緊張してヤバくなっても、坂神がいれば何とかなるだろうし。」
「そうだな…。じゃあ『時の旅人』の指揮は坂神に、『HANABI』の指揮は影宮に任せるとするか。二人ともよろしくな。伴奏者と指揮者の四人は仲良く、練習に励むように。」
(伴奏できることになったのはうれしいけど、せっかく心咲ちゃんと二人きりの時間が二人も増えるなんて残念だよ…。)
(二人きりの時間も苦痛だったけど、さらに二人も増えるなんて、人間関係がごちゃごちゃしそうで、俺もうんざりだよ…。央香さんと過ごす方がまだマシ…。)
「三生くん、坂神くん、影宮さん、四人で仲良く練習しましょうね。」
志築さんだけは何人増えても問題なさそうに笑顔をふりまいていた。
音楽の時間が終わって、昼休み…。
「おい、三生。ちょっと顔かせよ。一緒に飯食おうぜ。」
なぜか坂神から声をかけられ、屋上に向かう階段の踊り場で一緒に昼食を食べることになった。
「おまえさ…夏休み明けたら、妙に明るくなったよな。心咲ちゃんにも慣れ慣れしいし、彼女のことが好きなのか?」
「うん、いつまでも陰キャじゃつまんないからね。坂神くんみたいな陽キャに憧れてさ。心咲ちゃんのことは気になるよ。」
俺に断りもなく、ゆきとはまたぺらぺら彼にしゃべった。
「やっぱり…そうなのか。じゃあ俺も言うけど、心咲ちゃんのことはおまえなんかに渡さないからな。だから指揮やることにしたんだよ。」
どうやら俺の意に反して、宣戦布告という状況らしい。
(こういうのって、恋のライバル登場ってやつじゃない?僕、こんなスリルある展開に憧れてたんだ。恋の三角関係ドキドキだね。ライバルとはいつの間にか友情を育んで、親友になったりしてさ…。熱い青春の始まりだね。)
ゆきとだけはそんな状況さえも喜んでいた。
坂神はそれだけ言うと、俺の元から去って行った。そして入れ替わるように、俺の元へ影宮さんが現れた。
「みっ、三生くん、ここにいたんだ…。」
「うん、さっきまで坂神と一緒だったんだ。どうしたの?」
「わ、私…ずっと勝手に三生くんのことを陰キャ仲間って思ってたの。なのに新学期になったら、三生くんはキャラ変わってて、少しショックだった…。」
何が言いたいんだろうと俺は彼女の心を詮索しながら聞いていた。
「そっか…ごめんね…。陰キャ仲間って思ってくれてたなんて、うれしいよ。」
ゆきとは愛想良く彼女に返答していた。
「そっ、それでね…私は三生くんの仲間でいたいから、私も三生くんを見習って、自分を変えることにしたの。三生くんと同志でいるためなら、指揮でも何でもがんばろうって思って…。」
「へぇーそうなんだ。僕と同志でいたいなんて言ってくれて、うれしいな。これから一緒に練習も学校生活もがんばろうね、奏ちゃん。」
ゆきとに名前を言われた彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
(鈍感なゆきとくんは気づいてないだろうけど、たぶん…彼女はゆきとくんのことが好きなんだね。陰キャのゆきとくんに思いを寄せる子がいると分かったから、僕は陽キャ目指してるけど、陰キャ部分も少しは残すとするか…。彼女のことも異性として意識することにするよ。ライバルと想い人の出現…。恋愛模様はおもしろくなってきたね。障害のない恋愛じゃつまらないものね。いろいろ乗り越えてこそ、本当の愛を育むことができるから…。)
(は?そんなわけないよ。ゆきとの妄想だって。坂神はともかく、影宮さんのことまで巻き込むのはやめてくれよ。俺だって、影宮さんのことは陰キャ仲間とは自覚していたんだから…。一度も話したことなんてなかったけどさ。)
(ふーん…。つまりゆきとくんは心咲ちゃんより、奏ちゃんのことが好きなのかもね。でも僕は心咲ちゃんの方が好きだから、困ったな…。身体はひとつしかないものね。二股なんてあの人と同じになっちゃうし。)
(だから、そんなんじゃないって。すぐに恋愛に結び付けるなよ。ゆきとと俺は違うんだから。)
ゆきとに身体を乗っ取られたおかげで、俺の人生は着実に変わりつつあった。騒がしい日常が始まり、何もなかった暗い俺の人生は光り輝き、愛を知ることになるとはまだこの時は気づいていなかった。
「央香さん、僕、合唱コンクールで指揮者じゃなくて、伴奏者に抜擢されました。しかも自由曲は『HANABI』に決まったんですよ。」
放課後の合唱の練習を終えると、俺は疲れているというのに休む間もなく央香さんの自宅へ向かったゆきとは、うれしそうに報告した。
「まぁ、そうなの。雪音くんが伴奏できることになったのね。しかも曲は『HANABI』なんて…。今の時代はこの曲も合唱で歌われるようになったのね。」
ゆきとから話を聞いた央香さんも喜んでいた。
「だから央香先生、みっちりこの曲教えてくださいね。これが合唱用の譜面なので…。」
ゆきとは橘先生から渡されたピアノ譜を見せながら言った。
「分かったわ。しばらくはこの曲の練習に力を入れましょう。」
彼女はレッスン中、時々、情緒不安定な一面を覗かせた。ややメンヘラ気味だと気づいた。
「この曲の歌詞にあるように、本当は何度でも幸与に会いたいのよ…。手放したのは自分だというのにね。逢いたくなった時の分まで、寂しくなった時の分まで、もう一回、もう一回、もう一回、もう一回って思いながら、幸与が生きていた頃、あの子の命をみつめて、目に焼き付けていたの…。」
「はい…僕もできることならお母さんに何度でも会いたかったから、今、こうして会えて、一緒に過ごせて幸せです。」
「雪音くん、こんなどうしようもない私を励ましてくれてありがとう。息子になりきってくれて、やさしいのね…。」
まさか本物の息子からの言葉なんて気づくわけもない彼女は俺にお礼を言った。
「僕のことを本当の幸与くんだと思ってくれていいんですよ。」
「雪音くん…あのね、新美南吉って知ってる?」
「はい、知ってます。『ごんぎつね』とか童話書いた人ですよね。」
「そう、彼は童話作家なんだけど、詩も残していてね。『天国』って詩があるの。赤ちゃんにとってお母さんの背中は天国なんですって。だからお母さんはみんな天国を持っているって詩なの。」
「へぇーそんな詩があるんですね。俺は母さんの背中におんぶされたことないから、分からないけど…。」
「私は…幸与に天国をあげられなかったって後悔してるの。おんぶも抱っこも何ひとつ、してあげられなかった…。天国どころかあの子には地獄を教えてしまった。生まれたい、生きたいって思って一生懸命、成長している最中、息の根を止めてしまったから、あの子にとって私は地獄よね…。」
涙を流しながらそんなことを言う彼女の背中はひどく寂しそうだった。ゆきとは彼女の背中にもたれながら言った。
「央香お母さん…お母さんは僕にとって十分、天国だったよ。お母さんの子宮も身体も心も全部、僕だけのもので天国だった。もちろん、抱っこもおんぶもされてみたかったけど…僕は知ってるよ。僕の代わりにぬいぐるみを抱っこしておんぶしてくれてることを…。お母さんの中に命が宿った時から、今もずっとお母さんの愛は感じているから、お母さんは地獄なんかじゃないよ。子どもにとってお母さんはみんな天国だから…。」
ゆきとは母親の背中をさすりながらやさしくそう言った。ゆきとの言葉を聞いた彼女はますます泣いてしまった。俺も思わずもらい泣きしそうになった。
「ゆきとって…央香さんのことがほんとに大好きなんだな…。」
彼女の家から帰宅した俺はゆきとに言った。
「お母さんの子だから、好きに決まってるじゃない。ゆきとくんだって、お母さんのことは好きでしょ?記憶になくても好きなはずだよ。神さまが教えてくれたことがあったんだ。たとえ生まれられなくても、ひとつの身体で命を分かち合った母子の絆は永遠だって…。」
「永遠の絆か…。たしかに…母さんのことは嫌いとは思えないかな。俺にとっても、母さんは天国なのかもしれないな…。」
「だからその大好きなお母さんと話せるようになったことが本当にうれしいんだよ。ゆきとくんの身体をもらったおかげで、お母さんに言葉を伝えられるようになった…。あのね、ゆきとくん、好きな人に好きと伝えられること、悲しんでいる人に手を差し伸べられること、おなかが減ること、疲れること、明日を悩めること、未来に希望を持てること、性交できること、死にたいと思えることは、生きているからこそできる贅沢なことなんだよ。生きている命と身体がなきゃ、死んだら希望も絶望も何もないんだ。ゆきとくんにとっては地獄みたいなこの世かもしれないけど、僕にとってはお母さんやみんなと触れ合えて、命ある限り何でもできるこの世は天国なんだよ。」
屈託ない笑顔で幼児姿の17歳のゆきとはそう言い切った。目の前で花火が打ち上げられたように、その笑顔はあまりにも眩くて、俺の心を捉えて離さなかった。そしてゆきとという存在が花火みたいに儚く消えてほしくはないと願った。
側にいて生きる喜びを教えてくれた幸与と巡り会えたおかげで、こんなにも世界が美しく見えるようになるなんて、想像もしていなかった。花火のような刹那の煌めきと花火が終わった後の侘しさを俺の人生にもたらしてくれた幸与とさよならすることが最初から分かっていたなら、もう少しキミを大事にできたかもしれない。二人で過ごせたおかしな時間を、キミを、もっと心に強く焼き付ければよかった。もう一回、何度でもキミに会いたい…。失わなきゃ気づけないなんて、俺はまるで中絶した央香さんと同じだった。絶えかけた俺の人生と未来を救ってくれたキミの魂の温もりが忘れられない…。俺も時の旅人になって、無邪気なキミに会いにゆきたい。人生に明かりを灯してくれたのは間違いなく、幸与だった。何もなかった俺の人生に幸与が生の痕跡を残してくれたおかげで、俺はどうにか生き直すことができそうだ。生命力を蘇らせてくれて、生き方を教えてくれたのは死んでいる存在の幸与、キミだった。死を望んだ俺がせっかく生きたいと思えるようになったというのに、幸与、これからの俺の人生の中にキミがいないことだけが寂しい…。もう人生は共有できないとしても、俺の命の中で幸与は生き続けているよ。命ある限り、幸与の魂を感じながら生きるよ。だからどうかこれからも俺の人生の標のままでいて…。
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