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Sydney 2 気楽に行こうぜ

世界自然遺産の小笠原諸島、父島から本日はこんばんはをお届けしています。

無事にPCR検査陰性でしたので、遠路はるばる東京から約1,000キロ離れた島にいます。

ワンマンも無事にできた事だし100から0になりたかったので、1,000っていうナイスタイミングです。『俺たちの夏21』お願いします!!

いやぁー竹芝からの小笠原丸のフェリーが約24時間ですよ。

そんなに長く船乗ったことあります?

小笠原はどうやら、オセアニアらしいです。

これってもう海外じゃん!! グアムが近い!?

って、無事に載せることが出来るのを祈ってます。小笠原にいったらnoteレないので、東京で下書きを書いています。これって未来日記!?

最高の夏にしましょう!! 

島の民のみなさん、よろしくお願いします。


さて、旅の青年も気楽にいこうぜしているようですので、本編もよろしくお願いします。

Sydney 2 気楽に行こうぜ

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そうして過ごしているうちに、マークが台湾に帰る日がやってきた。セントラルステーションまで見送りに行きマークと別れた。一緒に遊びに行く奴がまた一人、シドニーを去って行く。友達のいない大きな街に住むとけっこー寂しくなる。まぁレゲエパーティーとかあったから楽しかったけどさ。

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そうだ、俺アフロのウィッグを買ったんだ。だってさ、「髪切り行きたいんだよなぁ」ってアゴラのシェフのヤンに相談したら、いいとこあるぞって教えてくれて、そこで切ったら超短髪にされちゃったんだ。

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恥ずかしくて表歩けないから、帽子買おうと思って入った教会の古着屋で、マネキンが被ってた「アフロのウィッグ」見つけて、お婆さんに「あれいくら」って聞いたら、「1AUSドルだよ」っていうから、安って思って。これなら、笑いのネタにも出来ると思い、買うことにしたんだ。いい帽子見つからなかったし、そいつを被ってアゴラへ。もう一人のシェフのマークにも、マネージャーのドシャンにもウケたから良かった。

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楽しく働いてたぜ、よくヤンの友達がキッチンに入って来てたよ。

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しばらくはアフロのウィッグ被って生活してた。

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そういう時代もあったなぁって、ほら。今思い返してらぁ。そいつ被って新しく移動したシェアハウスの机で勉強してたら、シェアメイト達もみんなリアクションしてくれて楽しかったなぁ。

ってあれ、家移動したって言ったっけ? まだだったかな。もうねこの頃もバタバタしててさ。ハンとかと、シドニーセントラルの駅前で偶然会って、彼らのシェアハウスに移動したんだけど、そこには結局二週間くらいしか住んでなくて、強制的に移動することになったんだ。それで、そこのオーナーみたいのしてたホンコニーズの変な子に紹介されて、めっちゃセントラルの駅前に近いシェアハウスに移動した。

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そこは広くて綺麗で、一部屋に6人もステイしてて、合計16人住んでる所だったんだけど、いい場所だったからそこに決めたんだ。しかも、そこ管理してたサマーって子が可愛かった。

新しい家に移ったり働いたり、ナイトクラブに行ったり楽しく過ごしてた。働いてない時はずっと勉強をしてた。バカみたいに真面目でさ、もっとはしゃいでれば楽しかったのにね。

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アゴラも遂に最後の日。もう俺はアリススプリングスまで陸路で旅に出ることに決めていた。でも絶対陸路で行っちゃいかん。飛行機の方がマジで良いよ。陸だと、時間がやたらとかかって遠いし、何もなくて高い、でもそれなりにいろいろあったんだ。

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シドニーを出る前、フェデリコの家でみんなで飲んだ。久しぶりにアンドレアもいた。ソフィとデイブとかもいたなぁ。サイドバーって所にみんなで飲みに行ってたんだ。ま、なんだかんだでこの時はシドニーを本当に離れるもんだと思ってた。

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駅でカホンを裸で持ちながら、首にタンバリン置いて、アフロヘアで、イエローとグリーンの「オーストラリア」って書いてあるシャツ着てバックパック背負って立ち尽くすと、俺って何やってんだろってポカーンって気が抜けて笑えてくる。
これもまた「人生」、好きにすりゃいいじゃん。

編集後記

いやいや好きにすりゃいいだろうけどよ。恥ずかしいぜ!! 頼むぜ。

まじでこいつ。何やってんだよ。な、旅の途中。

アゴラでいろいろ東ヨーロッパの話も聞いてて、なんだかイメージ湧いてきてたってのもあるし、イタリアンなメンツとは、ヨーロッパ編のイタリア、オランダでも再会してんだよね。

サマーの弟には台湾の旅でも、とてもお世話になったし。

繋がっている旅をしているんです。


ここで、一旦シドニー編締まるね。

この時は本当にそう思ってた。って事で次回からは、Australia season 2nd Brisbane again & To The Red Center編が始ります。

これは、オーストラリア第三の都市ブリスベンに短期留学したところから、話は始まってて、そんでオーストラリアを散々旅して、行きたい所や、大きな街には行ったかなって感じで、またブリスベンに戻るんだ。

こういうのをなんとなく、ラウンドと言うんですね。

そっからさ、次回からの話もアツいです。

タスマニア編よりは地味ですが、オーストラリア東海沿いを北上してブリスベンへ、そして陸路でウルル目指してます。

道程めっちゃきつかった。地味すぎるけど、たまらんです。

赤土の大地。レッドセンター行っちゃう。

「もう人住んでいい所じゃないだろ」のオンパレードな旅がありました。


そうだ。今日は月末の半月と言う事で、遠慮なくお伝えします。

『光の中を旅してた』-第三章 オーストラリア編- シーズン2

メルボルンでの生活も、アデレードや、タスマニアへの旅。そしてキャンベラ、シドニーからのブリスベン、レッドセンターへ、もう全部語りつくせないので、書きました!! 溢れ出た感じです。頼みます!!

こちらKindle版は、前説も編集後記も写真もなく、本編の活字のみでお届けしています。

Kindle Unlimitedの会員の方は読み放題でお試しできますので、お時間ございましたら、ぜひ遊びに来てください。よろしくお願いします。

旅から旅へ。ここからの第四章、第五章、終章ともう、旅が止まりません。全部書くのに、東京での仕事も始まってきましたので、約4年かかりました。

今になって思うと、自然な解決法だったのかなと、前向きにとらえています。

旅の中ではずっと、今って奴に熱中してた。

日本へ帰って来てからは、もっと生活を何とかしなくちゃいけない。

それもこれも全部、今に繋がってる。

働きつつ書くのは僕にはとても難しかった。それでも、こつこつ少しずつやろうとしていた。

全部うまいこと出来ている人が居るのなら教えて欲しい!!

旅物語エッセイを書いていた時の葛藤や、希望にスポットライトを当てた裏ダイジェスト版がこちら!! もう混乱上等、必死です。

『光の中を旅してた』-Only Time Will Tell-

noteでは、本編の中でたまに引用表示で書いている部分を集めまして、編集して整えました。

-Only Time Will Tell-も可愛がってあげてください。

noteの前の、混乱上等な皆様。いろんなことあんじゃん、きっと。

この生活の先に何があるのか、時間が教えてくれるとの事です。

落ち着いて、呼吸を整えて一緒に頑張っていきましょう。


アドベンチャー好きなそこの君、そしてシャイなnoteの前の皆様。

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じゃ、ここらで俺は新しい下書き準備に入ります。

またね。小笠原大好き男より。

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