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初めて行ったモントークは、あたたかな街のような店だった。


3月某日、私は初めてモントークに行った。

モントークとは、表参道にあるカフェラウンジ。
スモークガラス張りの3層からなる空間で、1990~2000年代のカフェブームの火付け役である山本宇一氏がプロデュースし、2002年のオープン以来看板のない隠れ家的なカフェとして20年に渡り営業してきた。2022年3月末をもってクローズする。


という情報を私が知ったのはつい先日。
閉店するというニュースについて書かれた記事を読んだのがきっかけだった。

今までその存在すらまるで知らなかったのに、なんだかとても「モントーク」が気になった私は、そこからホームページや食べログなどの内装や料理の写真などをぽつぽつと眺めていた。
インテリアがとても素敵で気になったこともあるし、料理が美味しそうで食べてみたいと思った。

そしてなぜだか私は、今まで縁もゆかりもなかったモントークに閉店するまでに行かなければいけない、見なきゃいけないという気持ちになっていた。
にわか客極まりないが、私はこの時点で訪れる前から多分ちょっとファンになっていたのだ。


その話をして「へぇ〜行ってみたい」と言ってくれた友人と共に、私は平日の夜、仕事終わりに表参道に向かった。
ようやくまん延防止措置の期間が終わって、その日は23時までの営業とのこと。アルコールの提供時間も気にせずまたこうしてカフェやレストランを楽しめる日が戻ってきたことが嬉しい。

ラフォーレの近くの「あの交差点」から向こうの方に歩いていく。向こうというのはえーと、あそこ、MoMAの方。(方向音痴な上に土地勘もないため、北の方へとか何々通り沿いをという言葉が出てこない。知ってる場所が目印)
あぁ、この通り沿いにあったのか、なんて思いながら歩いていくと真っ黒な四角い店舗が現れた。

おぉ、ほんとに看板がない。
「看板がない店」というのを来る前に読んだ記事で知っていた私は、実際の建物を見てちょっとびっくりした。
目立つけれど、なんとなく人を寄せ付けないようなソリッドな雰囲気。おぉ、これが...。なんて思っていると、友人が言った。

「あ、私、ここ来たことあったわ。」

友人はかなり昔に一度たまたま訪れたことがあると言う。
看板を掲げていないせいもあってか、ここのことだと名前を聞いてもわからなかったそうだ。


右手に入って、重厚感のある黒い扉を開ける。
ちょうど会計を済ませたと思われる若めの女の子が2人店を出た。
店内はとてもにぎやか。
もうすぐクローズだし予約しないと入れないかな?なんて言いながら向かったが、タイミングがよかったのかちょうど席が空いていて、私達は1階の一番窓側の席に案内された。

店内に入ると、友人と目を合わせる。

「音、なんかすごい生音っぽくない?」
「ね。一瞬上で演奏してるのかと思っちゃった。」

曲調的に生演奏ではないことはわかったが、1階の端から眺めた2階席への道はその音も相まってなんだかすごく特別な空間というか、わくわくを感じる。
向こうはどんな感じなんだろう、ちょっとあとで見に行ってもいいかな...。
そんなことを思いながらメニューを開く。

定食からパスタ、リゾットにオムライス、思った以上にたくさんのラインナップ。もちろんカフェらしいパンケーキやスイーツも豊富だ。
タルトにシフォンケーキ、チーズケーキ...なんと9種類もケーキがある。すごい。

いつもの私の夕食なんて、まずは瓶ビールを頼みながらお通しをつまみつつ、さて生魚は何があるかな、なんて完全に中高年のおっさんのようなことを考えているが今日の私は違う。
表参道のカフェで、おしゃれにディナーである。ほほほ。


のんびりとメニューを眺めていると店員のお兄さんがテキパキとした動きで注文を取りに来た。ケーキを4つスピーディに指差し「今これが売り切れです」と淡々とした口調で言う。
カフェメニューも気になったが友人と相談した結果、とりあえずまずはごはんを頼もうかということになった。
色々悩みながらもナスとモッツァレラチーズのボロネーゼと、ホタテのグリルとウニのリゾット、グリルチキンの乗ったシーザーサラダを頼んでシェアすることに。


さて注文を済ませてから、おそるおそる上へ続く階段を登ってみる。
階段を登ったところには大きなスピーカー。
先程から聞こえていたライブ感のある音はこれだろうか。
床が小さなタイル貼りになって色調は明るくなったが、1階と比べて2階は少し照明も暗めでちょっと落ち着いたイメージだ。
一方はテラス席の方に繋がっていて、もう一方には再び階段。
その階段がちょっとアールがついていて、なんともまた可愛らしい。

店員さんに止められないのをいいことに続く階段を登り、他のお客さんの邪魔にならないように探検を続ける私達。
タイルの階段を登ると上の方にDJブースのようなものが見えた。
そしてその横にはまたも奥の方に続く階段。
すごい。迷路みたいだ。

好奇心は旺盛だが空間把握能力が低めの私は「なんだここは」と驚きながらなんだかエッシャーの階段がいっぱい描いてある絵の中に入ったような気持ちになる。エッシャーほど大変なことにはなってないけど。


最後の階段を上がっていくと、そこには2階よりも更にシックなトーンの空間が広がっていた。
ミッドセンチュリーっぽい椅子が窓に沿ってゆったりと並び、中央にはひときわ重厚感のあるソファがどごんと置かれ、なにやらちょっと重鎮っぽい人たちが数名集っている。

わ、これはもしかして予約席とかVIP席的なところだろうかと、ひょこひょこと覗きに来てしまってなんだか気まずくなりちらりと見てすぐに退散。
自分たちの席に戻る途中、ちょうど階段を降りた2階の角の席を見た友人がこう言った。

「ねぇ、もし予約席とかじゃなかったら、ここの席に移動できるか聞いてみない?1階の窓のところだとちょっと寒いし、こっちの席の方が落ち着きそう。」

え?できるかな?悪いかな?でもうんうん、そう思う。そうしようそうしようと色々考えながらも無言で頷く私。
とは言え、コミュ障の私にはそんなハードルの高いリクエストはできない。
ちょうど3階にいた店員さんに愛想よく相談をする友人の後ろを金魚のフンのようにくっついていく。
この店に行きたいといったのは自分のくせに、そういうことはすぐ人に頼るポンコツな私。


店員さんは一度確認してすぐに「大丈夫ですよ〜」と快く席の移動をOKしてくれた。やった。
いそいそと荷物を取りに1階の席に戻ると、カフェ利用ではなく料理を注文したからか1階の私達の席だった所には、隣のテーブルを付けてくれ、すでにカトラリーがセットされていた。
ぎゃん。そんなことになっていようとは。申し訳ない。
店員さんは嫌な顔ひとつせず並べた食器を持って、先程の2階の角の席に移動してくれる。ありがたい。優しい。


程なくして料理が運ばれてきた。
どれも多すぎず、少なすぎず、程よい量でとても美味しい。
ウニのリゾットを食べて「うわぁ、ウニだぁ」と当たり前過ぎるコメントをする私。最近ウニにはどこに行っても遭遇しなくなった。
赤潮か何かの原因で不漁になっていて値段が高騰しているとかだった気がする。久しぶりに感じるウニの風味。おいしい。

ボロネーゼを食べた友人が「なんだろう...これ、すごい懐かしいというか、なんか違う料理でよく出会う何かの調味料の気配がする」と言う。
確かに、言われてみるとそんな気もする。なんだろう。正体はわからないがうまい。

個人的には食事のセットについてきた小さな器に入ったスープも大ヒットだった。しかしこれも何のスープなのかわからない。
でもなんかすごい出汁?が効いていておいしい。(語彙力の無さよ…)
でもおいしいのでよいのだ。
語彙力の無さもあいまって言葉にできないくらいおいしい。


食後にデザートと飲み物を頼むことにした。
何にしようかとメニューを眺めて再びうんうんと悩んでいると、席を移動させてくれた店員のお姉さんがわざわざ本物のケーキを1つずつお皿に並べて選ぶ用に目の前に持ってきてくれた。ポスピタリティ...!

あれ?さっきごはんを頼む時にお兄さんに「売り切れ」と言われたはずのほうじ茶のショートケーキがある。

「これ、売り切れだと思ってました。」
「あ、そうなんです。さっきまで売り切れだったんですけど。全部下で作ってるので、できあがって、復活しました!」

なんと。
売り切れのケーキがしかも夜のこの時間に復活するってすごい。
じゃあせっかく復活したならと、お酒を飲まない友人はほうじ茶のショートケーキとハーブティを頼むことに。
私はケーキ1つは食べ切れなそうなので、友人のケーキをちょっとつまみ食いさせてもらうことにして赤ワインのグラスを頼んだ。


程なくしてデザートと飲み物が運ばれてくる。
透明なティーポットの中にぶわっと森のようにハーブティの緑が咲いている。

「このケーキ、ハーブティとよく合うのでぜひお楽しみ下さい」

運んできてくれた人懐っこい感じの店員のお兄さんが続ける。

「デザートの時はコーヒーや紅茶を頼まれる方も多いんですけど、僕はハーブティすごくおすすめです」

友人はコーヒーは夕方に既に飲んでしまったとのことでハーブティを選んでいた。さっそくケーキを一口食べて、ハーブティを飲む。

「うん!コーヒーと迷ったけど、ほうじ茶のケーキとハーブティ、すごい合う!」

「ですよね〜、よかったです」

私も一口、ほうじ茶のケーキをもらった。
おぉ!あっさりしていてクリームが全然しつこくない。美味しい。
これなら私でも1つ食べきれるかもというくらい軽やかで、ふわふわ。
ショートケーキというよりは口当たりはもはやシフォンケーキにも近いのではないかというくらい。(ケーキ、あんまり食べないので違いがよくわかってないだけかも)
さすがカフェ。手作りケーキ、うま。
ワインもどっしり系じゃなくケーキに合いそうなちょうどいいまろやかな美味しさ。


ゆっくりデザートタイムを楽しんでいると、ラストオーダーの時間が来た。
十分に楽しんだ私達はこれで大丈夫ですと答える。
しばらくすると1階で最初に注文を取ってくれたちょっとクールめの店員のお兄さんが、お会計の伝票を持ちながらこちらに来て先ほどと同じ口調で私達に言う。

「よかったら、あっちにも座ってみます?」

えっ。
ほぼ食事もデザートも終わっているのに、わざわざこのタイミングで私たちが先程気になってちらっと見に行った最上階の席に移動させてくれると言う。
もしかするとお兄さんは私たちが興味津々に店内を探検していたのを見ていたのかもしれない。

「え〜すごい!やった〜。ちょっとつっけんどんだなとか思っててごめんお兄さん!めっちゃ優しい〜」

友人がひっそりとつぶやく。
確かに、淡々とした口調がちょっとぶっきらぼうにも聞こえなくもない。
でも怒ってるわけでもなんでもない、そういう話し方なだけのとってもいい人だった。
ごめんなさいとありがとうの気持ちでお兄さんを拝む我々。

私たちは、先ほどVIP感があってそそくさと退散したスペースの窓際に座らせてもらった。表参道の(原宿の?)街を眺めながら残りのワインとデザートをゆっくりと楽しむ。


なんだか不思議なお店だ。
お店なのに、なんていうんだろう。店員さんが店員さんではないような感じなのだ。
もちろん、丁寧に食事を運んでくれて席のリクエストにも答えてくれて私たちにとっては至れり尽くせりの素晴らしい接客のお店なのだが。
なんというか「店の人」というよりは「街の人」というような感じ。
海外の市場などで出会うそれぞれのお店の顔となる人々にちょっと似ている気がする。

いい意味で丁寧過ぎず、こちらをお客様にしすぎず、それぞれの人柄というかカラーが見えて、そしてみんな気さくで親切な感じ。
世間話のようなラフな会話が似合うお姉さんは何でも聞いて!色々見て!とケーキも目の前まで持ってきてくれ、人懐っこいお兄さんとはハーブティの話で盛り上がり、テーブルのキャンドルが消えるとすぐに新しいものをさっと持ってきてくれた。クールでさっぱりとした話し方のお兄さんは終始同じ口調で当たり前のことのように色々な景色が見たそうな私たちに3階席まで案内してくれた。

それが接客をしている、仕事をしているというよりは、自然にそうしているというような調子に感じたのだ。
いい魚が入ったからそれを陽気にすすめるとか、そういう街の親切な人、みたいな自然体の優しさを感じる。

そうか、だからこの雰囲気で、この空間なんだろうなぁ。なんて思った。


初めて来たのに、私たちは奇跡的に1階、2階、3階全てのフロアを味わわせてもらえ、大満足でお礼を言って帰り支度を始めた。

上着を羽織りながらも、やはりその面白い構造から、フロアが変わるとそれぞれの場所から違う景色が見え、3階から見える照明器具なんかに「これも素敵だね〜」なんて話していると、例のどごんとしたソファに私たちが入店する前から座っていたであろうおじさんが、立ち上がってこちらにやって来た。


「よくここ、来てたの?」

「いえ、かなり昔に一度だけ来たことはあるんですが...」と友人。
「私は、今日初めてなんです」と答える私。
「クローズする前にぜひ行ってみたいねって言って来たんです。すごく素敵だったのできょろきょろしてたらいろいろな席を見させてもらえて、ありがたかったです」

「そう。よかったね。まぁまた閉まる前にもう一回くらい来てよ」

「はい、これも食べてみたいな〜っていうメニューがあったし、ぜひ昼のテラス席にも座ってみたいです」


私達はそう答えた。
店長さん?だろうか。わからなかったがその会話からお店の人なんだろうなと思った。
そしてその彼からもまた、なんというか同じく「街の人」の気配を感じた。
飾らない言葉、初めて訪れた謎の若者(?)である私達にもナチュラルに話しかけてくれる、なんとも言えない優しく素敵な雰囲気。


「いいお店だったね。また来たいね」
「ね。もっと早く知りたかった〜。また来れるといいな」


私達はそんなことを言いながら店を出た。
モントーク、とっても素敵なところだった。
なぜこんなに気になるんだろう、と思いながらも行ったが、なんとなく足を運びたくなった理由がわかった気がした。


ちなみに、すっかりファンになった私が後日モントークの歴史なんかを色々な記事で読んでいた時に「あ、この人...!」とぶったまげて叫びながら友人に連絡したのはその数日後の話。
私達があの日、最後に声をかけてもらった人は、モントークをプロデュースした山本宇一さんだった。


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