新・幻想小話 小言② 座敷と廊下の隔たりが隠し階段になっていた そこに黒い影と形がある 子どもの輪郭 「どこの家の子どもだ?」 影がえぐれたように一瞬ぶれた 笑ったように見えた 『ここの子どもだ』 声は実感がないが、話している この認識には覚えがある そもそもこの家には階段はない
新・幻想小話 小言① 日光浴、考え事、うたた寝、新聞の連載執筆、一服 それ等が全て済む場所 座敷二間分程のやや広めの廊下だ ほぼ私専用の卓 一日のうちで最も大半を過ごす 私は玄関を上がり 座敷を逸れて廊下が映し出される 私はいつものように両の袂に腕を組む 「どこの家の子どもだ?」
「ほんとは原爆は日立に落とすって話だったんだけど。天皇陛下が近いから茨城には落とさなかった。ばあちゃんげは、空飛んでも田んぼと山しかなかったけど、日立は爆弾作ってたから狙ってたんだっぺよ」 針でまた髪をつつく 「髪油はつけると針が進むっていいんだよ」 時々、茶色く錆びた針
第3話 虎女工③ 「タラメキさん行く、河上の川と曲がって豆腐屋さんの坂上がると裏山に工場があったんだよー」 坂どころじゃない 豆腐屋さんは崖をしょってカーブに建っていた 「ばあちゃんたち娘は顔に泥塗ったくって、アメリカが来たら危ないからって、空襲警報なるたび、山さ隠れた」
第2話 虎女工② 「寅年の女の人は一針刺しのところ、数え年の分まで縫ってやれる。虎は千里を走って帰って来るから、戦争に行っても生きて帰って来れるようにって手拭いに縫ったんだよ、ばあちゃん」 縫い物は恐ろしく上手い 「部落で頼まれて縫い、軍事工場でも縫い」 針で髪をつつく
第1話 虎女工 『おーい!寅年の女はいないかー!寅年の娘は前に出ろ!』 顔を上げず、縫い物の手を休めない その布地は鶯と抹茶色の中間と言っておこう 私には緑系にしか見えないから 波の模様の青海波 羽織風に縫う 玉留めをしながら 「千人針を縫えって回覧がね」