中大兄皇子

天武天皇は何者か

天武天皇は謎の人物である。
日本書紀30巻のうち、2巻を費やして華々しく天武の功績を讃えているにも関わらず、肝心のことが書かれていないのだ。

天武の生年である。
686年に崩御した記述はあるものの、生年が分からないので、当然没年齢も分かっていない。

後の時代に書かれた『一代要記』や『本朝皇胤紹運録』などには、没年齢は65歳と記されている。
逆算すると天武は622年生まれという事になるが、ここで

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 25

しかし、こういった話は足が速いものである。

 宮遷しの話は、あっという間に広まり、飛鳥の住民を驚かせた。

 一番驚いたのは、難波派と飛鳥派の群臣である………………いまさら、宮遷しとは………………

 それも、いままで宮が置かれたことのない近江にである。

 彼らは噂し合った ―― これは、近江派の仕業に違いない、と。

 だからといって、宮が近江に遷されるのを黙って見ているほど難波・飛鳥派の群

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 24

翌日、中大兄は昨晩の涙が嘘のように、いつもの冷徹な顔に戻っていた。

 彼は、昨夜取り乱したのは自分ではないと思っている ―― いや、そう思わなければ、彼のような自尊心の高い人間は生きてはいけないだろう。

 それは兎も角、彼は本気で群臣を如何にか封じ込めたいと思っていた。

 でなければ、彼が大王になることはできないし、例え大王になったとしても、思いどおりの政治ができないであろう。

 では、如

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 23

大王が空位のまま年が明けた中大兄の称制5(666)年1月、中大兄の心の傷も癒え、大殿に復帰した日、高句麗から前部能婁(ぜんほうのうる)が使者として派遣された。

 この頃、半島北部では高句麗を長年支配していた泉蓋蘇文(せんがいそぶん)が亡くなり、その子供の男生(だんせい)・男建(だんけん)・男産(だんさん)の三兄弟が対立し合って、高句麗国内は混乱していた。

 加えて、男生が唐に援助を求めたために

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 22

8月、百済の亡命貴族は、大友皇子に長門・筑紫の二国に山城を築くことを上申した。

 百済の亡命貴族が西国に山城を築かせたのには、唐軍の百済旧臣の残党狩りを恐れたからであった。

 大友皇子は、すぐさま中大兄に許可を求めたが、中大兄は、

「全て、お前に任せる」

 と一言言って、後はただ空を眺めているだけだった。

 大友皇子は、長門国に百済の亡命貴族である達率答本春初(とうほんしゅんそ)を、筑紫

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 21

大友皇子は、中大兄と伊賀宅子娘(いがのやかこのいらつめ)の子で、幼名を母親から貰って伊賀皇子(いがのみこ)と言った。

 伊賀宅子娘は、『日本書紀』に采女であると書かれているので、地方豪族の娘であり、恐らくは伊賀国造の伊賀臣の娘であったのだろう。

 伊賀皇子が、いつの頃から大友皇子と名乗るようになったかは分からないが、おそらくは養育に当たった氏族に由来するのであろう。

 大友と言うと、大伴氏と

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かたじけないm(_ _)m
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 20

夜の帳が落ちる始める中、大海人皇子と額田姫王の娘 ―― 十市皇女は、油皿に火を灯した。

 炎は、その艶やかな顔を照らす。

 流石に額田姫王の娘だけあり、見目麗しい。

 加えて最近では、人妻としての色っぽさも出てきた。

 彼女は、油皿を手に寝室へと入った。

 寝室に、男の影が映し出される。

 驚いて油皿を落としそうになってしまった。

「貴方でしたか。灯りも点けないで、如何なさいました?

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自分以上の力を発揮する方法✨

昨日(2019/10/22(火))の即位礼正殿の儀の
雅子さまの十二単姿が綺麗だったなぁって
考えていたら、
ふと、中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)
という言葉が浮かんだ。と同時に、
・・カマタリっていうのも浮かんだ。

学生の頃、日本史など歴史がすごく苦手だった私。
歴史上の名前とか出来事とか、すっかり忘れてたので
後に調べたら、中臣鎌足(なかとみのかまたり)
だとわかり、どちらもとっても関係

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 16

中臣鎌子の屋敷に着いた時には、安麻呂は肩で息をしていた。

これを見た馬来田は、

「普段、運動しないからこうなるのだ。歌ばっかり詠んでないで、たまには武人らしく、素振りの百や二百をやって見ろ! 少しは体力がつくぞ」

 と、甥の体力不足を諫めた。

安麻呂は、これに反論したいのだが、息が上がってなかなか話すことができない。

それを見て馬来田は、「情けない」と言いながら、

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特別キャストはあなたです……
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 15

大伴安麻呂は、彼の叔父である大伴馬来田連(おおとものまくたのむらじ)が乗る馬を引いていた。

 流石に2月にもなると陽気も良く、散歩にはもってこいであった。

「こう天気が良いと、気分が良いですね、叔父上」

「うむ、屋敷に籠もりっきりだと、体も鈍るからな」

 大伴家は、宮中では閑職に追いやられていた。

 群臣会議の中に一応席はあるのだが、末席のため、この一族に発言権はない。

 そのため最近

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