医師とがん患者の「シェアード・ディシジョン・メイキング」実現を目指して
株式会社DUMSCOと京都大学医学部附属病院が共同研究により開発した、がん患者サポートアプリ「ハカルテ」。この度、一般ユーザー向けアプリリリースにともない、京都大学大学院医学研究科婦人科学産科学教授の万代昌紀先生にインタビューを実施しました。
前編に引き続き後編では、近年より高度なコミュニケーションが必要とされる「医療者とがん患者の関わり方」について、目指すべき理想とはどのようなものか、お話を伺いました。
プロフィール
ハカルテが目指すのは「ドラえもん」?
ーー万代先生が想像する、ハカルテの理想形とはどのような姿なのでしょうか。
万代:友達や家族のような人格を持つ存在、「ドラえもん」みたいな形になったらいいなと思っています。
例えば、病院で「あなたはがんです」と診断されたときに、「これからは彼と一緒に治療していきましょうね」とドラえもんのようなパートナーを一つ渡される、という未来を想像しています。
万代:そのパートナーは、毎日患者さんが記録したデータから体調を判断して具体的なアドバイスをしてくれるほか、治療の選択肢や社会の支援制度まで、がん治療に必要な知識をなんでも知っている。
患者さんの今の状態や重要なデータを医師に伝えてくれたりもする。
そんなふうに、患者さんと医療者の間に入って並走してくれる存在が理想です。
ネット上にもがん治療に関するさまざまな情報がありますが、患者さんが自分から情報を取りにいき、精査して、どの情報を受け取るか選択する必要がありますよね。
そうではなく、パートナーが患者さんの状況に合わせて情報を取捨選択し、カスタマイズしたアドバイスができるようになったらいいなと思っています。
パートナーの人格も、好みのキャラクターを選べたらとてもいいですよね。
ーーそんなパートナーがいたら、とても心強そうです。
万代:人格は「お医者さん」らしくない方がよいと思っています。
医師はどちらかというと患者さんの対極にある存在だと思っているからです。
そんな医師と患者さんが対峙する時に、横にいてくれる存在をイメージしています。
姿はロボットでもスマホのアプリでも良いと思うのですが、人格があれば患者さんも悩みを吐露しやすいですよね。
そういう役割をリアルな人間に担ってもらうのは、人的リソースを考えると無理があるので、テクノロジーで解決していきたいところです。
「患者さんの意思を尊重する」ことの難しさ
ーー今後のがん治療の目指すべきあり方について、どのようなビジョンを描いていらっしゃいますか?
万代:今の医療には、「患者さんがより主体的に治療に関わるようにすることが望ましい」という考え方があり、それを実現させることが今後の目指すべき道だと思います。
万代:かつては医師から患者への説明のことを「ムンテラ(ドイツ語の「MundTherapie」から派生した略語)」と言い、患者さんやご家族に現在の病状や今後の治療方針などを一方的に説明していました。
その後「インフォームド・コンセント」という言葉に変わり、患者さんに良いことも悪いことも説明した上で、同意を得て治療していただこうという流れに変化します。
そして現在は「シェアード・ディシジョン・メイキング」という言葉に変わり、医師が患者さんに病気や治療についてしっかり説明をして、患者さんと一緒に色々なことを考えて、治療方法も一緒に決めましょう、という考え方になってきました。
こういった、患者さんの意思を尊重する考え方は重要である一方で、実際に患者さんが満足しているかというと、難しい部分もあると思っています。
万代:たくさんの情報が次々に入ってくると、勉強熱心な患者さんほどご自身で様々なことを調べられ、そのうちに医学的根拠のない民間療法を選びたくなってしまったり、怪しいサプリメントなどに関心を持ってしまったりもします。
患者さんが完全に自分の意思で治療方針を決めるということは、医師国家試験に合格するくらいの医学的知識を持っていないと、実際には難しいのです。
しかし、医師が「患者さんが本当に大事にしたいもの」を理解して、そのために最適な治療方針を提案するのも容易ではありません。
患者さんによってそれぞれ考えていることが全く違いますから。
がんと共生する時代の「シェアード・ディシジョン・メイキング」実現を目指して
ーーそれぞれの患者さんの病状や価値観を加味した上で意思決定をするのは、医療者側にも患者さん側にも難しいことなのですね
万代:従来の医療現場では、「より長生きができる治療」に関する話だけにフォーカスしていたのですが、そこに患者さん個人の意向を加えて一緒に治療の方向性を考えるというのは、とても難しいことです。
少なくとも、外来診察で短時間だけコミュニケーションをする現代の医療体制では到底実現できません。
万代:20年ほど前、私が京大病院で病棟医長をしていた頃、たまたま二人のピアニストの患者さんが同時期に入院していらっしゃいました。
それぞれ子宮体がんと卵巣がんで治療していたのですが、一方の患者さんには「標準治療で治療成績がよく、5年生存率が10%高いものの、しびれが残る可能性がある薬」を選択し、もう一方の患者さんには別の薬を選択しました。
前者の患者さんは「とにかくがんを治すこと」を優先されていたためその選択になったのですが、後日しびれでピアノが思うように弾けなくなってしまい、悲しんでおられました。
医師としては、治療成績が良い方の薬を使うことが正解です。
しかし、患者さんとしては「生存率が10%高いこと」と、「ピアノを弾き続けられる可能性」の二つを天秤にかけて、どちらを選ぶかという選択が必要です。
選択するためには、さまざまな医学的な知識をお伝えし、患者さんにとっての優先順位をすり合わせるという、かなり高度な意思決定が必要になります。
さらに患者さんの気持ちもがんの状態も日々変わっていき、治療が進めばまた別の意思決定をする必要が出てきます。
万代:そういった、どんどん複雑さを増す「シェアード・ディシジョン・メイキング」を実現していくのがこれからの医療の目指すところだと思います。
そのためには、患者さんのことを深く理解し、個別に最適化した選択を一緒に考える、伴走者のような存在が必要なのです。
ーーでは最後に、がんと戦っている方や、これからハカルテのアプリを 活用してがんと戦っていこうとしている方に、メッセージをお願いします。
万代:生涯のうちでがんになる可能性が高まり、がんと共生する期間が長くなっていく時代なので、そうなった場合どのように生きるかが患者さんにとってますます重要です。
そのためには、やはり昔のように「お医者さんに全部決めてもらう」というスタンスではなく、主体的に治療に向き合っていくことが重要です。
自分自身のことをよく知るための道具として、ぜひハカルテをご活用いただけたらと思います。
ーー万代先生、ありがとうございました!
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