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【凡人が自伝を書いたら 62.焼け野原からの復興(下)】

焼け野原に取り残された「か弱い子供達」が、成長し、輝きに満ちてくる。閑散とした「焼け野原のような店」が、暖かさと、活気を取り戻していく。

もちろん本人たちは、そんなことを思ってはいなかったろうが、外から入ってきた「新参者」の僕には、確かにそんなふうに見えた。


「オムライスの卵」

1人の女の子がいた。

「Mさん」は、15歳の高校生。最近中学校を卒業したばかりで、「あどけなさ」も残る、そんな子だった。

彼女は、高校入学とともに仕事を始めた、入社後2ヶ月も経たない新人だった。彼女自身、人見知りをしていたこともあり、店には馴染んでいないようだった。

したかどうか分からない「小さな挨拶」で出勤し、黙々と働く。呼ばれたら、調理場に入るが、それが終わったらすぐに洗い場に引きこもっている。

どうやら、「アニメが好き」なのだろう。休憩の時間は、ずっとイヤホンをつけてスマホでアニメを見ていた。そんなだから、他のスタッフとコミュニケーションを取ることなんてほとんど無かった。

調理の方も、3ポジションあるうち、一番簡単な1ポジションしか教わっておらず、スピードも遅め。お世辞にも「活躍している」とは言えなかった。

ただ、「暇でお金が欲しかった」のか、シフトには積極的に入っていた。もし、(現状期待はできないが)Mさんがもっと仕事ができるようになればこんなに助かることはない。店長のYさんは、そんなふうに話していた。

「よし、やってやろう」ということで、僕は行動し始めた。


きっかけは、「オムライスの卵」だった。

彼女は基本的に仕事が丁寧だったが、オムライスの卵を焼くのが特に上手だった。おそらく「自主練」でもしたのだろう。動き自体は「自己流」で、傍目から見ると、少々面白い動きをしていたものの、出来上がりは文句のつけようが無かった。

「お、Mさん。オムライスの卵上手だなあ。練習したの?」

と、こう聞いた。

「あ、はい! わかります? 私料理しないんで、最初下手過ぎて、怒られたんで、家でめちゃ練習したんですよ!」

軽い気持ちで聞いた僕は、少々驚いた。

テンションが高い。

あれ、この子こんな感じだったっけ?と思うくらい、テンションが高い。

僕は少し圧倒されながら、

「お、おー、そうだったんか! そこまでやるなんて偉いなあ。普通そんなことやんないよ!?」

「え、そうなんですか!?」

「少なくとも、俺はそんなことやったことないよ。」

「え、ダメじゃないですか。ちゃんと練習しないと!」

「せやな。笑」

彼女の心の内は、まだ計り知れなかったが、自分の仕事が認められて、自分の努力が認められて、とても喜んでいる。そのことだけは、よくわかった。


「目線を合わせる」

「高校生と話すときは、自分も高校生になったような気持ちで。」

「年上の人と話す時は、自分も同じような年代になったような気持ちで。」

実際の歳や経験は変わらないから、完璧になりきることはできないが、気持ちの問題だ。

「人のことを上にも見ず、下にも見ない」

これは、僕の信条になっていた

下手に上に見ると、へりくだってしまう。

下手に下に見ると、横柄な態度をとってしまう。

話す相手と目線を合わせ、「同じ言葉で」話す。

もちろん方言を合わせるとか、そう言う意味でなく、相手に伝わりやすい言葉、普段使っているような言葉を使う。そういうことだ。

高校生に「これが決まりです。」なんて言っても、伝わらない。

「これを守らないと、これこれこうなって、お客さん怒っちゃうからね!?それ、レストランとして、微妙な感じだからね!?」

こんな感じだ。

よく、最近の学生は話が通じない。なんてことを言っている社員、上司もいたが、僕からすれば当たり前だ。彼らが「伝わる言葉で話していないから」だ。極端な例で言えば、アメリカ人に、必死に日本語で話しかけている感じだ。

そして、伝わらない。

そこで、もっと強い言葉で、もっと大きな声で、話しかける。

伝わらない。

簡単だ。アメリカ人に伝えたいのなら、「英語」を話せばいい。カタコトでも、そっちの方がよっぽど伝わる。

例に出すと、「ただの頭が悪い人」みたいだが、結構近いことをやってしまている、管理職、店長、上司なんかは多かった。

他人を上に見たり、下に見たりするんではなく、自分が降りたり、上がってみたりする。そうやって、スタッフそれぞれと目線を合わせて、同じ目線で話をする。

正しいかどうかなんて、知らなかったが、「伝わり方」を見れば、結果は「一目瞭然」だった。


「覚醒」

目線を合わせる。まずは否定せずに承認する。そして、教育し続ける。

僕が店に入って3ヶ月も経った頃には、店は見違えていた。

生き生きと店を回すスタッフたち。みんな仲良く、楽しそうに働いている。新人が入れば、みんなで手分けして教育する。

そんな「暖かい血の通った」店になっていた。

「冬のように寒い環境では、人は枯れ、春のように暖かい環境でこそ、人は成長し、花を咲かせる。」/どっかの誰か

つまりはそういうことで、この店も例外でなく、スタッフ全員がそれぞれの花を咲かせた

特にMさんは顕著だった

少し、福岡の店舗を支援していて、久しぶりに店舗に顔を出した。その日は土曜日で、店は混雑していた。

「あら、結構大変そうだな。すぐに手伝おう。」

そんなことを思って、店の中に入って、僕は驚く光景を目にした。

少し前まで、調理場の片隅で、独り黙々と洗い物をしていたMさんが、調理場のど真ん中に立ち、大きな声で仕切っている。どんどん入ってくる注文を素早くさばき、指示も飛ばす。店長のYさんも、その姿を見て笑っていた。

なんでも、僕がいない時に、ある日突然やり始めたようだ。

そのポジションは基本的に僕がやっていた。理由は簡単で、僕が来た時には「誰もできなかった」からだ。もちろん教えていた。暇な時にはやらせてもいた。ただ、まだもう少し時間がかかるだろうと思っていた。

ただ、Mさんは僕を「よく見ていた」。彼女のことだから、「イメトレ」みたいなものもしたのだろう。彼女がやっているそれは、僕が教えた通りで、いや、教えていないところも、やり方・言っていることが「僕にそっくり」だった。

僕も見ていて面白かった。

「Mさん、すげえな! いつの間にできるようになったんだ!?」

「え? 私できますよ?」

これだった。

なんだか「当たり前のこと」のような顔をしていた。

僕は、以前の彼女との「ギャップ」があり過ぎて、少し呆気にとられたが、その変貌ぶりは嬉しかった。純粋な高校生の吸収の速さ、変化の速さ、そんなものを感じていた。

他のスタッフも、びっくりするくらい成長していた。ほとんどのスタッフが仕事を全て覚え、今では店長が調理場に入ることなんてないと言う。

「すげえ。」

僕は正直、感動していた。

おそらく、僕が少し店を空けたことで、「自分たちでやらなければ」みたいな雰囲気になったのだろう。必要な知識は教えてあったから、皆で教え合い、力をつけてきたようだった。

僕は、よく分からないが、「心の力」ってすげえな

もちろん、形として見えるようなものではないが、確かにあるんだな。

今まで薄々は感じていたが、初めて「現実として見せつけられた」ような感覚がして、僕が教えているつもりだったが、僕が学ばされたんだ。「焼け野原」が「復興」を成し遂げたんだな。

そんなことを思って、とにかく感動していた。


「別れ」

同時に、僕はもう要らないだろうな。

少し寂しいが、俺は事実だった。

この店はもう、店長1人で、立派にやっていける。むしろ僕は、これ以上はスタッフ達の「成長を阻害する要因」でしかない。

これも「必殺仕事人」の辛いところだった。(自称)

問題が解決したら、もう「おさらば」。

これだった。


お別れ会の酒は美味かった。

焼肉も、肉は硬かったが、美味かった。(気分的に)

「とりあえず、お世話になりました。一緒に働けて、楽しかったです。ありがとうございました。また、いつでも来てください。」

「うん。そうするよ。」

なんて言いながら、もう僕がこの店に来る事はないことは、僕が一番よくわかっていた。

この子達、この人たちなら、もう立派にやっていける。その確信があった。

それに、僕には「次」が決まっていた。次はいよいよ「店長」だ。忙しくもなるから、なかなかこの店に来ることもできなくなるし、あまりその「意味」もない。

「今生の別れ」なんていわず、後腐れなく、あっさりと消える。

少し寂しいが、その方が良いだろうな。

そんなふうに思って、「じゃあまたね!」と言って、スタッフたちと別れた。

つづく





























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