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フマジメ早朝会議 ⒈ドライな恋愛 目次 リンク有 全30話 完結済み 連載恋愛小説

栗林くりばやし恭可きょうかは、恋人に多くを求めない。
条件はただひとつ:バクチを打たないこと。

そのせいか、まともな男にあたった試しがない。
すぐ仲良くなった人は、すぐさま浮気した。社交的で、口説くのが得意だからだ。
反対に、慎重な人は恋人同士になると執着がひどく、こちらからオサラバした。
今までの彼氏のことをほんとうに好きだったのか、よくわからない。
どうしても恋愛にいいイメージが持てないせいだろう。

***

理由ははっきりしている。
ハードめなトンデモ親父のせいである。
競馬、麻雀、パチンコ、なんでもござれ。
女好きを豪語し、なんなら別の家庭を築いて二重生活を続けていた、ヘンに器用な男。
金に困って自治会費に手を出し、マンションから家族ごと追い出される、夜逃げまがいのき目にあわせた張本人。

愛想をつかした母が離婚届に判を押したとき、幼かった恭可はヤレヤレと思ったものだ。
おかげで、カラッカラのドライな恋愛観を持つ20代女子に仕上がってしまった。

***

もうべつに恋人なんかいなくてもいっかな、とこのごろは思い始めている。
現に、彼氏ナシでも毎日が楽しい。
今日は、月に2回のお楽しみ朝活会。
ふだんは、いっぱしのクリエイターぶって昼夜逆転ぎみの恭可だが、この日ばかりはバッチリ早起きだ。

気が高ぶって前夜はなかなか寝つけず、夜も明けぬうちから目が冴えてくる。
そんなわけで、厳密には徹夜に近い状態である。
失われた子ども時代を、恭可は今やり直しているのかもしれなかった。

***

カランコロンとのどかな音を立て、「喫茶トモシビ」に椿野広大つばきのこうだいが現れた。
「はよざいまーす。…って、恭可さん、ハヤッ」
いらっしゃいませー、と恭可はとびきりの笑顔でおもてなし。
「お客さん、いつものですね?」
広大は面食らったように、うなずく。

タイミングを見計らっていたマスターが、オリジナルブレンドコーヒーを恭可にたくす。
老舗メーカーが、「トモシビ」のためだけに厳選したコーヒー豆。
今や絶滅危惧種のサイフォン式コーヒーは、豆の味が余すことなく抽出され、ブラック向きの薫り高きあっさりテイスト。
まさに、オトナを癒やす本格派。

「広大くんさー、このままじゃシワッシワのじーさんになるよ?」
「ハイ?」
朝食はブラックコーヒーのみを公言している、男子大学生。
「朝こそタンパク質とんなきゃ」
筋力・やる気の低下、乱れた体内時計…など、不足すれば悪いことだらけ。
今はよくても、衰えだしたら坂道を転がり落ちるのみ。

***

「イキりたい年頃なんだ。ほっとけほっとけー」とマスター。
広大は満足そうにコーヒーを飲みながらも、恭可の格好にツッコミを入れる。
「つか、そのエプロン僕のじゃ…」
コーヒー豆のカスを使用したSDGsなコーヒー染めの生地は、コーヒーブラウンとグリーンの中間のような、ピスタチオ色。
通常は茶系になるらしいが、染液によっては緑になるという。
そのアンティーク調の風合いに恭可が食いついたところ、マスターが「やる」とくれたのだ。

「めったに手伝いにこんくせに、しゃらくせー。恭ちゃんのほうが似合ってっから、いいんだ」
ね~、と恭可はマスターと声をそろえる。
たしか僕は血のつながった孫のはず…と広大がなおも小声で言っていると、
「めったに…以下同文」
と、マスターは徹底した塩対応を貫くのだった。

(つづく)
▷次回、第2回「恭可、はちみつまみれ」の巻。


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