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フマジメ早朝会議 ⒘遠い日の思い出 連載恋愛小説

冬の遊園地は風が強く、観覧車待ちの行列はウネウネと続いて終わりがみえない。
「ほら、寒いからここ入っとけ?」
ロングコートを広げ、少女を招き入れる男。
裏地がボアで、思った以上にあたたかい。
守られている感じがして、恭可は体を押しつけぬくもった。

***

「なにこれ。…え。どこ…?」
「おはよう。ってのも変か。2回めだし」
駅前のビジネスホテルですがそれが何か?みたいなカオをされる。
朝っぱらから、真っ裸。
「手え出す?フツー。…あの流れで」
「あーまあ。普通じゃないかな」
伸びをしながら、彼は猫みたいな大あくびをする。

壁の時計が目に入り、恭可は飛びあがった。
「カラオケ屋って、10時開店じゃ…」と数仁かずひさ
「早番で掃除とか準備とか、いろいろする日!」
ムダに歴が長くこうみえてバイトリーダーなので、遅刻するわけにはいかないのだ。
時間ギリギリまで拘束されたせいで、極度のパニック状態に。
先にシャワーを浴びると言い置き、恭可は浴室に飛びこんだ。

***

驚きと混乱、疲労がないまぜになって、全然頭が働かない。
ひさかたぶりの人肌が心地よかったからといって、なんでよりによってオヤジの夢をみるんだ。

あの万年筆は、母から受け取ったものの、実は父親の贈り物だった。
養育費の一部を返したつもりなのだろう。
複雑な心境だが、恭可が事実を知ったのは使いこんだあと。
とても捨てる気にはなれなかった。

自分ちが普通じゃないことには、薄々感づいていた。
「いい。ヒトシいらない。あっちにあげる」
どう切り出そうか悩んでいたらしい母は、ずっこけた。
「あっちって、知ってたの?」
「うん。同い年のイボ?ほくろ姉妹がいるって、ヒトシゆってた」
沈んでいた表情をほころばせ、母は小学生の恭可をぎゅっと抱きしめる。
だれにも等しく愛を分け与える、等。皮肉な名前だ。

***

濡れた髪をタオルで拭きながら、数仁は二ヤついている。
「テンパりかた、すげー」
「だれのせいだと…」
プリプリしているのも面白くてしかたないらしい。

「つけ込んだのはたしかだけど、連帯責任では?」
たしかに一方的に責めるのは、おかど違いではある。
コトに及ぶ前も最中も、何度も確認をとられたような気もする。
昨日と同じ服というわかりやすいパターンは回避できると、メリットを冷静に指摘する数仁。
「もう、のんきなこと言ってないで、早く服着て」

こんな日にかぎって彼はなぜかキメまくっており、恭可の動揺は増幅する一方だ。
白地に紺のストライプシャツ&濃紺のタイ。表情まで引き締まってみえる。
「なに?スーツフェチ?」
「ちがうし!」
脱ぐ過程はさっぱり覚えていないせいか、変に意識を引きつけられる。

袖口のボタンを留め、手早くネクタイを締める手もと。
どちらかといえば、手フェチかもしれない。
それがあの魅惑的な文字を生み出すのかと思うと、身震いする。

(つづく)
▷次回、第18話「恭可、思考停止」の巻。


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