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フマジメ早朝会議 ⒔青空ハローワーク 連載恋愛小説

「午前中は、とにかく名刺をさばけ」と命じられ、恭可はへとへとになった。
お昼ごはんは、数仁かずひさが買ってきてくれたホットドッグ。
カレー味のしなしなキャベツと、でかウインナーの破壊力。
粒マスタードがピリリと利いて、目を見開くおいしさ。
すっかり疲労も吹き飛び、なんだかやる気がわいてきた。

「イラストレーターの栗林恭可です」とアピールしつづけていると、本当になったような気になる。
暗示にかかるのも悪くないのかも。

イラストレーターになりたいのか、画家になりたいのかと数仁に聞かれた。
前者は、依頼者の要望にこたえ絵を描く。後者は、自分の絵を売る。
「ハイブリッドでいいかなと」
タマゴの分際で言うのもあれだが、希望を持ったっていいだろう。
想定外の返事だったらしく、彼はしばらく黙り込んでいた。

***

イラストレーターは、描きたいものを描けるわけではない。
客のオーダーに合わせ、時間的制約のあるなか何度も修正を求められる。
納期のある業務だ。
待っていても仕事は降ってこないので、出版社や広告会社に営業をかける。
画業の履歴書のような「ポートフォリオ」を作り、担当部署に送りつける。

「送ったままで満足してないか?」
鋭く突かれ、恭可の目が泳ぐ。
実績がひとつでも増えればブラッシュアップして送り直し、印象づけること。タイミングを味方につけるためにも。

ミニコミ誌やWeb小説の挿絵を数点こなしたことがあるだけの恭可は、それを実績というのに気が引けていた。
「何にたいして遠慮してるわけ?ずうずうしいくらいにアグレッシブにいかないと」
卑下する人間に仕事を依頼したいとは思わないだろう、とごもっとも。

彼の助言は実務的で、発見だらけ。
プロフェッショナルな知見を惜しみなくシェアしてくれる。
しかも、数仁コンピューターは正確無比で、電卓いらず。
広大が頼りたくなるのもわかる。
「営業さんって、なんでもくわしいんだ」
人にもよる、と彼はそっけなく言った。

***

午後3時くらいになると客足も落ち着き、恭可は芝生に寝ころんで手帳タイム。フンフン鼻歌を歌いながら、青空フリマの感想をしたためる。
くつろぎすぎだろ、と数仁に引かれたが、こんなに気持ちいいことはないのに、と意に介さない。
彼の目を盗んでゲットした達筆値札を、ちゃっかり今日のページに収納する。

「あ。一緒にごろんします?」
反応すらなく、恭可はその場に放置された。

(つづく)
▷次回、第14話「お楽しみ会」の巻。




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