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フマジメ早朝会議 27.時を超えた贈り物 連載恋愛小説

渡されたのは、ビロードのリボンで飾られた大きな箱。
「これみたことある」
中身は、やはり話題のレーズンバターサンド。オープン以来行列の絶えない、駅ナカ洋菓子店の看板商品だ。

「芝元さんから差し入れ。恭可にって」
芝元とは、カウンター席のいちばん奥が定位置の、厳格そうな常連さんのこと。文具トークが熱を帯び周りがみえなくなりかけると、必ず彼の突き刺すような視線を感じる。それを合図に声量を落とす、バロメーターみたいな存在だ。

「シッポ・マリコのファンなんだって。お孫さんが」
意外すぎて、恭可は数仁かずひさの顔をまじまじと見つめる。
BK5連中が子どもみたいにはしゃいでいるのが、うらやましかったという。
「なんだー、話してみないとわからないもんなんだ」

早速ひとつ開封して、味見。サクほろ食感クッキーと濃厚なバタークリームが、口のなかで溶けあう。ラム酒に漬け込まれたやわらかレーズンは、オトナの味わい。
気落ちしていたのも忘れて、生き返った。あんバターサンドとキャラメル味のほうは、おすそわけもしないとだし、あとのお楽しみにとっておこう。

「あと、これも」とついでのように、彼は恭可に贈り物をした。
その万年筆は、ツートンカラーでヨーロッパのかほりがする。りんご飴みたいなボディの一部が透明で、インクがみえる仕様。樹脂素材で軽く、書きやすそうだ。

なにより特徴的なのが、専用インクカートリッジ12色がセットでついていること。透明ケースに並んだ色とりどりのインクたちは、はっとするほどビビッド。
興奮しすぎて日本語を忘れ果てた恭可は、口を開け閉めしては数仁に向かって何度もうなずく。
「息吸ったら?」
アドバイスされ、やっと声が出た。
「すき」
だろうと思った、と彼は笑む。

「じゃなくて、これもサイコーにうれしいし、ありがとう。…なんだけど、数さんが好き?」
しばらく黙った数仁の表情は、読めない。なんで疑問形なのかと追及してくる。
「ハイ。やり直し」
告白の仕切り直しを強いられ、恭可は大いにうろたえる。

逃げていたはずが、告白させられているんだが?
落ち着きたくてもういちど息を吸おうとしたら、空気の流れがせき止められた。唇の表面を軽く食む、試すようなキス。
「…かじるのって、キスっていいます?」
「めんどくさいな」
両手で顔を包まれ、疑いようのない本気のそれをお見舞いされる。
おかげで、なにを話すつもりだったのかきれいに忘れてしまった。

唇をはなす音があらたなキスを呼び、終わりそうにない。おしまいかなと思ったら、ダメ押しでちゅっとくる。それは落としのテクでもなんでもなく、無意識のようだ。
あの日、彼のこのクセにやられたことを恭可は思い出した。

「あの万年筆。恭可がなくした」
「ん?」
「はじめて俺が関わった商品」
舌を絡めあうさなかにカミングアウトする情報ではないような。

(つづく)
▷次回、第28話「数仁の事情」の巻。


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