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フマジメ早朝会議 ㉘ふたりのはじまり 連載恋愛小説

どんな人がどんな状況で使うのか。何を求めて購入するのか。
人間工学に基づいた使いやすさと、ブランドコンセプトに見合うデザイン性。
数仁かずひさは頭が割れそうなほど考え、想像し、3Dプリンターで試作した。
素材を決めるのも、一筋縄ではいかない。
何パターンも案を出しては、先輩に突き返された。

同じ価格帯・ターゲット層の万年筆を買い漁り、研究する。
なじみの工房に顔を出し、見学させてもらう。
頭だけでなく足も使うと、一気に視界がクリアになった。
他社とのコンペで勝ち抜いても、安心はできない。

いざデザインが決まってからは、海千山千の職人軍団とバトルの日々。
神経をすり減らしながら、工場に通い詰めた。
思い入れの強い、工業デザイナーとしての初仕事。

「あそこまで大事にしてくれてるユーザーに会えるとは、思ってなかった」
「普通に人生の一部です」と恭可は大マジメに伝えたものの、もう手もとにはないから、いまいち説得力に欠ける。

***

行きつけの喫茶店で、数仁は衝撃を受ける。
筆記用の万年筆を自在に操り、楽しげに絵を描く人物。
線の強弱・太さを思いどおりにコントロールするには、ペンの向きや力加減など相当の慣れが必要。

おそらく、この描き手は狙ってニュアンスを出している。
万年筆の主線に水彩色鉛筆で色をつけるという発想も、数仁にとってはカルチャーショックだ。
にじみやすい染料ではなく、顔料インクを使用しているらしい。

ぶつかる色を使用するのも、知識がないからではなく、ただ好きだから。
その自由さと遊び心は、独創性にほかならない。
直接見たわけではなかったが、にこにこしながら筆を走らせるがたやすく想像できた。

来店ノートに描かれたそのイラストからは、愛情がほとばしっていた。
トモシビという場所への愛着、マスターへの感謝、表現できることの喜び。
自分が忘れかけていた何かが、そこにあった。

***

「線でわかった。ティアドロップ47Hだって」
さすが設計者は、型番まで言い当てる。10年前の初回限定モデルだ。
「なくしちゃって、ごめんなさい」

会えたからいい、と数仁はシンプルに言う。
ごますりだとか駆け引きとかは頭にない人だからこそ、まっさらな言葉をくれる。
なくしたことをいつまでも嘆く必要は、なかったのかもしれない。
探し物は、すでに手のひらにあったのだから。

***

声や体温、匂いや息づかいまで。
全部いとおしく感じるなんて、どうにかなっちゃったんだろうか。
恋におぼれるって、こういう感覚なのかもしれない。

「ほったらかしに感じるかもしれないけど、ちゃんと気持ちはあるから」
「うん。わかった」
脳の容量を異性にとられることはめったにないが、恭可は健闘しているらしい。
「ふふ。そうなんだ」
敢闘賞をもらってしまった。
わかりにくいし糖度もゼロに近いけど、これが彼なりのせいいっぱいなんだと思うと、ほっこりする。

(つづく)
▷次回、第29話「残り福」の巻。




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