記事一覧
最初のたまごを産んだワニ(3/3) 【短編小説】
3
人工感情の製造のためには、その大元となる人工知能のほかに、まず人工生理システムと人工神経が用意される。人工生理システムは人工神経と、人工神経は人工知能と接続される。
人工神経はセンサーを通じて外部からの刺激を感受し、それを人工生理システムと人工知能の双方に伝える。人工生理システムは、例えば気温の暑さという刺激に対して体表に水分を排出する作用を、強い衝撃に対して痺れや硬直をおこさせるなどの働
最初のたまごを産んだワニ(2/3) 【短編小説】
2
アポリは今朝も涙を流しながら目覚めた。
のがしかけた夢のイメージを、今日こそはと必死に取り押さえて、枕元のスケッチブックに描きとめる。短い円柱形の物体が一つ。描いたアポリ本人でさえも、それが何であるかはもはや見当がつかなった。
*
「今年の新作も鮮烈ですね」
「鮮烈であることが新作の、それ以前にファッションデザインの条件といえます」
アポリの背後には白い壁があった。だがその前に陳列さ
最初のたまごを産んだワニ (1/3) 【短編小説】
1
シモロは今朝も涙を流しながら目覚めた。
どんな夢を見ていたかはすでに記憶になかった。
ここのところ同じ症状が続いていたので、シモロは生理系システムの不具合を疑って、ラボで検査をうけることにした。待合室で結果を待っていると、きょうだいのラドクもあとからやってきた。どうやら互いに同じ事情でここにきているらしかった。
「シモロ、パパになにかお土産持ってきたか」
「いや、ぼくはなにも。だって今
ずっと痛い矢疵 【短編小説】
キューはどんな名前で呼んでもこちらへやってくる。普通に「キューちゃん」。やってくる。「クーちゃん」。トコトコやってくる。「クマちゃん」。これでもやってくる。「クルマちゃん」。なぜかやってくる。「クルマ」! やってくる。いやあんたイヌでしょう。「雑種」! 大雑把なくくりで呼んでも、やっぱりやってくる。尻尾を振って、なんなら嬉しそうにやってくる。
「HACHI」
リチャードギアが秋田犬をそう呼ぶ、
身を滅ぼす甘い誘い、あるいは 【30秒小説】
ほんとほんと、騙されたと思って一回だけやってみ!
気持ちよくてまじでびっくりするから。
まずは一日だけ、ほんとに一回だけ。
始めるなら今だよ。ね、ちょっとだけ手え出してみ!
うんうん、わかる。
やめておけ、って教わってきたよな。
やめておこう、って抑えてきたよな。
わかるよ、わかるけど!
一回自分で試してみなくちゃ。
ヒトがなんて言ってても、自分で一回やってみなきゃ、わからないこともあるんじ
まぶしくてみえない 【短編小説】
ねえ。
んー?
今日もなにか話して聞かせてよ。
眠れないの?
というか、寝たくないの。
えー。じゃあ、あれでいい?
釣りの帰りにハンバーグ食べる話。
うーん。別のにして。あれ好きだけど。
じゃあ、
ペットショップに象を探しに行く話。
だめ。新しいやつ。
めんどくせえ。大人しく寝ろよ。
おれは寝る。
起こす。
起こすな。わかったよ。
ちょっとだけ
あれはたぶんラブだったソング 【1分小説】
音楽になりたい。音楽になれたなら。
きみの耳から、きみの全身を通り抜ける一曲の音楽に。
音楽になりたい。音楽になれたなら。
きみがファルセットで口ずさむ、お気に入りのフレーズになれたなら。
おれは音楽になりたい。音楽になれたなら。
不意にきみの口をつく、せつない歌詞の一節になれたなら。
おれはたった四分半の命にだってなれるんだ。
きみがそれをリピートで聴いてくれるなら。
キーはFメジ
329,999 【超短編小説】
右隣の男が言う。
「今」っていつのことですか、って人に説明を求めると、みなさん意外と悩まれるんですよね。ある人はパンッ、と一つ手を打って、「はい、この瞬間が今です」なんておっしゃる。ある人は時計を見て、時刻をただ読み上げただけで「今」を定義した気になっていたり。もっと悪いと、「え? 知らないの? 自明でしょ」みたいな顔をするだけで、考えを聞かせてもくれない人もいる。まあ要するに、興味自体がないん
コトバガリとアゲアシトリ 【超短編小説】
いつも、ってナシだ。
いつも、って言わないでくれ。
こう言っては冗談みたいになってしまうけども、お前はいつも「いつも」って言う。
ドアの開け閉めがうるさいのも、
使ったハサミを仕舞い忘れるのも、
箸の先っぽを意地汚く舐めちゃうのも、
別に百発百中で毎回のことってわけじゃない。
いや十中八九にだって満たないのに、お前はすぐ「いつも」って言う。
お前が見ているときに限ってそうなっちゃう割合がやや