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最初のたまごを産んだワニ (1/3) 【短編小説】
1
シモロは今朝も涙を流しながら目覚めた。
どんな夢を見ていたかはすでに記憶になかった。
ここのところ同じ症状が続いていたので、シモロは生理系システムの不具合を疑って、ラボで検査をうけることにした。待合室で結果を待っていると、きょうだいのラドクもあとからやってきた。どうやら互いに同じ事情でここにきているらしかった。
「シモロ、パパになにかお土産持ってきたか」
「いや、ぼくはなにも。だって今度の人はなにが好きなのかよく知らないし」
「冷たいやつだな。ぼくと同じ型の人工感情が搭載されてるとは思えない」
しばらくして二人はパパの部屋へ通された。そこへ行くまでには、四つも五つもセキュリティをくぐらなければならなかった。
「よくきたね」
パパはそう言って微笑み、白いソファを差し示して二人に座るよう促した。もう片方の手には数値やグラフが示されたタブレットが携えられている。
「一通り見てみたけれど、ソフトにもハードにも目立った異常はないよ。あまり不安がることはない。起きがけに涙が流れるというのは、私たち人間にもまれにありえることだ。逆に考えれば、きみたちがものすごく人間に近い作りをしていることの証左と言えるかもしれないよ」
新しいパパは、今までのどのパパたちとも違って、シモロやラドクが「人間」とは異なる存在であることをうやむやにせずはっきり言う人だった。タブレットをスクロールしていた指が、もう十分、というように次第にその動きを緩めていく。
「ただし念のため経過を見ることにしよう。きみたちは少し特別だからね。なにか普段と違うことを感じたら、すぐに教えるんだよ」
それきりパパはタブレットの画面を消して、今度は二人の方へ向き直って笑顔になった。
「それより二人とも、また賞をとったそうじゃないか。よくやったね。パパは誇らしいよ。なにか欲しいものはあるかい」
シモロはピアノの弦を、ラドクは新しい絵筆をそれぞれお願いした。
「オーケー。じゃあロビーで待っていて、二十分で持って行かせるから。次の作品も楽しみにしているよ」
*
「ぼく本当は天体望遠鏡が欲しかったな」
シモロは両手を伸縮する筒に見立てて重ね、指の隙間から白い天井の方を覗き込んだ。
「あはは。ぼくは本当はスケートボード」
「なんかミエを張っちゃったね」
「ね。それにパパたちが喜ぶしね」
パパと別れて十九分と十秒後、ロビーで待つ二人のもとにアシスタントロボットが二つの箱を抱えてやってきた。
「拇印またはサインにて受け取りの署名をお願いします!」
ラドクにもシモロにも指紋はない。
「ペン貸してもらえますか」
「もちろん!こちらをお使いください!」
しかしサインなら、大勢いるファンに幾度となくねだられてきたので二人とも書き慣れている。
「なお!本サービスが収集した筆跡や生体データは本人確認の目的でのみ使用されます!」
「それにしても楽しそうに仕事をするよなあ」
ロボットの胸部にあるディスプレーにタッチペンを走らせながらラドクは言った。
「楽しいとも思ってないさ」
「あ、そうか」
「悲しいとかも思わないかわりにね」
「そいつはうらやましい。意地悪してやろう。おい、きみは悲しみって知ってるか」
「はい、知っています!失望感や挫折感のうちに心が傷んで泣きたくなる気持ちのことです!」
「うくく。だってさ」
「やめなよラドク。でもさ、チェスをやったらぼくらに勝ち目はないんだよ」
めいめいに品物を受け取ったあと、二人はラボの正面玄関から外へ出た。人工太陽は今日もあらゆる人工物を照らしていた。
「あ」
一瞬の硬直のあと、ラドクはリュックから一本のワインのボトルを取り出して、照れ笑いを浮かべた。
「パパにお土産わたすの忘れてた」
シモロはそのワインが本物のブドウから作られているものと見るや、
「もう仕方がないことだよ、ぼくらで片づけてしまおう!」
そう言ってラドクの背中をバシバシと叩いた。二人は白い壁と白い床の間を、モノトーンに霞む居住区の方へと、上機嫌で連れ立って消えていった。
(続く)
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