あれはたぶんラブだったソング 【1分小説】
音楽になりたい。音楽になれたなら。
きみの耳から、きみの全身を通り抜ける一曲の音楽に。
音楽になりたい。音楽になれたなら。
きみがファルセットで口ずさむ、お気に入りのフレーズになれたなら。
おれは音楽になりたい。音楽になれたなら。
不意にきみの口をつく、せつない歌詞の一節になれたなら。
おれはたった四分半の命にだってなれるんだ。
きみがそれをリピートで聴いてくれるなら。
キーはFメジャー。BPMは百六十。
音楽になりたい。おれは音楽になりたい。
おれはたった四分半の命にだってなれるんだ。
きみがそれをずっと歌い続けてくれるなら。
少しくらい外したっていい、
きみがおれをずっと歌い続けてくれるなら。
音楽に、おれは音楽になりたいーー。
「それ、だれの曲?」
「え?」
「今の歌。ママよくそれ歌ってるけど、だれのなんて曲?」
「ママ今、歌ってた?」
「歌ってたよ。歌ってたじゃん。音楽になりたい、音楽になれたなら〜、ってやつ」
ママの目は点になった。そして子供みたいな表情と声でおかしそうに笑った。
「これ、CDになってないの」
ママはそして超有名アーティストの名前をあげて、それが彼らのインディーズ時代の曲であると教えてくれた。
「このころの曲のほうが今よりよかったと思うんだよね」
ママはどうしてCDにもなっていない曲を知っているのか。ママは笑う。ママが嬉しそうにしていると、わたしも嬉しい。ママが悲しそうにしていると、わたしも悲しい。
だからわたしは今、少し悲しい気持ちになっている。
了
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