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「明らかな事態の起き」に連なる圧倒的事実の列挙順風フラッグ

アメリカン・スナイパーについての前回までの要約お嬢 ↓ ヘッダ画像をお借りしています。

クリス・カイルはクソつよスナイパーであり、米兵から見たら英雄、でも敵からしたら悪魔よね。彼の強さは凄まじいけれど、その代償としてどれだけ人の心を失っているのかしら?戦場という異常事態の中で人の心を保とうとすると、敵を殺しまくる使命感が生まれるのよ。その結果、周りから見たら簡単に「人ならざる者」になってしまうのね。

沖縄で起きた事件がまさにその証拠よ。在沖縄米兵、少女誘拐暴行を否認というニュースを見れば、米兵が日本人をどう見ているのかがわかるわね。彼らにとって、日本人はただの性具なのかもしれないわ。メリケン兵隊は、メリケン人以外を人間だと思っていない可能性があるの。日本という過酷な駐屯地でストレス発散のために日本人の少女をレイプしても、罪悪感なんて感じないのかも。

さて、本題の映画『アメリカン・スナイパー』について話すわよ。この映画には二人の銃的な悪魔がいて、3人目の単なる悪魔が監督のクリント・イーストウッドなのよ!

映画『アメリカン・スナイパー』は、クリスの無念を描いたのか、戦争にとらわれるとどうなるのかを描きたかったのかしら。

イーストウッドはマジで会ったら嫌悪するタイプの人間かもしれないわ。でも『運び屋』や『グラントリノ』どちらも内5回くらい感想文を書いたわ。それだけ思い入れがあるの。市井の常識は知らないけど、グラントリノで感じた北野武との通底感が、アメスナで確信に変わったのね。

北野映画との時間経過的な部分の通底とは何か。それは「明らかな事態の起き」に連なる圧倒的事実の列挙だ。

「明らかな事態の起き」に連なる圧倒的事実の列挙とは何か?

言い換えるとこうだ。

  1. 明確な状況の発生とそれに続く決定的な事実の羅列

  2. はっきりとした出来事に続く圧倒的な事実の並び

  3. 顕著な事象の発生と続く強力な事実の集合

  4. 明白なケースの出現とそれに続く圧倒的な証拠の一覧

  5. 明らかな出来事に伴う決定的な事実の数々

  6. 一目瞭然の事態とそれに続く圧倒的な証拠の羅列

  7. はっきりとした事件とそれに続く確固たる事実の並び

  8. 顕著な出来事に続く決定的な証拠の連続

  9. 明白な状況に続く圧倒的な事実の集積

  10. 明らかな出来事に付随する圧倒的な証拠の列挙

  11. 明確な事態の発生と続く決定的な事実の蓄積

  12. 顕著な事象とそれに続く圧倒的な証拠の一連

  13. はっきりとした状況の発生とそれに続く強力な事実の羅列

  14. 一目瞭然の出来事に続く決定的な証拠の一覧

  15. 明らかなケースの出現とそれに続く圧倒的な事実の連続

  16. 顕著な状況に続く決定的な証拠の蓄積

  17. 明白な事象の発生と続く圧倒的な事実の一連

  18. 明確な出来事に続く決定的な証拠の集合

  19. はっきりとしたケースの発生とそれに続く強力な事実の蓄積

  20. 一目瞭然の事態に続く圧倒的な証拠の集積

言うまでもないと思うがクリスが遠くから怪しい奴をぶっ殺す。なぜぶっ殺すのかと言えば、野郎は手榴弾だかロケランだのを持ち出し、メリケン軍をぶっ殺そうとするから。

そいつを撃ち殺したクリスを視聴者は誰も責めないだろう。だが、そいつが絶命したから落としたロケランがそこにある、という事実がある。

この事実は映画内で共有されている。だれかがロケランを棄てなければならないだろう。できればそれは米軍となるべきだろう。

だが最悪の持ち主の手に渡る。圧倒的な子供だ。殺された奴は子供の親だったのだろうか?それは圧倒的事実でこそないものの、今まさにロケランが吹き飛ばされようとしている圧倒的事実を思いっきり補強する。

時間経過が次第にその恐怖を明らかにしていく。つまりガキがロケランを発見してしまい、その子の中に当たり前のように復讐心が芽生えていくさま、今にも命を投げ捨てようとしている決心が形成されていく様を観客とクリスは時間経過により読み取る。

クリスはそのガキにロケランを拾うな、と言う。ガキは拾う。クリスはロケランを組み立てるな、と願う。ガキはしっかりロケランを組み立てる。殺された自分の親父なのか近所の兄ちゃんなのかわからん人を悼むことすらせず、淡々と自分の命を棄て始める=ロケランの使い方を想起しようとしているという行為=事実を開始してしまう。

クリスはロケランを捨てろと思う。ロケランを撃つ動作に入ったら、クリスはそのガキをふっとばさなければならないからだ。クリスはこの時点でイカれ始めてる事情を観客は知っている。ガキが生まれたクリスにガキをふっとばさせたらどうなるか容易に想像がつく。

ぼくはこのシーンが終わった後になんといいますか笑ってしまった。当たり前だがコメディのそれではない。

どうですか?

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