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#スロベニア
僕はスポーツが出来ない
9年前、36歳の時に書いた僕の子ども時代のエピソード。
そして、トレイルランニングに出会ったきっかけについて。
*2024/1/2加筆修正
僕はスポーツが出来ない
これは僕の学生時代の友人のよく知るところだ。
そもそもずっと生徒会で、文化祭や体育祭の実行委員そんなばかりやっていた。
劇の会やイベントでも照明をやったり、何かを「創る」事が好きなのは昔から
変わらずだけど。
「教員免許を持っていて
Smarna Goraへ
スロヴェニア滞在の1週間を忘れないうちに更新しようと思いながら毎日慌ただしく、なかなか更新出来ずにいる。
結果、順不同になってしまうのだけどタイムリーに感じたことを残しておくのも大切ということで、昨日(滞在6日目)のことを書いておこうと思う。
待ち合わせたけど…
この日はマウンテンランニング国際連盟(WMRA)の会長Tomo Surfさんと会うことに。スロヴェニアには主にマウンテンランニング
マウンテンランニングワールドカップに挑戦しはじめて10年、思い出話をもう1つ
2012年に初めて出資したワールドカップ。
レース前日には国際枠の選手のためのブリーフィングとディナーパーティがあった。
レストランに到着すると思い思いに着席し、すでに談笑をしている人々。うーん、どの輪に入ったら良いのだろう???と思いつつも座らなければ始まらない!えいやっと座って挨拶をする。
ここにいるのは皆選手かと思いきや、家族やパートナーなど必ずしもコーチや選手だけではなく、カジュアルな
初めて世界選手権出場を決めた時の感動をもう一度
2013年のこと、僕はマウンテンランニングの世界選手権に出場すべく、マウンテンランニングのワールドカップを転戦していた。もちろんシリーズ全体に興味もあったけど、世界選手権に日本代表として出場したいという強い思いがあった。
しかし、日本ではマウンテンランニングのワールドカップはおろかそれに準じたレースもない。世界に挑むためにはどうすればいいか?マウンテンランニングのワールドカップに出場する前にも色
マウンテンランニングワールドカップに挑戦しはじめて10年
2012年7月末にマウンテンランニングワールドカップに初めて出場した。
この時、走ったのはスロベニアの山岳レース"Tek na Grintovec"
9kmで2000m登るレースで、登山口から山頂まで一気に駆け上がるとてもタフなレースだ。山頂付近は岩がちで最後はよじ登るようにしてフィニッシュにたどり着いた。
この時の僕のタイムは1時間44分で35位。
ちなみに優勝の選手は1時間17分!
この
国際マウンテンランニング連盟への寄稿とSTORY1日本語版
数年前から国際マウンテンランニング連盟(World Mountain Running Associaation、以降WMRA)の選手委員会のメンバーとして活動を続けている。
昨年は大会が軒並み中止。今年は昨年よりは状況が改善されているもののまだまだ先行きは不透明だ。とはいえ、マウンテンランニングを国際的に普及させたい思いは連盟に関わる皆の共通の思い。そこで、SNS発信に加え何名かがそれぞれの得意
スロベニア紀行2016 その5 ~マウンテンランニング世界選手権へ⑤~
さて、レース後の話。
夜まで宿に帰れないので、まずはシャワー。
学校の施設でも借りるのかと思ったら、スロヴェニア軍のもの!
中は10人以上余裕で入れて、すっきり。
ランチはケータリングが来ていて、そこで飲み物と一緒に提供してもらいました。大きなテントの中では各国選手入り混じって談笑しながらのランチ。
食後はブラブラするも土曜の午後と日曜はお店はどこも開いておらず。
コース上の小学校にはスター