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文化的落ち葉そうじ


2024年3月21日(木)朝の6:00になりました。

葉が落ちれば、僕はそれを効率よく道端に退かせた。

どうも、高倉大希です。




本屋さんに行くと、ほんのすこしだけ寂しくなります。

生きているうちに読める本なんて、たかが知れているのだろうなと思うからです。


この空間に集まる知識の数%も理解しないままに、死を迎えることになります。

どうしようもないことはわかっているのですが、なんだか寂しくなるのです。


それと同時に、当然うれしくも思います。

たった数%であれ、その価値に触れることができるからです。


今日も元気だ、虫がいた。それが生きているということで、それ以上なにが必要だというのか。世界をわかろうとする努力は大切である。でもわかってしまってはいけないのである。そこの土俵際が難しい。

養老孟司(2023)「ものがわかるということ」祥伝社


玄関先にたくさんの落ち葉がたまっています。

ほうきとちりとりを持ち出して、たまった落ち葉を集めます。


翌朝目が覚めると、また玄関先にたくさんの落ち葉がたまっています。

ほうきとちりとりを持ち出して、たまった落ち葉を集めます。


昨日の落ち葉と今日の落ち葉は、まったくちがう落ち葉です。

新しい落ち葉を、毎日ほうきで集めます。


「穴を埋める為の文章を提供してるだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いてるんです。雪かきと同じです。文化的雪かき」

村上春樹(1988)『ダンス・ダンス・ダンス』講談社


意味がない。

そう言ってしまうことは、簡単です。


大抵の「意味がない」は、「考えたくない」の裏返しです。

むしろ意味があることなんて、はじめからないのかもしれません。


変わっためがねをかけた人が、こんなことを言っていました。

「コスパをよくしたいのなら死ねばいい」


歴史はカオスではなく、ちゃんと因果関係でつながっています。しかし歴史は複雑でもあります。人間の脳で理解しきれるほど簡単ではないのです。今は良いように見えることが、あとで悪く作用するかもしれません。でもそれは逆に、今は悪く感じられる物事が、のちのちあなたを救うかもしれないということでもあります。

深井龍之介(2022)「歴史思考」ダイヤモンド社


わかりやしないものを、わかろうとする。

翌朝も落ちてくる葉を、そうじする。


意味がある。

意味がない。


そんなこと、誰にも判断できません。

だからこそ今日もせっせと、ほうきで落ち葉を集めます。






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