多様性を活かす研究室づくり
東京農工大学で研究室を立ち上げた時(2007年)から、異分野や異文化を含んだ多様性のある研究室であるよう心掛けてきました。以前は私自身が外国人であり異文化であることは弱みであるとしか感じられませんでしたが、今はアイデンティティの一つとして認められる時代になったと感じています。
研究室の多様性を維持するのは簡単ではありません。博士課程前期(M)や学部卒論生(B)は内部進学者であることが多いので、必然的に博士課程後期(D)の学生が主に外部からのメンバーとなります。前に勤めていた大学では海外からのD学生候補を探すために、インドネシア、韓国、中国等を何度も訪問しました。一方東京では、ウェブサイトでしっかり情報発信していれば、教員が出張しなくてもD学生候補者から連絡が来ることが多く、東京の魅力を実感します。また、優秀なD学生を受け入れるためには、産学連携を活かして学生のスポンサーになってくださる企業の関係者と出会えるように常にアンテナを張っています。
研究室の成果が学術論文だけであるなら、論文の執筆が上手なD学生(とりわけ外国人留学生)を多く在籍させることが早道です。しかし、留学生の比率があまりに高くなると、日本の大学の教育や研究の特長が活かせなくなる可能性があるので、留学生の比率には気を配っています。2021年の研究室メンバーは、D学生5名(うち2名は外国人留学生)、M学生5名、卒論生3名でした。13名中2名が外国人留学生という割合で、この程度がちょうどよいバランスが取れていると感じています。80対20の法則というものがありますが、偶然にも外部からの進学者、留学生などの多様性を活かせる最適な学生構成の比率も、そのくらいが良いのではないかと思うのです。
研究テーマの多様性にも取り組んでおり、学生一人ひとりが独自テーマを設計し、調査・実験を行っています。研究成果がすぐに出ないため、研究室のセミナーでは主に学生が取り組んだ工夫について発表することになります。卒論や修論では、テーマ設計や装置構築に何カ月もかかり、最終発表に結果が間に合わない場合もあります。不確実性の高い現在の世界では、問題解決能力より課題設定能力が大事と言われています。意味のある失敗を何度か経験してその失敗から学びを得られること、枠を超えて思考を広げることが重要です。
また、研究テーマが多様であるということは、そのテーマについてはセミナー発表者が最も詳しいといえます。発表を聞く学生は、事前に内容をあまり把握しない状態で質問をする「質問力」が鍛えられますし、先輩だからと言って知識の蓄積があるわけではないため、先輩・後輩に関係なく活発な質疑応答が展開され、質問への対応力が鍛えられます。教員は質問を控え、発表技法に対してコメントする程度にとどめるよう心がけています。修了生に研究室での印象を聞いたところ、研究の内容というよりは、セミナーでのやり取りで鍛えられたこと、留学生とのやり取りを通して「異文化の壁を低く感じるようになった」ことが印象に残っているようです。この13年間でD修了生は約10名、卒論とM修了生は40名を超え、海外勤務や外資系企業勤務の修了生も少なくありません。一方、博士課程修了後に帰国して大学教員になった元留学生からは、日本の研究室教育を取り入れたいという希望があります。現在、マレーシア工科大学の研究室の学生たちと農工大生とが数ヶ月に一度にセミナーを行うようになり、互いの研究について紹介しあっています。
グローバル化は社会の不確実性を引き起こす要因の一つです。研究室にいながら、異なる分野、異なる文化背景などの異質を巻き込んだ多様性のある環境に身を置くことで、不確実性を経験することができます。そして、それを一つ乗り越えることを通して、次世代人材に必要とされる高度な決断と行動力を身につけることにつながるのではないかと考えています。