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アスリートとリカバリー①:パッシブリカバリーとアクティブリカバリー

※当記事は自分用のメモ的役割を意図して,気になった論文等を簡単にまとめたものです

アスリートにおいて,運動とリカバリーは密接な関係にあり,どれだけ高いレベルのトレーニングを行ってもリカバリーが疎かになるとパフォーマンスは向上しないし,オーバートレーニングをもたらすリスクも増大する

⇒Strength的ファクターとConditioning的ファクターは相互に関連し合っている

(2021.02.01追記)なぜリカバリーが大事なのか?という点を掘り下げて考えた記事は以下を参照
アスリートとリカバリー:リカバリーはなぜ必要か?

1.何をもって「疲労」とするのか

具体的にリカバリーの策を考える前に,「そもそも疲労がどういう状態なのか」という点を明確にしなければいけない
(原因が分からないとそれに対するアプローチも確定できないため)

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※図は『運動生理学20講』を参照した*1

体力の分類を考えたとき,疲労という形で身体状態に変化が起きる要素は,筋力・パワー・持久力・ストレスが特に大きいと考えられる
(オーバートレーニングにおいては,除脂肪体重の減少も指標のひとつになる)

疲労の指標としては,主訴的要素と客観的要素などで分けられるといえる

・主訴的要素…
筋肉の痛み・なんとなくバテている感じ・何となく気持ちが沈んでいる
(「なんとなく疲れてる」は結構大事,さらに心理的側面はオーバートレーニングの徴候のひとつと考えられる)

・客観的要素…
研究レベル→VO2maxの低下,クレアチンキナーゼ活性増大,骨格筋中のpH上昇など
現場レベル→ラントレーニングなどのペースダウン,挙上負荷の低下など

キャリアが長いアスリートであればあるほど,そしてレベルの高いアスリートであればあるほど指標としての主訴は重要になってくる

2.リカバリーの方策①~積極的休養~

基本的なリカバリーの方策には積極的休養(active recovery),消極的休養(passive recovery),その中間にある食事介入などがある

積極的休養には,およそ以下のようなものがある

・低強度の有酸素性運動
・セルフでのストレッチングやマッサージ

一つ目の「低強度の有酸素性運動」に関しては,Ortizら(2019)のレビューである程度の効果があることが示されているが,この運動の持続時間と回復効果の関係に関しては明らかにされていないと示している*2

また、マッサージに関しても筋痛などに関して有意な回復効果を表したことが示されている*3
(マッサージの原理は,基本的には筋膜の癒着をほどき,滑走を正常化するようなものだと考えられる)

その他セルフマッサージの一例として挙げられるフォームローラーの使用は,Pearceyら(2015)によれば筋肉の圧痛に関して中程度~大きな効果を示すことが明らかにされている(Cohen's d=0.59~0.84)*4

また,フォームローラーに関してはWiewelhoveら(2019)のメタ分析がある*5

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筋痛の知覚の減少という点が運動誘発性パフォーマンスの低減という結果をもたらした可能性を推論できるが,とにかくフォームローラーによる介入は運動前後共に有益であるといえる

ストレッチに関しては長くなるため別に考えていくことにするが,一応ある程度の効果は認められている


3.リカバリーの方策②~消極的休養~

積極的休養(active recovery)に対する消極的休養(passive recovery?)には以下のようなものが含まれる

・コンプレッションウェアの着用
・寒冷/温熱療法
・電気刺激療法

(もちろん睡眠も立派な休養のひとつだが,これはアスリートに限らず全人類必要なものなのでとりあえず割愛)

・コンプレッションウェアの効果

コンプレッションウェアの原理は,圧迫による軟部組織の安定化や血液灌流の改善などであると考えられる(運動中の着用と運動後の着用ではメカニズムが異なる可能性もある)

Brownら(2017)によるメタ分析では,DOMS(Delayed Onset Muscle Soreness:遅発性筋痛)の減衰(g=0.403)・筋力回復(g=0.462)・筋パワー回復(g=0.487)・CK減衰(g=0.439)全てにおいて,有意な改善が見られたことが示された
(g:Hedge's g,効果量に関して <0.40=小さい 0.40-0.70=中程度 >0.70=大きい
CK:クレアチンキナーゼ,筋の炎症反応の指標のひとつ

また,運動後コンプレッションウェアの着用に関して,2~8時間と24時間以上の着用で特に大きな効果を得られたとしている

より最近の研究ではNCAA DivisionⅠのバスケットボール選手におけるコンプレッションウェアの効果を示した研究がなされ,それによれば運動中のコンプレッションウェアの着用は運動後の知覚的労作を有意に減少させる(Ballmanら,2019)*7

この研究では,運動中のパフォーマンスに関しては平均パワー・嫌気性能力・総運動量の改善は有意かつ中程度の効果を示したが,ピークパワーや嫌気性パワー・疲労指数に関しては有意な改善を示さなかったとしている

これらを踏まえれば,コンプレッションウェアは運動中~運動後にかけて2時間~着用することが望ましいと考えられる


・寒冷/温熱療法

「筋肉痛の時は冷やした方が良いのか温めた方がいいのか」
「温めた方が良いときと冷やした方が良いときがわからない」

というのは,現場でよく選手から受ける声だが,どちらにもメリットが認められるために使い分ける必要がある

よく言われるものとして,外傷であれば急性期は冷却する(血管を収縮させて腫脹を抑える),急性期が終わった後は温浴に切り替える(血行を促進させて回復を早める)というもの
(急性期の処置として有名ないわゆるRICEのひとつだが,最近では急性期の冷却効果も疑問視されている これ以上はメディカル的要素になるので割愛)


筋肉痛(DOMS)として現れるような筋損傷においては,局所的な冷却によって筋の回復が遅れることがTsengら(2013)によって明らかにされている*8

さらにFuchsら(2020)によって,レジスタンストレーニング直後の筋冷却は筋原繊維でのタンパク質合成率を低下させることが示された*9
(これに関しては,逆に温水に浸かることによって筋を温めても食餌性タンパク質由来アミノ酸の筋肉への取り込みが増強することもない,とFuchsら(2020)によって示されてもいる*10)

マウスの屈筋を用いた実験では,筋疲労の原因であるCa2+の放出抑制が筋温の上昇によって抑えられる(=Ca2+の放出が改善する)のに対して,筋温を下げると逆に抑制が加速することがCheng(2018)によって示されている*11
Ca2+の放出抑制が改善されることは,筋力発揮の改善につながると考えられる

※Chengはこれを筋温の上昇によってグルコース供給が増大することに起因すると指摘しているが,しかしより最近の単離したマウスのヒラメ筋を用いた実験では,筋温の上昇は逆に筋グリコーゲンの再合成を抑制するという研究結果がBlackwoodら(2019)によって示されており,この因果関係は微妙*12
(ちなみにこの研究に携わった人が前年に同じような研究を行っており,その研究においては全く逆の結果が示されている*13)

Gregsonら(2013)は,ヒトモデルでサイクリング運動でグリコーゲンを枯渇させるような運動をした後,筋温の変化と筋グリコーゲンの回復量・回復率を調べたが,そこでは対照群と冷水浸漬群で有意な差はなかったとしている*14

このように温熱/冷却による生理的な回復要因に関する研究結果は混在しているといえるが,ラットを対象として,温熱療法によってDOMSに起因する疼痛が抑制されることを示したTsuboshimaら(2020)の研究は興味深い*15

【注意】
ここまではあくまで健常なアスリートのパフォーマンス回復に関する効果の議論
であって,たとえば筋挫傷における急性期は温熱療法が禁忌であるし,また熱中症の時には必ず身体を冷やすアプローチをする必要があり,そういった側面では冷却療法は極めて有効になる
(詳細は本テーマから外れるため割愛するが,特に熱中症の時はいかに早く深部体温を下げるかが重篤化・死亡リスクの低減において超重要になる)


・電気療法

ここは温熱/寒冷療法以上に理学療法に拘ってくる分野でありS&Cとしては携わりづらい部分でもあるので控えめ

電気刺激に関しては,その原理としては電気刺激によって血流速度が増加し,それによって血中乳酸が除去される速度が増加する,という流れだと考えられる(Sañudoら,2020)*16

しかし,実際にその効果を低強度の有酸素運動での回復と比べたMaloneら(2014)の研究では,血中乳酸濃度の減少は電気刺激群と対照群で有意差は見られず,低強度有酸素群でのみ減少が見られた*17

やや古いレビューではあるが,Babaultら(2011)のレビューにおいては,筋痛や運動パフォーマンスの改善に対する電気刺激療法の効果は研究によって異なり,一貫したコンセンサスは得られていないとされる*18

興味深いのは,このように客観的指標でははっきりと「効果がある」とされるわけではない電気刺激療法だが,選手の主観的感覚では回復に最も有効であると考えられているという点であり*19・20,選手の心理的な側面は無視出来ないかもしれない(いわゆる偽薬効果)


4.まとめ

アスリートにとってリカバリーは最も関心が高い領域のひとつであり,S&Cとしては複数の選択肢とその効果を理解しておく必要があると考えられる
(特にアスリートのレベルが高くなればなるほどその関心は強くなると思われる)

今回の論点をまとめると,リカバリーの方策として少なくとも以下の項目は効果が認められる

 ◇低強度の有酸素運動(いわゆるLong Slow Distance程度の強度)
 ◇ストレッチング
 ◇マッサージフォームローラーの使用
 ◇コンプレッションウェアの着用
 ◇温熱療法
 ◇電気刺激療法

もちろんそれ以外にも,回復を促進するために糖質を積極的に摂取する,果物などの抗酸化物質を摂取するといった食事の面も大事である(食事に関しては以下のページを参照されたい→「リカバリーと糖質に関して」 「リカバリーと抗酸化物質に関して」)

また,細かい話でよく言われることだがLong Slow Distanceを裸足barefootで行うことで回復効果が増強する可能性があるかもしれない


最後に,「それでは積極的休養と消極的休養どちらが良いのか」という疑問に関しては,たとえばSpiererら(2004)が,28%VO2maxと低強度の有酸素運動は消極的(受動的)回復よりも回復を促進する可能性があると論じているのは一つのヒントとなるかもしれない*21

が,この2つの回復方策は決して対立するものではないし,コスト的な観点を考えればそもそもナンセンスである可能性がある

→たとえば試合会場がアウェイである場合,消極的休養に用いるための電気刺激療法機器などはすぐ用意できないであろうし,また積極的休養としての有酸素運動をする時間・場所はないかもしれない


極めて当たり前の話だが,どちらが良いかを考えて片方を捨てるのではなく,そのときそのときに出来るリカバリーをすることが大事
(たとえば試合終了後帰宅までの間にコンプレッションウェアを着用するなど)

自戒的な話,それを考えることがメディカルスタッフやS&C専門職・さらには学生レベルのトレーナーとしての職務のひとつであるだろう


【他ページへのリンク】

〈ストレングス系〉
◇スクワットについて
 ・スタンス
 ・バック/フロント,マシン/フリー
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 ・バーポジション

〈コンディショニング・スポーツメディカル系〉
リカバリー総論
リカバリーの方法①(本ページ)
熱中症
アメリカンフットボールと脳震盪

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 ・脂質,ケトジェニックダイエット,栄養戦略
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◇エルゴジェニックエイド
 ・カフェイン

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【引用・参考】

参考になりそうな書籍

1.リカバリーの科学:スポーツパフォーマンス向上のための最新情報


*注
1.『運動生理学20講 第3版』(2015,朝倉書店)

2.Ortiz, R. O., Jr, Sinclair Elder, A. J., Elder, C. L., & Dawes, J. J. (2019). A Systematic Review on the Effectiveness of Active Recovery Interventions on Athletic Performance of Professional-, Collegiate-, and Competitive-Level Adult Athletes. Journal of strength and conditioning research, 33(8), 2275–2287. https://doi.org/10.1519/JSC.0000000000002589

3.Kargarfard, M., Lam, E. T., Shariat, A., Shaw, I., Shaw, B. S., & Tamrin, S. B. (2016). Efficacy of massage on muscle soreness, perceived recovery, physiological restoration and physical performance in male bodybuilders. Journal of sports sciences, 34(10), 959–965. https://doi.org/10.1080/02640414.2015.1081264

4.Pearcey, G. E., Bradbury-Squires, D. J., Kawamoto, J. E., Drinkwater, E. J., Behm, D. G., & Button, D. C. (2015). Foam rolling for delayed-onset muscle soreness and recovery of dynamic performance measures. Journal of athletic training, 50(1), 5–13. https://doi.org/10.4085/1062-6050-50.1.01

5.Wiewelhove, T., Döweling, A., Schneider, C., Hottenrott, L., Meyer, T., Kellmann, M., Pfeiffer, M., & Ferrauti, A. (2019). A Meta-Analysis of the Effects of Foam Rolling on Performance and Recovery. Frontiers in physiology, 10, 376. https://doi.org/10.3389/fphys.2019.00376

6.Brown, F., Gissane, C., Howatson, G., van Someren, K., Pedlar, C., & Hill, J. (2017). Compression Garments and Recovery from Exercise: A Meta-Analysis. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 47(11), 2245–2267. https://doi.org/10.1007/s40279-017-0728-9

7.Ballmann, C., Hotchkiss, H., Marshall, M., & Rogers, R. (2019). The Effect of Wearing a Lower Body Compression Garment on Anaerobic Exercise Performance in Division I NCAA Basketball Players. Sports (Basel, Switzerland), 7(6), 144. https://doi.org/10.3390/sports7060144

8.Tseng, C. Y., Lee, J. P., Tsai, Y. S., Lee, S. D., Kao, C. L., Liu, T. C., Lai, C., Harris, M. B., & Kuo, C. H. (2013). Topical cooling (icing) delays recovery from eccentric exercise-induced muscle damage. Journal of strength and conditioning research, 27(5), 1354–1361. https://doi.org/10.1519/JSC.0b013e318267a22c

9.Fuchs, C. J., Kouw, I., Churchward-Venne, T. A., Smeets, J., Senden, J. M., Lichtenbelt, W., Verdijk, L. B., & van Loon, L. (2020). Postexercise cooling impairs muscle protein synthesis rates in recreational athletes. The Journal of physiology, 598(4), 755–772. https://doi.org/10.1113/JP278996

10.Fuchs, C. J., Smeets, J., Senden, J. M., Zorenc, A. H., Goessens, J., van Marken Lichtenbelt, W. D., Verdijk, L. B., & van Loon, L. (2020). Hot-water immersion does not increase postprandial muscle protein synthesis rates during recovery from resistance-type exercise in healthy, young males. Journal of applied physiology (Bethesda, Md. : 1985), 128(4), 1012–1022. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00836.2019

11.Cheng A. J. (2018). Cooling down the use of cryotherapy for post-exercise skeletal muscle recovery. Temperature (Austin, Tex.), 5(2), 103–105. https://doi.org/10.1080/23328940.2017.1413284

12.Blackwood, S. J., Hanya, E., & Katz, A. (2019). Effect of postexercise temperature elevation on postexercise glycogen metabolism of isolated mouse soleus muscle. Journal of applied physiology (Bethesda, Md. : 1985), 126(4), 1103–1109. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.01121.2018

13.Hanya, E., & Katz, A. (2018). Increased temperature accelerates glycogen synthesis and delays fatigue in isolated mouse muscle during repeated contractions. Acta physiologica (Oxford, England), 223(1), e13027. https://doi.org/10.1111/apha.13027

14.Gregson, W., Allan, R., Holden, S., Phibbs, P., Doran, D., Campbell, I., Waldron, S., Joo, C. H., & Morton, J. P. (2013). Postexercise cold-water immersion does not attenuate muscle glycogen resynthesis. Medicine and science in sports and exercise, 45(6), 1174–1181. https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e3182814462

15.Tsuboshima, K., Urakawa, S., Takamoto, K., Taguchi, T., Matsuda, T., Sakai, S., Mizumura, K., Ono, T., & Nishijo, H. (2020). Distinct effects of thermal treatments after lengthening contraction on mechanical hyperalgesia and exercise-induced physiological changes in rat muscle. Journal of applied physiology (Bethesda, Md. : 1985), 128(2), 296–306. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00355.2019

16.Sañudo, B., Bartolomé, D., Tejero, S., Ponce-González, J. G., Loza, J. P., & Figueroa, A. (2020). Impact of Active Recovery and Whole-Body Electromyostimulation on Blood-Flow and Blood Lactate Removal in Healthy People. Frontiers in physiology, 11, 310. https://doi.org/10.3389/fphys.2020.00310

17.Malone, J. K., Blake, C., & Caulfield, B. M. (2014). Neuromuscular electrical stimulation during recovery from exercise: a systematic review. Journal of strength and conditioning research, 28(9), 2478–2506. https://doi.org/10.1519/JSC.0000000000000426

18.Babault, N., Cometti, C., Maffiuletti, N. A., & Deley, G. (2011). Does electrical stimulation enhance post-exercise performance recovery?. European journal of applied physiology, 111(10), 2501–2507. https://doi.org/10.1007/s00421-011-2117-7

19.Tessitore, A., Meeusen, R., Pagano, R., Benvenuti, C., Tiberi, M., & Capranica, L. (2008). Effectiveness of active versus passive recovery strategies after futsal games. Journal of strength and conditioning research, 22(5), 1402–1412. https://doi.org/10.1519/JSC.0b013e31817396ac

20.Cortis, C., Tessitore, A., D'Artibale, E., Meeusen, R., & Capranica, L. (2010). Effects of post-exercise recovery interventions on physiological, psychological, and performance parameters. International journal of sports medicine, 31(5), 327–335. https://doi.org/10.1055/s-0030-1248242

21.Spierer, D. K., Goldsmith, R., Baran, D. A., Hryniewicz, K., & Katz, S. D. (2004). Effects of active vs. passive recovery on work performed during serial supramaximal exercise tests. International journal of sports medicine, 25(2), 109–114. https://doi.org/10.1055/s-2004-819954

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