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アスリートとリカバリー:リカバリーはなぜ必要か?

※当記事は自分用のメモ的役割を意図して,気になった論文等を簡単にまとめたものです
※今回は具体的な方法論というよりは総説的な私見です

具体的な方法論については,以前の記事「アスリートとリカバリー①:パッシブリカバリーとアクティブリカバリー」を参照のこと

1.背景

「休養もトレーニングのうち」という言葉が示すように,休養(リカバリー)はトレーニングにおいて重要であると一般的に信じられている


が,具体的に「どうしてリカバリーが必要なのか?」と聞かれた時に,「休養もトレーニングのうちだからだよ」と解答するのはそもそも解答の方向性が間違っている

今回は,「パフォーマンス」という概念に着目してこれに対する解答を少し考えていきたい


2.「パフォーマンス」とは何か

結論から言えば,「リカバリーがなぜ必要か」という問いに対して,私的に持っている解答は「パフォーマンスを維持するため」となる

しかし,この解答を示すにあたっては,必然的に「パフォーマンス」という語が何を指すのか(すなわち,パフォーマンスとは何か?)を考えていき,質問者と共通のコード(規範)を有していなければならないだろう


そこで,まずperformanceという語を辞書的な定義で考えていくと,

1. the act of performing a play, concert or some other form of entertainment
2. the way a person performs in a play, concert, etc.
3. how well or badly you do something; how well or badly something works
4. the act of performing a task, an action, etc.
5. an act that involves a lot of effort or trouble, sometimes when it is not necessary
(Oxford Advanced Learner's Dictionaryより)

この中からスポーツの現場で使われる「パフォーマンス」という語の意味に近い物を選ぶとすれば3かもしれない
(ざっくり言えば,「特定の行為をどの程度良くあるいは悪く行うか」)


もう少しスポーツ(あるいはトレーニング)特異的な(?)意味を考えるのであれば,Kellmannら(2018)による定義が参考になるかもしれない*1

Performance can be defined as the accomplishment of goals by meeting or exceeding predefined standards. The multidimensional concept of performance is linked to physiological and psychological influences in a reciprocal manner. The concept describes individual or collective patterns of behavior depending on a set of skills, abilities, and specific performance conditions. Performance is therefore determined by the development of specific skills and abilities to adapt to unexpected environmental influences and the continuous and reliable delivery of these skills and abilities in competitive situations.

ざっくり訳してしまうと,

✔パフォーマンスは,「あらかじめ設定された基準を満たす,あるいはそれを超えることによって目標を達成すること」と定義することができる
✔パフォーマンスは,生理的・心理的の両方の影響がある
✔パフォーマンスは,予測していない環境(外的要因)の影響に適応するための特異的な技術・能力を向上させ,そしてこれらの技術・能力を持続的かつ信頼できる形で発揮できるかどうかによって決定される

という事だと考えられる(かなりかいつまんでいるが)


つまるところ,「競技等でより良い成果を発揮する総体的な能力(=パフォーマンス)が維持(あるいは向上)させるためにリカバリーは必要」と言える


3.パフォーマンスモデルとリカバリー

しかし,そのように言うと,うがった見方によっては「トレーニングすればパフォーマンスは向上するのでは?」とリカバリー不要論的な考えをするかもしれない

そこで,次にリカバリーに対する現代のパラダイム的な考えを基にこれに対する説明を考えていきたい


3-1.ホメオスタシス・アロスタシス・汎適応症候群

そもそも,人間には「内部環境を一定に保とうとする」性質があるとされ,これをいわゆるホメオスタシスhomeostasis(恒常性)と呼ぶ

しかし,一定を維持しようとする機構の他にも,与えられたストレスに対して適応しようとする機構もあると考えられており,これをアロスタシスallostasisと呼ぶ
(そしてこのアロスタシスを揺さぶるストレス等がアロスタティックロードallostatic-loadと呼ばれるとされる)


ストレスに対する人間の反応に関して,Hans Selyeが汎適応症候群(General Adaptation Syndrome: GAS)という定義づけをしたことはよく知られている*2

リカバリー1

ここではストレスへの抵抗の推移が表されている

✔ストレッサーによるストレス刺激Aが身体に加わった時,そのストレスに耐えるための準備をする(警告反応期)
ストレス刺激Aが加わった直後は自律神経などの乱れが起き一時的に抵抗力が低下するが(ショック相),その後適応が開始される(反ショック相)
✔適応が達成されると,同じストレス刺激であるAに対しては通常時より高い抵抗力を示すようになる(抵抗期)
✔ただし抵抗期ではエネルギーが平時以上に消費されるため,抵抗期は長くは続かず,一定期間持続すると抵抗力が低下していく(疲憊期)


3-2.超回復理論

SelyeのGASにおける「ストレス」の概念をトレーニング理論に応用したことによって,いわゆる「超回復理論」と呼ばれる適応とパフォーマンスモデルが考え出された

リカバリー2

超回復理論は,短期的反応としてパフォーマンスが向上しているときに重ねてトレーニングすることを繰り返すことによってパフォーマンスが向上するのでは?という考えを基本コンセプトとしている

(筋トレは48~72時間間隔で行うのが良いということが,この超回復理論を基にしてしばしば言われるが今回はこれに関する検討はしない)


3-3.フィットネス-疲労パラダイム

しかし,超回復理論はパフォーマンスの変動要因を「身体反応」という要素に限定しており,経験則的にこれに当てはまらない例が数多く見受けられることとなる
(たとえば,「全く同じトレーニングをしたのに,その後の行動が違うとパフォーマンスの回復パターンが変化する」,など)

⇒パフォーマンスは1つの変数ではなく,それ以上の変数によって決定されるのではないか?

リカバリー3

パフォーマンスに関して3つの変数を仮定したのが,フィットネス-疲労パラダイムと呼ばれるパフォーマンスモデル

このモデルではいわゆる「パフォーマンス」を準備性preparednessと表現し,フィットネスfitnessと疲労fatigueの合算によって決定されるものと考える

以下のような機序でパフォーマンス(準備性)が変化するとされる
(図中①~③に対応)

①トレーニング負荷が与えられた直後
この段階ではトレーニング効果の大きさがフィットネス<疲労であるので,必然的に一時的にパフォーマンスは低下する(GASに当てはめるなら警告反応期)

②疲労効果が低減している段階

この段階からトレーニング効果の大きさがフィットネス>疲労となりはじめ,トータルのトレーニング効果としての準備性は高まっていく(GASに当てはめるなら抵抗期)

③フィットネスが低減している段階

この段階からはトレーニング効果が消失していき,準備性は基準に戻っていく(いわゆるディトレーニング状態)

この理論で重要になるのは,疲労はフィットネスよりも消失が早いということ(下図参照),さらに疲労の変化の度合いはトレーニング以外の行動要因によって変動するということ

画像4

Calvertら(1976)より引用*3


このようにパフォーマンスの変化を考えていくと,「パフォーマンスの最適化のためには,積極的に疲労(トレーニングによる負の効果)を低減する必要がある」ということが明らかになる

具体的に数値で表してみるとわかりやすいかもしれない

リカバリー4

ここまで考えてきて,ようやく「なぜリカバリーが必要なのか?」という問いに対する解答の道筋のひとつが見えてきたと思われる

フィットネス-疲労パラダイムに則って考えれば,リカバリーは単なる回復(マイナス要素をゼロにする)という意味を超えて,パフォーマンス向上(マイナス要素やゼロ要素をプラスに転じさせる)のためにも必要であると考えられる


3-補.パフォーマンスのScissors model

パフォーマンスを二元的に考えるモデルとして,KellmannらによるScissors modelというものがある

画像6

Kellmannら(2001)より引用*4

このモデルからは2つのことが理解できる

最適なパフォーマンス発揮には,適切なストレスと適切なリカバリーが必要である
逆に,適切なストレスと適切なリカバリーによって最適なパフォーマンスは発揮される

ストレスレベルが大きくなればなるほど,求められるリカバリーレベルも大きくなる

これを踏まえると,リカバリーとストレス(トレーニング負荷)のバランスが重要であることが分かる
(あまり無いが,リカバリーを過大評価しすぎるとかえってパフォーマンス向上に不利益をもたらす可能性があるのかもしれない)


4.リカバリーとオーバートレーニング症候群

ここまで見てきたように,リカバリーはパフォーマンス向上を考える上で欠かせない要素であるのはもはや疑いようがない

また,リカバリーはパフォーマンス向上だけでなく,心身の状態を維持するためにも必要であり,リカバリーが欠如することにより様々な異常がもたらされる

いわゆるオーバートレーニング症候群(OTS)というのがリカバリー不足によって生じる典型的な異常であるが,これよりも前からOTSを引き起こしうる兆候があるため,それを見逃さないことが重要

※以下,用語の詳解についてはKellmannら(2018)を参考にした*1


【第1段階:機能的オーバーリーチング(FOR)】
※OTSの段階というわけでは無いが便宜的に第1段階とする

この段階では,短期的なパフォーマンス低下が生じる(フィットネス-疲労パラダイムの項で示した図の①に当たる)

ただしこの段階からの回復は数日間程度の休養で達成される


【第2段階:アンダーリカバリー(UR)・非機能的オーバーリーチング(N-FOR)】
第1段階の時点でリカバリーが達成されない,あるいは達成される前にさらなるストレスが加わった場合に生じる
(つまり,ストレスとリカバリーのバランスが崩れている状態)

URが一般的なストレス(交友関係や社会的事情など)について指すのに対して,N-FORはより競技(あるいはトレーニング)特異的なストレスについて指す


【第3段階:オーバートレーニング症候群(OTS)】
第2段階であるUR・N-FORが持続することによって起こる

筋痛の持続や痛みに対する過敏性,安静時心拍数の増加など,身体的な兆候が現れる
競技に対する意欲低下(いわゆるバーンアウト)と密接な関係にあると言われる*5

OTSからの回復は数週間から数ヶ月,人によっては数年単位と非常に長い時間が必要となる


これらの段階の深刻化は,リカバリー不足が大きな要因を占めているとされる*1

ここまでの流れを簡単に図に示すと以下のようになる
(ここでは便宜的に超回復理論で用いたような形にしている)

リカバリー5


5.まとめ

ここまで全て「リカバリーはなぜ必要か?」という質問に対する解答になり得るような要素を考えてきた


ここまでをまとめると以下のようになる

リカバリーはパフォーマンスを向上・維持するのに必要
✔パフォーマンスとは競技等でより良い成果を発揮する総体的な能力と考えるとわかりやすい
✔現在はパフォーマンスを二元的に捉えるモデル(フィットネス-疲労パラダイムなど)が主流だが,ここからもリカバリーの重要性は導き出せる
リカバリーは,オーバートレーニング症候群という厄介な問題を回避するためにも必要


【他ページへのリンク】

〈ストレングス系〉
◇スクワットについて
 ・スタンス
 ・バック/フロント,マシン/フリー
 ・深さ
 ・バーポジション

デッドリフト

〈コンディショニング・スポーツメディカル系〉
◇リカバリー総論(このページ)
リカバリーの方法①
熱中症
アメリカンフットボールと脳震盪
ハムストリングスの肉離れのアスレティックリハビリテーション

〈スポーツ栄養系〉
◇五大栄養素について
 ・カロリー収支とバランス
 ・炭水化物
 ・タンパク質
 ・脂質,ケトジェニックダイエット,栄養戦略
 ・ビタミン,ミネラル

◇エルゴジェニックエイド
 ・カフェイン

〈単発の論文レビュー〉
マガジンはこちら


【引用・参考】

参考になりそうな書籍

1.ストレングストレーニング&コンディショニング[第4版]

第21章「ピリオダイゼーション」の項目で汎適応症候群やフィットネス-疲労パラダイムについて簡潔な説明がなされている

2.リカバリーの科学:スポーツパフォーマンス向上のための最新情報

リカバリーに関する和書,方法論をある程度網羅してあるので便利かも


*注
1. Kellmann, M., Bertollo, M., Bosquet, L., Brink, M., Coutts, A. J., Duffield, R., Erlacher, D., Halson, S. L., Hecksteden, A., Heidari, J., Kallus, K. W., Meeusen, R., Mujika, I., Robazza, C., Skorski, S., Venter, R., & Beckmann, J. (2018). Recovery and Performance in Sport: Consensus Statement. International journal of sports physiology and performance, 13(2), 240–245. https://doi.org/10.1123/ijspp.2017-0759

2. Selye, H. (1956). The stress of life. McGraw-Hill.

3. Calvert, T.W., Banister, E.W., Savage, M.V., & Bach, T. (1976). A Systems Model of the Effects of Training on Physical Performance. IEEE Transactions on Systems, Man, and Cybernetics, SMC-6, 94-102.

4. Kellmann, K., Kallus, K.W. (2001). The Recovery-Stress Questionnaire for Athletes: user manual., Human Kinetics.

5. e-ヘルスネット「バーンアウトシンドローム」の項より ( https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-047.html )

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