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アスリートのための食事④~脂質・ケトジェニックダイエット・栄養戦略~

※当記事は自分用のメモ的役割を意図して,気になった論文を簡単にまとめたものです

第1回→アスリートのための食事①~カロリー収支・カロリーバランスについて~
第2回→アスリートのための食事②~五大栄養素・炭水化物~
第3回→アスリートのための食事③~タンパク質~

1.脂質の機能と種類

脂質…三大栄養素の1つであり,エネルギーの産生に特に長ける
細胞膜を構成する要素でもある

食品中の脂質は主にトリアシルグリセロール(トリグリセリド,TG)であり,体内の脂肪細胞でもTGの形で貯蔵される

食事資料14

脂肪を「燃やす」なら低強度長時間の運動,と言われてきたのは,脂質代謝がβ酸化と呼ばれる酸化機構によって行われるため(無酸素性作業閾値anaerobic thresholdを超える無酸素性運動になると酸化機構が働きづらくなる)

食事資料15

脂肪酸と同様に脂質に関して重要になる要素が,リポタンパク質の種類であるが,最低限HDLコレステロールはコレステロールを肝臓に戻す善玉LDLコレステロールは血中コレステロールを全身へ運ぶ悪玉,程度でも十分

脂肪酸に関しても,アスリートに教育する際にはトランス脂肪酸以外の不飽和脂肪酸をなるべく積極的に摂る必要性を教育すればよい
「この食品にどのような種類の脂質が含まれているのか」「どれくらい脂質が含まれているのか」の2つを常に意識できるようにする必要がある

ちなみに,飽和脂肪酸・不飽和脂肪酸(n-6系・n-3系)に関する指標として,「日本人の食事摂取基準」(2020年版)を引用する

【飽和脂肪酸】
飽和脂肪酸は、体内合成が可能であり、したがって必須栄養素ではない。その一方、後述するように、高 LDL コレステロール血症の主なリスク要因の一つであり、心筋梗塞を始めとする循環器疾患の危険因子でもある。また、重要なエネルギー源の一つであるために肥満の危険因子としても忘れてはならない。

【n-6系不飽和脂肪酸】
完全静脈栄養を補給されている者では、n─6系脂肪酸欠乏症が見られ、リノール酸 7.4〜8.0 g/日あるいは2% エネルギー投与により、欠乏症が消失する。したがって、n─6系脂肪酸は必須脂肪酸である。リノール酸以外の n─6系脂肪酸も理論的に考えて必須脂肪酸である。

【n-3系不飽和脂肪酸】
n─3系脂肪酸は、生体内で合成できず(他の脂肪酸からも合成できない)、欠乏すれば皮膚炎などが発症する。したがって、必須脂肪酸である。また、n─3系脂肪酸の生理作用は、n─6系脂肪酸の生理作用と競合して生じるものもある。

2.脂質の必要量と栄養戦略

アスリートにおいて,特に脂質は嫌われがちだが全く必要ないわけではない

しかし,一般人レベルでもタンパク質やビタミンのようにRDA(推奨量)が決まっているわけではなく,「日本人の食事摂取基準」(2015年版)においても,「生活習慣病を予防するためにこの程度にしたい」という目標量(PFCバランスで20~30%)が決まっているだけであり,ISSNのレビューにおいても一般人の推奨レベルと同じか,それよりやや多い程度で十分と示している*1

脂質に関しては必要量がはっきりとは定まっていないため,PFCバランスの中で最終的に調整する要素になる
(つまり,タンパク質を重視して食事を摂る場合は,糖質はある程度最低ラインが決まっているために必然的に脂質を減らすことになる,といった感じ)

〈ケース〉体重120kg(体脂肪率25%とする)の大学アメリカンフットボール選手において,オフトレーニング期に求められる栄養戦略

食事資料16

①の必要エネルギー量の推定式に関してはこちらを参照されたい

各マクロ栄養素のg⇔kcal換算についてはAtwater係数を用いるのが一般的(すなわち,タンパク質・炭水化物(糖質):4kcal/g脂質:9kcal/g)

たとえばもう少しタンパク質を意識的にとりたいというニーズがあれば,脂質を抑えるというのが理論的には妥当(それが現実問題として可能かは別として)

中途半端に糖質を減らすのは,無酸素性パフォーマンスの維持という観点からは微妙(特にパワーアスリート)

3.ケトジェニックダイエットについて

「ケトジェニックダイエット」とは,糖質を極端に制限して総摂取エネルギーの20~25%をタンパク質から,70~80%を脂質から摂取するという「高脂質」の食事に転換することで,エネルギー基質の依存比率としてケトン体の割合を大きくする,というもの(意図的に体内でケトーシス様の状態を引き起こすイメージ)

食事資料17

絶食状態などによって糖質の摂取が不十分な状況になると自然と身体はケトン体を使う身体に変化する,というイメージ

原理的にはケトン体に対するエネルギー基質としての依存を大きくすることで脂質の利用能が増大し,腹部脂肪などの減少に寄与できる(=つまり"ダイエット"できる),ということ

単に体重を減らすためにケトジェニックダイエットによる減量を行うことに関しては,Buenoら(2013)の低脂質食とケト原性食の効果を比較した研究において,ケト原性食においては低脂質食よりも有意に体重を減少させたことが示されている*2(つまり,ケトジェニックダイエットは体重を減らすのには十分有効)

しかし,これがアスリートのパフォーマンスにどのような影響を与えるのかという点は,いまだ研究が行われている

食事資料18
食事資料19

ケト原性食とアスリートの関係性が調べられた当初はパフォーマンスの改善の可能性が考えられていたが,最近ではパフォーマンスの改善は起こすことができないという結果である程度一致している

特に無酸素性パフォーマンスの低下は複数の研究で見られているため,パワー系のアスリートに対して処方するのはタイミングを考慮する必要があるといえる(解糖機構が回りづらくなる以上ある程度は理論的にも妥当な結果と言えるが)

まとめると,

・ケトジェニック(ケト原性食)な食事は,体脂肪を減少させるという点では有効である可能性があり,脂肪過多のアスリートや体重を減らしたいアスリートには有効
・ただし,パフォーマンスに関しては一致したコンセンサスが得られていないため,シーズン中などに行うのは非推奨
(ケトジェニックダイエットに限らず,シーズン中に意図的に体組成をいじるのは微妙というツッコミは今回は横へ)


実践的な運用を考えたときには,Michalczykら(2019)で行われたプロトコルがひとつの参考になるかもしれない

食事資料20

※表中の数値や結果に関しては,全て*6を参照している

4.今回のまとめ

脂質に関しては,一般人においてもアスリートにおいても摂る必要性よりも摂らない意識性の方が重要だと考えられている(メタボリックシンドロームの増加などが背景にある)

・各脂肪酸について,過多になりがちな飽和脂肪酸を抑え,その分不飽和脂肪酸を多めに摂る必要がある(下に目標量などを示す)

・アスリートにおける脂質の摂取量は,炭水化物とタンパク質の必要量から引いて求める形が一般的(脂質の必要量は定められていないため)

・ケトジェニックダイエットは,体脂肪を中心として体重を減量することが可能なプロトコルであるが,パフォーマンスの低下が見られる可能性が高い

・上を踏まえて,運用する際はオフシーズン期にするべきであり,シーズン期などパフォーマンスを最適化させなければならない時期には行うべきではない可能性がある

【参考.各脂肪酸の必要量・目安量・目標量】
以下に示す値は,全て厚生労働省により発表されている「日本人の食事摂取基準」(2020年版)を基にしている

食事資料21


【他ページへのリンク】

〈ストレングス系〉
◇スクワットについて
 ・スタンス
 ・バック/フロント,マシン/フリー
 ・深さ
 ・バーポジション

〈コンディショニング・スポーツメディカル系〉
リカバリー総論
リカバリーの方法①
熱中症
アメリカンフットボールと脳震盪

〈スポーツ栄養系〉
◇五大栄養素について
 ・カロリー収支とバランス
 ・炭水化物
 ・タンパク質
 ・脂質,ケトジェニックダイエット,栄養戦略(本ページ)
 ・ビタミン,ミネラル

◇エルゴジェニックエイド
 ・カフェイン

〈単発の論文レビュー〉
マガジンはこちら


【引用・参考】

〈参考になりそうな書籍〉
1.NSCAスポーツ栄養ガイド


2.Essentials of Exercise & Sport Nutrition: Science to Practice (English Edition)


*注
1.Kerksick, C.M., Wilborn, C.D., Roberts, M.D. et al. ISSN exercise & sports nutrition review update: research & recommendations. J Int Soc Sports Nutr 15, 38 (2018).

2.Bueno, N. B., de Melo, I. S., de Oliveira, S. L., & da Rocha Ataide, T. (2013). Very-low-carbohydrate ketogenic diet v. low-fat diet for long-term weight loss: a meta-analysis of randomised controlled trials. The British journal of nutrition, 110(7), 1178–1187. https://doi.org/10.1017/S0007114513000548

3.Zinn, C., Wood, M., Williden, M., Chatterton, S., & Maunder, E. (2017). Ketogenic diet benefits body composition and well-being but not performance in a pilot case study of New Zealand endurance athletes. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 14, 22. https://doi.org/10.1186/s12970-017-0180-0

4.Shaw, D. M., Merien, F., Braakhuis, A., Maunder, E. D., & Dulson, D. K. (2019). Effect of a Ketogenic Diet on Submaximal Exercise Capacity and Efficiency in Runners. Medicine and science in sports and exercise, 51(10), 2135–2146. https://doi.org/10.1249/MSS.0000000000002008

5.Sitko, S., Cirer-Sastre, R., & López Laval, I. (2019). Effects of a low-carbohydrate diet on performance and body composition in trained cyclists. Efectos de una dieta baja en hidratos de carbono en el rendimiento y la composición corporal de ciclistas entrenados. Nutricion hospitalaria, 36(6), 1384–1388. https://doi.org/10.20960/nh.02762

6.Michalczyk, M. M., Chycki, J., Zajac, A., Maszczyk, A., Zydek, G., & Langfort, J. (2019). Anaerobic Performance after a Low-Carbohydrate Diet (LCD) Followed by 7 Days of Carbohydrate Loading in Male Basketball Players. Nutrients, 11(4), 778. https://doi.org/10.3390/nu11040778

7.Wroble, K. A., Trott, M. N., Schweitzer, G. G., Rahman, R. S., Kelly, P. V., & Weiss, E. P. (2019). Low-carbohydrate, ketogenic diet impairs anaerobic exercise performance in exercise-trained women and men: a randomized-sequence crossover trial. The Journal of sports medicine and physical fitness, 59(4), 600–607. https://doi.org/10.23736/S0022-4707.18.08318-4

8.Lima-Silva, A. E., Pires, F. O., Bertuzzi, R., Silva-Cavalcante, M. D., Oliveira, R. S., Kiss, M. A., & Bishop, D. (2013). Effects of a low- or a high-carbohydrate diet on performance, energy system contribution, and metabolic responses during supramaximal exercise. Applied physiology, nutrition, and metabolism = Physiologie appliquee, nutrition et metabolisme, 38(9), 928–934. https://doi.org/10.1139/apnm-2012-0467

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