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アメリカンフットボールと脳震盪

※当記事は自分用のメモ的役割を意図して,気になった論文を簡単にまとめたものです
※当記事における「脳震盪」は,全てスポーツ関連の脳震盪を指しています

0.背景

スポーツに起因する脳震盪は様々な競技で発生するが,その中でもアメリカンフットボールは試合中・練習中共に脳震盪の発生率が高い方に分類されると考えられる

実際,Prienら(2018)によるSR(Systematic Review)では,AEs(Athlete Exposures)計算で以下のような事実が示されている*1

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※AEs:選手1名が1回の練習または試合に参加する単位,たとえば50人が1回の練習に参加した場合50AEとなる

AEs換算では,アメリカンフットボールにおける脳震盪の発生件数は,試合ではラグビーに次いで多く,練習でもラグビー,女子アイスホッケーに次いで多い

また,アメリカンフットボールの脳震盪は知名度(?)も高く,たとえば「コンカッション」と題された映画の題材にすらなっている
(また,英版Wikipediaにもアメリカンフットボール関連脳震盪に関するページが設けられている→http://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=36082813)

今回は,そのようなアメリカンフットボールと脳震盪の関連性について見ていく
(この趣旨に則り,前半の病態や評価に関しては厳密な研究・論文の参照,解釈は行っていない)

1.スポーツ関連脳震盪の定義・病態

スポーツ関連脳震盪は,外傷性の脳損傷であり,脳に影響を与える複雑な病態生理学的プロセスとして定義される(McCroryら,2017)

脳震盪によって起こる症状は様々であるが,たとえば以下のようなものが「レッドフラッグ」(=見逃してはいけない危険な徴候)として示されている

コメント 2020-09-09 195114

※上図はNATAの脳震盪に関するページの"Concussion Infographic Handout (pdf), 2017"より抜粋したもの

上から,

・意識障害,ろれつが回らない(不明瞭な発声),反復される嘔吐,見当識障害
・悪化する頭痛,痙攣,注意力の欠如,バランス能力の低下,めまい
・混乱やいらだちの増長,意識消失,四肢の痺れ・弱化,おかしな行動
・光や音への過敏さ(煩わしく感じる),反応の遅延,睡眠障害

また,脳震盪評価のための指標・ハンドブックであるSCAT(Sports Concussion Assessment Tool)の最新版SCAT5においては,以下のような状態を含めた重大な異常が見られる場合は,「救急処置を開始して最寄りの病院への緊急搬送を手配する必要がある」としている

〈SCAT5におけるレッドフラッグサイン〉
・首の痛み,圧痛
・複視(ものが2つに見える)
・四肢の脱力感,燃えるような感覚
・重度,あるいは増大する頭痛
・痙攣
・意識消失
・意識状態の悪化
・嘔吐
・心的変化(落ち着きのなさ,いらだち,戦闘的な心理状態)

その他,IRB(International Rugby Board,国際ラグビー評議会)から出されている脳震盪ガイドラインでは以下のような症状を挙げており,下記症状が見られる場合は「脳震盪疑いとみなし,プレーまたはトレーニングを中止しなければならない」としている
やや長いが全て引用する

〈目に見える脳震盪の手がかり―プレーヤーに認められるもの〉
以下のうちの1つ,または,それ以上の目に見える手がかりがあれば,脳震盪の可能性がある:

• 放心状態、ぼんやりする、または、表情がうつろ
• 地面に横たわって動かない / 起き上がるのに時間がかかる
• 足元がふらつく / バランス障害または転倒/協調運動障害(失調)
• 意識消失、または、無反応
• 混乱 / プレーや起きたことを認識していない
• 頭をかかえる / つかむ
• 発作(痙攣)
• より感情的になる / ふだんよりイライラしている

〈脳震盪の症状―プレーヤーから訴えられるもの〉
以下のうちの1つ,または,それ以上の兆候や症状があれば,脳震盪の可能性がある:

• 頭痛
• めまい
• 意識混濁、混乱、または、動きが鈍くなったような感じがする
• 視覚障害
• 吐き気、または、嘔吐感
• 疲労
• 眠気 / “霧の中”にいる感じ / 集中できない
• “頭が圧迫される感覚”
• 光や音に過敏

〈質問―プレーヤーへ質問すること〉
以下の質問のいずれかの回答に誤りがあれば,脳震盪の可能性がある:

• 「今日の試合会場は、どこですか?」
• 「今は前半ですか? 後半ですか?」
• 「この試合で最後に得点したのは誰?」
• 「先週/前回の試合の対戦相手は?」
• 「前回の試合は勝ちましたか?」


2.脳震盪の評価

まず,いわゆるレッドフラッグサインが見られる場合は,脳震盪かどうかを問わず頭頸部の損傷が疑われるため,直ちに病院への搬送が必要となる

レッドフラッグサインに示されるような症状がないものの脳震盪が疑われる場合は,医療従事者であればSCAT5(13歳以上が対象,12歳以下はChild SCAT5),一般人であればCRT5(Concussion Recognition Tool 5)を用いる

コメント 2020-09-09 205412

※藤原一枝氏のWebページ「藤原QOL研究所」『「CRT5」翻訳版』のページ中のPDFより引用( https://fujiwaraqol.com/home/crt5.html )

SCAT5でもCRT5と同様に,レッドフラッグサインの確認→具体的なスコア評価の手順になる
(SCAT5と検索すればPDFでいくらでも出てくるので今回は具体的な参照は割愛)

SCAT5を使用するにあたっては,Echemendiaらの原文を確認しておくのが望ましいかもしれない?*3

現在では,確実に脳震盪を判断する基準は確立されていないため*2,「疑わしきは脳震盪と判断する」で良いかもしれない
(セカンドインパクト症候群などの重篤な外傷を防ぐという意味でも)


3.アメリカンフットボールの動作と脳震盪

頭を下げた状態での接触が,頸椎損傷のリスクという点で非常に危険であることは,NATAによって示唆されているが(Heckら,2004)*4,これは頸椎に一直線上に衝撃が加わるためであると考えられている

また,Lessleyら(2018)はNFLの2015-2016,2016-2017シーズンのプレーを調査し,脳震盪とアメリカンフットボールのプレー種・動作との関係について以下のような結果を示した*5

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さらに,衝撃の加えられる方向に関して,脳震盪の受傷時にはヘルメット側部が衝撃源となるのが最も多かった
(これは,ヘルメット→ヘルメットも,ヘルメット→身体,ヘルメット→地面も全ての場合で共通していた)
ただし,地面への衝突時に限り,ヘルメット後部が衝撃源となった場合が最も多かった

これはあくまで観察研究であって,ここから因果関係を確定することは出来ないが,良く言われる「側方からのタックルが危険」とうのはあながち間違いではないと言えるかもしれない


また,衝突方向と脳震盪に関して,高校生を対象としたKerrら(2014)の研究では,脳震盪の発症率は,前面での衝突で44.7%,側方での衝突で22.3%であったことを示した*6

さらにこの研究で示唆されている興味深い結果として,頭頂部への衝撃で脳震盪を起こした選手は,その他の部位への衝撃で脳震盪を起こした選手よりも意識消失を起こす割合が有意に高かったというものがある
⇒Head-upの意識の重要性を改めて示唆している可能性


4.その他の要因と脳震盪の関連

【ポジションとの関係性】

(上で示した動作と脳震盪の関係性を考えればおおよそ予想がつくかもしれないが)2つの観察研究では以下の結果が示された

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いずれも観察研究であるので確実な因果関係が成立するわけではないが,パスポジションやセカンダリーは脳震盪のリスクが高いといえるかもしれない
(これらのポジションでは,タックルされるにしろタックルするにしろ,加速している状態からの衝突になるというのが大きいかもしれない)

【試合特性との関係性】

上でも参照したDaiら(2018)は,さらに試合特性との関係性も調査している*7

そこでは以下のような結果が示された

▷アウェイチームは,ホームチームに比べて1試合あたりの脳震盪発生率が有意に高かった
▷試合に負けたチームは,勝ったチームに比べて1試合あたりの脳震盪発生率が有意に高かった
▷NFLの1~16週において,前半1~8週に比べて9~16週では1試合あたりの脳震盪発生率が有意に高かった

特に3つめは,日本の大学アメフトでもその可能性はあるかもしれない…?

また,Hannahら(2019)はNFLの2012-2015シーズンにおいて,試合の重要性と脳震盪の発生率について調査を行った*8

それによれば,重要性の高い試合とそうでない試合では,脳震盪の発生率に有意差はなく,むしろ脳震盪の発生における重要なファクターは1試合あたりのプレー数であることが示唆された

しかし,RBに限っては,重要な試合ではそうでない試合に比べて脳震盪の発生率が有意に高かった(サンプル数は少なかったとはいえ)


5.アメフト選手における脳震盪受傷と長期的な健康状態の関連

「アメフト選手が選手として活動している間に受けた脳へのダメージは,後々の健康状態に悪影響をもたらすのではないか?」ということが,先に挙げた映画「コンカッション」で話題になった(映画の具体的なあらすじはWikipediaなりを参考にされたい)

(アメリカンフットボールに限らず)スポーツ関連脳震盪と長期的な健康状態の関連について,Cunninghamら(2020)のシステマティックレビューでは以下のような結果が示されている*9

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全体的には結果がまちまちで,「一概に悪影響があるとは必ずしも言えない」という程度の結果であった(つまり,悪影響を完全に否定する事はできない?)

しかし,競技をアメリカンフットボールに限定すると結果がやや変わってくる

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その他多くの研究があると考えられるが,やはりアメリカンフットボール選手の脳震盪の既往歴は,その後の健康状態に対してある程度の悪影響を及ぼす可能性が考えられる

その意味でも,脳震盪の予防を行う事が必要であると考えられる


6.まとめ(と脳震盪の予防)

これまでに見てきたように,脳震盪は受傷直後だけでなく長期的な健康状態の悪化を引き起こすおそれがあり,徹底的に予防する必要がある

予防策としてヘルメットやチンストラップをはじめとした防具をきちんと着用するのはいうまでも無いが,その他頸部筋強化のアプローチも中程度に推奨されている(Ennissら,2018)*11

これは高校生アスリート6704名を対象とした時,脳震盪を経験したことのある選手はそうでない選手に比べて首の周囲径が有意に短かった,というCollinsら(2014)の研究を基にしている

また,公式規則も脳震盪をはじめとした頭頸部外傷を予防するためのルールが策定されているため,毎年変更されるルールをきちんと確認し,遵守することもまた重要であるといえる

頭頸部外傷を予防するためのルールの一部として,以下のようなものがある(日本アメリカンフットボール協会の公式規則より)

「ヘルメットは頭部の負傷からプレーヤーを守るもの」と明記し,ヘルメットを武器として使用する事はフットボール綱領の中で戒められる行為の1つとされている

▷そのため,ヘルメットがプレー中に外れた場合,当該のプレーヤーは1ダウンは必ず試合から離れなければならない

▷その他,必要な装具を着用していない事を審判員が発見した場合,当該のプレーヤーは少なくとも1ダウンは試合から離れなければならない

▷正当なタックル,ブロックという行為を逸脱して相手を痛めつけようとする行為(たとえばヘルメットのクラウンからミサイルのように突っ込む行為,接触の前に意図的に頭を下げる,など)はターゲティングとされ,厳しい罰則が科せられる

▷一部を除いて,腰より下のブロックは正面の方向(相手が視認できる,10時から2時の間)でのみ許される
(つまり予測が困難(不可能)な一からは当たれない)

などが挙げられる(その他の規則や厳密な定義については公式規則を確認されたい)


【他ページへのリンク】

〈ストレングス系〉
◇スクワットについて
 ・スタンス
 ・バック/フロント,マシン/フリー
 ・深さ
 ・バーポジション

〈コンディショニング・スポーツメディカル系〉
リカバリー総論
リカバリーの方法①
熱中症
◇アメリカンフットボールと脳震盪(本ページ)

〈スポーツ栄養系〉
◇五大栄養素について
 ・カロリー収支とバランス
 ・炭水化物
 ・タンパク質
 ・脂質,ケトジェニックダイエット,栄養戦略
 ・ビタミン,ミネラル

◇エルゴジェニックエイド
 ・カフェイン

〈単発の論文レビュー〉
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【引用・参考】

*注
1.Prien, A., Grafe, A., Rössler, R., Junge, A., & Verhagen, E. (2018). Epidemiology of Head Injuries Focusing on Concussions in Team Contact Sports: A Systematic Review. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 48(4), 953–969. https://doi.org/10.1007/s40279-017-0854-4

2.McCrory, P., Feddermann-Demont, N., Dvořák, J., Cassidy, J. D., McIntosh, A., Vos, P. E., Echemendia, R. J., Meeuwisse, W., & Tarnutzer, A. A. (2017). What is the definition of sports-related concussion: a systematic review. British journal of sports medicine, 51(11), 877–887. https://doi.org/10.1136/bjsports-2016-097393

3.Echemendia, R. J., Meeuwisse, W., McCrory, P., Davis, G. A., Putukian, M., Leddy, J., Makdissi, M., Sullivan, S. J., Broglio, S. P., Raftery, M., Schneider, K., Kissick, J., McCrea, M., Dvořák, J., Sills, A. K., Aubry, M., Engebretsen, L., Loosemore, M., Fuller, G., Kutcher, J., … Herring, S. (2017). The Sport Concussion Assessment Tool 5th Edition (SCAT5): Background and rationale. British journal of sports medicine, 51(11), 848–850. https://doi.org/10.1136/bjsports-2017-097506

4.Heck, J. F., Clarke, K. S., Peterson, T. R., Torg, J. S., & Weis, M. P. (2004). National Athletic Trainers' Association Position Statement: Head-Down Contact and Spearing in Tackle Football. Journal of athletic training, 39(1), 101–111.

5.Lessley, D. J., Kent, R. W., Funk, J. R., Sherwood, C. P., Cormier, J. M., Crandall, J. R., Arbogast, K. B., & Myers, B. S. (2018). Video Analysis of Reported Concussion Events in the National Football League During the 2015-2016 and 2016-2017 Seasons. The American journal of sports medicine, 46(14), 3502–3510. https://doi.org/10.1177/0363546518804498

6.Kerr, Z. Y., Collins, C. L., Mihalik, J. P., Marshall, S. W., Guskiewicz, K. M., & Comstock, R. D. (2014). Impact locations and concussion outcomes in high school football player-to-player collisions. Pediatrics, 134(3), 489–496. https://doi.org/10.1542/peds.2014-0770

7.Dai, J. B., Li, A. Y., Haider, S. F., Tomaselli, R., Gometz, A., Sobotka, S., Post, A. F., Adams, R., Maniya, A. Y., Lau, G. K., Kaye-Kauderer, H. P., Lovell, M. R., & Choudhri, T. F. (2018). Effects of Game Characteristics and Player Positions on Concussion Incidence and Severity in Professional Football. Orthopaedic journal of sports medicine, 6(12), 2325967118815448. https://doi.org/10.1177/2325967118815448

8.Hannah, T., Dreher, N., Shankar, D. S., Li, A. Y., Dai, J., Lovell, M. R., & Choudhri, T. F. (2019). The Effect of Game Importance on Concussion Incidence in the National Football League: An Observational Study. Cureus, 11(11), e6252. https://doi.org/10.7759/cureus.6252

9.Cunningham, J., Broglio, S. P., O'Grady, M., & Wilson, F. (2020). History of Sport-Related Concussion and Long-Term Clinical Cognitive Health Outcomes in Retired Athletes: A Systematic Review. Journal of athletic training, 55(2), 132–158. https://doi.org/10.4085/1062-6050-297-18

10.Kerr, Z. Y., Thomas, L. C., Simon, J. E., McCrea, M., & Guskiewicz, K. M. (2018). Association Between History of Multiple Concussions and Health Outcomes Among Former College Football Players: 15-Year Follow-up From the NCAA Concussion Study (1999-2001). The American journal of sports medicine, 46(7), 1733–1741. https://doi.org/10.1177/0363546518765121

11.Vos, B. C., Nieuwenhuijsen, K., & Sluiter, J. K. (2018). Consequences of Traumatic Brain Injury in Professional American Football Players: A Systematic Review of the Literature. Clinical journal of sport medicine : official journal of the Canadian Academy of Sport Medicine, 28(2), 91–99. https://doi.org/10.1097/JSM.0000000000000432

12.Enniss, T. M., Basiouny, K., Brewer, B., Bugaev, N., Cheng, J., Danner, O. K., Duncan, T., Foster, S., Hawryluk, G., Jung, H. S., Lui, F., Rattan, R., Violano, P., & Crandall, M. (2018). Primary prevention of contact sports-related concussions in amateur athletes: a systematic review from the Eastern Association for the Surgery of Trauma. Trauma surgery & acute care open, 3(1), e000153. https://doi.org/10.1136/tsaco-2017-000153

13.Collins, C. L., Fletcher, E. N., Fields, S. K., Kluchurosky, L., Rohrkemper, M. K., Comstock, R. D., & Cantu, R. C. (2014). Neck strength: a protective factor reducing risk for concussion in high school sports. The journal of primary prevention, 35(5), 309–319.




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