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医者の後悔

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医者は後悔しても口に出すことは少ない。でも後悔の連続だ。
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遅すぎるのは承知だが謝りたい

遅すぎるのは承知だが謝りたい

≪看護師さん、ごめんなさい≫

その看護師さんは、研修医時代からの知り合いで、若いころの写真はアイドルのようにポーズをとって笑っていた。機知に富み仕事もできた。同世代であり話も合った。40代で彼女は主任となり、ゆくゆくは師長となるはずだった。
自然気胸の患者さんに胸腔ドレーンを挿入することになり、彼女が介助についた。患者さんの脇にメスを入れるが、介助が一向にすすまない。彼女はうろうろ、おどおどする

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まな板の上の肛門は諦めた

まな板の上の肛門は諦めた

大腸内視鏡検査はいやなものだ。勤務先の病院で受けるなんて言語道断。お尻をみせながら同僚とどういう会話をするのだ。
あの恐ろしくまずい下剤を2リットルちかく飲むのはがまんしよう。患者さんには当然のように指示するのだから。
しかし、あの屈辱的検査着を着て肛門を差し出すなどマウンティングされてる猿の状況だ。相手が圧倒的に優位な立場にある。
不特定多数の肛門のひとつとしてこっそり検査を受けたい。ネットで少

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「異常ありません」で生還する

「異常ありません」で生還する

肺がん検診では胸部エックス線検査で、がんの可能性がある陰影を「要精密検査」とする。受診者はその結果を見て驚き、病院でCT検査を受ける。みんな、「自分は肺がんになってしまった」と、硬い表情で診察室に入ってくる。
胸部エックス線検査の写真には、小さな陰影や淡い陰影、以前からの古い陰影、骨、乳房など、無数の要素が写りこんでいる。そのなかで、肺がんを否定できない陰影を要精密検査とするのであるが、その陰影が

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患者さんの立場になって、と言うけれど

患者さんの立場になって、と言うけれど

肺がんの患者さんが入院していた。その患者さんは第4病期もすすんでおり、あと1か月程度であろうと家族には説明していた。その後、2週間が経過していた。家族は患者さんと話をし、患者さんも穏やかであったが、家族が帰宅した、その夜急変した。
亡くなってから家族に責められた。「最期に、手を握って、お父さんありがとう」と言いたかったと。家族の悲しみは、怒りとなって私に向けられた。病院の投書箱に不平を並べた手紙を

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会社を辞めて医者になった

会社を辞めて医者になった

≪会社を辞めて医者になった≫

29歳までは出版社で学術雑誌の編集していた。執筆者は学者ばかりであったが、高名な研究者ほど純粋であり話が楽しかった。
学者バカという言葉があるが、バカになれなかったから私たちは凡人なのである。
仕事に不満はなかったが、30歳を前に突然道を変えたくなった。変えたくなったとしか言えない。旅先で先の見えない細い小路が現れると、本来の目的地を忘れ誘導されてしまうという感じだ

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患者さんはえらい、なぜできるのだ

患者さんはえらい、なぜできるのだ

≪尿検査≫

患者さんはえらいと思う。「じゃ、尿を取ってきてください」と言うと、たちどころに提出してくれる。
私の場合、「取れって言われてもなぁ」と、便座にすわり採尿のコップを握りしめて待つが、尿道括約筋は凛として引きしまる。人感センサーのついたトイレではライトが消えてしまうので、便座で手を振ったりしている。誰も見ていないからいいが。
心電図では看護師さんに何回も「力を抜いてください」と言われても

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記憶には意味がある

記憶には意味がある

≪3歳の記憶≫

いちばん遡れる記憶は3歳と2か月、伊勢湾台風の夜。米作りをしていた父母は田んぼを見に行ってしまい、2歳上の兄と二人で残された。ごうごうと荒れ狂う風雨が古い家を揺らしていた。停電していて真っ暗だった。私は恐ろしさで泣き続けた。兄は寝てしまっていた。ただただ恐ろしかった。父母はもう帰ってこないかもしれないと思っていた。
がらがらっと引き戸を開けて、黒いカッパから水をたらしながら父母が

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「これはゴミだ」の真実

「これはゴミだ」の真実

≪ばーか、これはゴミだ≫

医学部の専門課程では組織学の授業がある。組織学とはプレパラート上に固定された標本の顕微鏡観察である。臓器の細胞と細胞間構造を観察し、病理医はこれをもとに診断をくだす。
その訓練のために、学生は顕微鏡を覗きながら何本もの色鉛筆でスケッチし所見を書く。何の臓器であるか、正常か異常か、どういう所見があって、何が考えられるか。
最初は両眼視ができない。二つの接眼レンズを覗いても

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恐ろしい経験/右か左か

恐ろしい経験/右か左か

≪右か左か≫

突然、絶対絶命のピンチに立たされることがある。
自分の選択が患者さんの命を決める、間違ったら患者さんの生命、私の医者生命にかかわる。熟考し検討する時間はない。
重度の肺気腫で気胸を合併した患者さんが入院していた。気胸は肺に穴があき、肺が虚脱する。完全に虚脱してしまうと、右肺は機能しない。肺虚脱だけでなく循環を悪化させ、短時間で命に関わる状態になることもある。ドーレンという管を胸腔に

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リンゴは口から食べるものだ

リンゴは口から食べるものだ

≪上に座ったら≫

救急外来はいろんな事が起こる。。延命措置は絶対しないと言っていた90代のおじいさんが、動転した家族が救急車を呼んだばかりに、気管挿管され心臓マッサージを受けている。漫画喫茶を転々としていた若者が倒れて搬送されたが、胸部写真では結核が疑われ大慌てとなる等々。
ある夜、肛門にリンゴが入った若い男性が来院した。取ろうと苦労した末のことだろう。結構あることだが、リンゴが入るとは驚いた。

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お医者様はいらっしゃいますか?

お医者様はいらっしゃいますか?

≪いますけど…≫

航空機内でドクターコールを聞いたことはあるだろうか。さっそうと登場し、かっこよく処置をしたいが簡単ではない。よかれと思ってやった処置でも結果が悪ければ訴訟のリスクがある。病院内でも結果が悪ければ問題となる場合があり、まして機内では道具なし、情報なし、専門外の領域で戦わなければならない。航空会社や国によって責任の表現が微妙である。重大な過失でなければ問われないのが原則だが、重大な

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不老不死なんて拷問だ、その時が来たら迎えに来て

不老不死なんて拷問だ、その時が来たら迎えに来て

≪不老不死なんて≫

古の権力者は不老不死の妙薬を求めた。現在もアンチエイジング市場はとどまるところを知らない。
不老不死なんて拷問だ。あと100年生きろと言われたら地獄だ。私はごめんだ。定められた時が来たら迎えに来てほしい。終わりがあるからなんとか頑張れる。終わりがあるからいとおしく思う。桜が3か月も咲いていたらどうだろう。
エイジングはアンチするものではなく、1年1年失うと同時に獲得するもので

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水がゴクゴク飲めなくなったら終わりにしたい

水がゴクゴク飲めなくなったら終わりにしたい

≪延命措置は希望せず≫

父と母が二人で施設に入ったのち、延命措置希望せずの書類を用意した。離れて暮らす私はすぐ駆けつけることができない。胃瘻や人工呼吸器がどういるものであるかを私は知っていたし、この同意書の重要性は身にしみていた。父も母も異論はなかった。
その日の父の日記には「延命措置は希望しない書類に署名した」と書かれていた。
その後、母が入院した。脳梗塞のようであった。麻痺はなかったが、立ち

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ポキールを覚えている

ポキールを覚えている

≪ポキールを覚えている≫

人間ドックの便潜血検査では2回分の検体が必要である。3日以上は冷蔵庫に入れてくださいとある。三重四重にして野菜室に入れた。翌日、すっかり忘れ、「あれ、3日前のほうれん草かしら」と思い、取り出してから思い出したときの不愉快な気持ち。保存液の改良とか何とかならないものか。そもそも検体を採取するときの、おおげさな慎重さと、していることの滑稽さが相容れない。
小学生のころ、蟯虫

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