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会社を辞めて医者になった

≪会社を辞めて医者になった≫

29歳までは出版社で学術雑誌の編集していた。執筆者は学者ばかりであったが、高名な研究者ほど純粋であり話が楽しかった。
学者バカという言葉があるが、バカになれなかったから私たちは凡人なのである。
仕事に不満はなかったが、30歳を前に突然道を変えたくなった。変えたくなったとしか言えない。旅先で先の見えない細い小路が現れると、本来の目的地を忘れ誘導されてしまうという感じだ。
変えたいと思ったら抑えられない。辞表を提出していた。なぜ医学部であったか。周囲に医者がいるわけでもなく、子供時代は健康優良児で病院の世話にはなっていない。仕事を辞めるために会社や親を納得させる、それなりの理由が必要だったからか、よく覚えていない。
お金がもったいなくて予備校には通えなかった。失業保険をもらいながら図書館に通った。受験勉強は12年ぶりで、問題が一つも解けなかった。何を言っているのかさえ分からなかった。すぐ後悔したが誰にも言えなかった。合格する自信は消失したが、1回は受験しないと申し訳がたたないと思って続けた。問題が少しずつ解けてくると、新鮮であった。理解できる喜びがあった。十数年ぶりの感覚であった。
1月の共通一次試験の会場は母校の大学であった。勝手がわかる会場でよかったと思っていたら、教室の試験監督官はゼミの恩師であった。顔を伏せてばかりいると怪しまれる。目が合った。受験票を見ている。恩師は「お前はここで何をしているのだ」という表情で固まっていた。監督官と受験生は私語を交わすことができないのが幸いであった。
3月受験が終わってみると合格していた。次の仕事を考えていたので驚いた。同級生の2割は私のように他の大学を卒業した既卒者であった。医者を一人育てるのには莫大なお金がかかるので、年齢がいってからの医学部入学は損失であるという議論がある。しかし、編集者時代は私の誇りであり無駄に思ったことは一度もない。


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