マガジンのカバー画像

3分で読めるストーリー

19
大人向けの短いストーリーを書き溜めていきたいと思います。
運営しているクリエイター

2020年7月の記事一覧

真夜なかの天使

真夜なかの天使

「あたしの羽根が欲しいの?」

 雪沢のまっすぐな瞳がぼくを射抜いた。夜の教室は月明かりだけがぼくらを照らし出していて、まるで舞台の終焉のようだった。雪沢は上半身はだかで、大きくない胸をさらしているのにはずかしがるようすはない。下はプリーツのスカートで細い膝をのぞかせている。肌は白いがところどころ日に焼けたように赤くなっていて少し痛そうだった。それが、透明な青い光に透けて幻想的にも見えていた。もっ

もっとみる
重い

重い

 わたしの目に映らなくなってしまったものがあった。わたしはそれがとても好きだったので大切に、大切にしてきたしたくさん愛情を注いでいつも声を掛け見つめ、とにかく、それはそれは大事にしてきたのである。

 それが見えなくなってしまった。
 それはいつでもそこにあった。わたしの隣にあって、なにかと役立っていたような気もするしわたしをひどく疲弊させるものであった気もする。それでも心から大事に思っていた。

もっとみる
ひとりで歌うおんなのこ

ひとりで歌うおんなのこ

朝の静けさに包まれた町の、そこかしこが穴ぼこの石の円形劇場で、女の子は歌っていました。雲が流れてきて、たずねます。
「どうして誰もいないのに歌っているんだい」
「歌いたいからよ」
女の子は笑って言いました。

「ひとりでさみしくないのかい」
「こうして、あなたみたいに声をかけてくれる人がいるもの、さみしくないわ。あなたもひとりなのね?」
女の子がそう聞くと、雲はばかにしたように笑って言いました。

もっとみる
いたずら猫共

いたずら猫共

 実樹の悩みは、顔にたったひとつある、大きなにきびでした。

十四歳になるころに右の頬にできたにきびは、十五歳を迎えた今日まで、ゆっくりと確実に育っていて、だんだん目立つようになってしまいました。気になって気になってついつい触ってしまうのでばい菌が入っているのかもしれません。

お母さんはよく実樹を見て、「あんた、触るからひどくなるのよ」と言っていました。そしてこうも言いました。「じきに治るわ。若

もっとみる
男のゆくえ

男のゆくえ

 アニーズ通りは、灰色の石畳で埋め尽くされた灰色の町の、一番貧しいはずれにある。そこの街灯も人々も、不安な様子に満ちている。冷たい緑色の光を放つ街灯は、いつもアニーズ通りを一定の間を空けてぼちぼちと並んでいた。
 しかしその晩は少しだけ違った。ある一本の街灯の下に、さらに冷たいものがあった。

 男はその朝、朝から吐き気と頭痛に震えが止まらなかった。それというのも、昨夜は飲んだくれてしまい、飲み屋

もっとみる

ひとくいおに

 とてつもなく高い、とうのようながけのような山がありました。その山はひとつではなく、十以上が集まって立っていました。山の頂上は平らにならされ、いくつかには家がたち、またいくつかには学校がたち、またまたいくつかには果物屋や薬屋や服屋といった生活に必要な物を売る店がたっていました。そこに百人以上の人が住んでいました。
 山と山をつないでいるのは、山のツルやツタで作られたがんじょうなつり橋でした。何本も

もっとみる

華の種子ごっこ

 私は書斎で本に埋もれていた。茶色く艶々した床張りのそこに四肢を投げ出して。かび臭いにおいと埃っぽさと紙に染み込んだたくさんの想いたちが私をぐうっと包んでいて、それはそれでありなのかもしれないけれど、すこしだけ視界は霞みがかっているように感じた。電気のついていない薄暗く狭いこの洋間が最後に窓をあけられたのはいつだったっけとふと思考を巡らせる。ぼんやりと卓上のすずらん型のランプに目を留め、それから視

もっとみる
羊の夢

羊の夢

 薄茶色の壁に散らばる、えんじ色の小花と若草色の蔓。窓は木枠で縁取られていて、薄い黄色のカーテンがゆったりと束ねられている。オーガンジーのレース編みのカーテンが、淡く夕方のひかりを部屋に透かしていた。

明確なかたちのない影は、床に届くまでにぼやけてしまっている。
 そこは小さな屋根裏だった。唯一の出入口である小人の通り道のような、小さな扉ですら、この部屋では大きく見えるほどだった。

 天井は窓

もっとみる

ヤン博士の数奇な人生

ヤン博士は孤独な男だった。好きな女性とは結ばれず、理想の結婚生活は理想のままに終わってしまう人生に嫌気がさしていた。

かなしさがもし、キャンディのように口に放りこめるものだったなら、憎しみや恨みは溶けてなくなり、人々はしあわせに暮らせるかもしれない。

そう考えたヤン博士は、まず、かなしみを抽出する機械を作ろうと考えた。脳波を測定する機械に自分の体をつなぎ、かなしみを感じた時の数値を計測。繰り返

もっとみる