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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2022年12月の記事一覧

「愛するということ」を補強するーミニ読書感想「エーリッヒ・フロム」(岸見一郎さん、講談社現代新書100)

「愛するということ」を補強するーミニ読書感想「エーリッヒ・フロム」(岸見一郎さん、講談社現代新書100)

岸見一郎さんの「エーリッヒ・フロム」(講談社現代新書)が勉強になりました。100ページ程度の短い分量でまとめた「一気読みできる教養新書」を銘打つ「現代新書100(ハンドレッド)」シリーズの一冊。フロム氏の名著「愛するということ」のファンでしたが、その内容を補強できるコンパクトな内容になっていました。

「一気読みできる教養新書」と聞くと昨今話題の(問題視する声もある)「ファスト教養」の一種だと見る

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偏見の芽をつむーミニ読書感想「ボーダー 移民と難民」(佐々涼子さん)

偏見の芽をつむーミニ読書感想「ボーダー 移民と難民」(佐々涼子さん)

ノンフィクション作家佐々涼子さんの「ボーダー 移民と難民」(集英社、2022年11月30日初版)は胸にずしりと残る一冊でした。難民申請が認められず、いわゆる「入管施設」に収容された人々に肉薄する。また他方、移民をほとんど認めない日本で「技能実習生」として暮らす人々にもスポットを当てています。

本書を読むまで、入管施設に収容された外国人は何かしらの法令違反を犯しているのかと思っていました。もちろん

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心を宇宙へ飛ばすーミニ読書感想「流浪地球」(劉慈欣さん)

心を宇宙へ飛ばすーミニ読書感想「流浪地球」(劉慈欣さん)

中国SFの金字塔「三体」シリーズの著者、劉慈欣さんの短編集「流浪地球」(KADOKAWA)が面白かったです。収録作はほぼ、宇宙が舞台。心を果てしなく遠い世界へ飛ばし、著者の圧倒的な想像力の世界に浸り、ぐーんと羽を伸ばせる作品集でした。

特に好きになったのは「呑食者」。星を飲み込み進む世代間宇宙船に乗った未知の侵略者、呑食者と人類との攻防を描き、「三体」にかなり近い世界観を感じます。

「三体」で

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最期まで書き続けた作家ーミニ読書感想「無人島のふたり」(山本文緒さん)

最期まで書き続けた作家ーミニ読書感想「無人島のふたり」(山本文緒さん)

2021年10月に亡くなった作家山本文緒さんが、旅立つ直前まで書き綴った日記「無人島のふたり」(新潮社)に胸を打たれました。最期の最期まで、書くことを手放さなかった山本さん。闘病の痛みや苦しみと共に生きながら、紡ぎ出した言葉が本書にはあふれていました。

当然ながら、死は物語ではない。だから日記を書く当時の山本さんは、ご自身がいつ亡くなるのかなんて分かりません。体調が弱り、いつ書けなくなるのかも分

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連累と歴史への真摯さーミニ読書感想「過去は死なない」(テッサ・モーリス・スズキさん)

連累と歴史への真摯さーミニ読書感想「過去は死なない」(テッサ・モーリス・スズキさん)

歴史学者テッサ・モーリス・スズキさんの「過去は死なない」(岩波現代文庫、2014年6月17日初版発行)が非常に勉強になりました。戦争責任とは少し異なる「連累」という考え方と、歴史の「真実」よりも「真摯さ」を追求する大切さを学びました。

連累(インプリケーション)とは、戦争責任とは少し異なる。著者は以下のように説明します。

もう70年余り以前の戦争の行為について、心の底から「今を生きる私たちの責

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ホモ・デウスになる覚悟はあるか?ーミニ読書感想「セックスロボットと人造肉」(ジェニー・クリーマンさん)

ジャーナリスト、ジェニー・クリーマンさんの「セックスロボットと人造肉」(双葉社)が(言葉は適切か分からないが)面白かったです。タイトルが非常に刺激的ですが、性愛、食、そして妊娠出産、死(人生の最期)という人間の根源的な四つのテーマについて、劇的な変化をもたらすテクノロジーの現在地を取材して回った好著です。

ロボットと性愛を交わし、生身の人間は必要ない。高級牛肉を工場で、細胞から生産する。人間では

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この本に出会えてよかった2022

この本に出会えてよかった2022

今年も決して楽な一年ではありませんでしたが、傍らにはいつも本がいてくれました。世界全体が激変する一年でもありました。その激動に困惑する頭と心を整理してくれたのもまた、本でした。中でも「この本に出会えてよかった」と思える10冊を選び、紹介したいと思います。

思い起こしてみて、素晴らしい本は、また別の素敵な本を連れてきてくれるとしみじみ感じました。それぞれが結び付く関連本もなるべく触れていきたいと思

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幸せ志向を脅迫的だと感じる人へーミニ読書感想「ハッピークラシー」(エドガー・カバナスさん、エヴァ・イルーズさん)

幸せ志向を脅迫的だと感じる人へーミニ読書感想「ハッピークラシー」(エドガー・カバナスさん、エヴァ・イルーズさん)

心理学者エドガー・カバナスさん、社会学者エヴァ、イルーズさんによる「ハッピークラシー 「幸せ」願望に支配される日常」(みすず書房2022年11月1日初版、高里ひろさん訳)が面白かったです。テクノクラシー、メリトクラシーなどの言葉があるように、ハッピークラシーは「幸せ至上主義」「幸せ支配」とも言える造語。ポジティブ心理学など近年の前向き志向を痛烈に批判します。「市場価値を高める」といった昨今のバズワ

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