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最期まで書き続けた作家ーミニ読書感想「無人島のふたり」(山本文緒さん)

2021年10月に亡くなった作家山本文緒さんが、旅立つ直前まで書き綴った日記「無人島のふたり」(新潮社)に胸を打たれました。最期の最期まで、書くことを手放さなかった山本さん。闘病の痛みや苦しみと共に生きながら、紡ぎ出した言葉が本書にはあふれていました。


当然ながら、死は物語ではない。だから日記を書く当時の山本さんは、ご自身がいつ亡くなるのかなんて分かりません。体調が弱り、いつ書けなくなるのかも分からない。その日まで、ギリギリまで書き続けるのです。

本当の意味で窮地に陥ってもなお「書き続ける自分自身」に山本さんは苦笑する。それでも書き続け、それによって救われる自分に気付く。旧知の編集者に連絡を取り、本書の刊行の段取りもつけていく。

何より印象に残っているのは、残される家族である夫への思い。夫がぐっすり眠っているのを、起こすのをためらうシーンがあります。「余命宣告された妻の世話をする夫」から解放されているのは、眠っているこの瞬間だけではないか、と。自分が旅立つ苦しみより、残された夫の悲嘆の大きさを想像して胸をかきむしる山本さん。これこそ愛だ、と感じました。

タイトルにある「無人島」の例えも印象深い。山本さんは夫とふたり、無人島に流されたような気持ちになる。しかし最期が近づくと、その夫もまた「本島」に戻るんだ、と言う感覚になる。死とは「生きる側が亡くなる側を送り出す」だけではなく、「亡くなる側が生きる側を送り出す」側面もあるんだな、と気付かされました。

そして最後のページ。死は予想がつかない以上、こういう終わりにならざるを得ないのは分かっていても、悲しい。もっと山本さんの言葉に触れていたかった。

山本さんという作家さんを知ったのは「自転しながら公転する」(新潮社、2020年)を読んでからで、正直遅すぎました。しかしながら、このあと、山本作品を読み進めたいと思います。無人島に手紙の入ったボトルを届けるように、「素敵な物語をありがとうございます」という思いを伝えたい。

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