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好きな詩 とか(2022年)

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#現代詩

方解と花

核には雨が降っている
聖なるものの及ばない底で
これは会心の雨になるだろうからと
きみは目を瞑った
——星が燃えている

春、淡々と孵化してゆく光子が
みずうみの上で踊っている
透明なものは存在しない
その器官を指でひろげると
卑猥な音がするから——星が燃えている
雨粒がたがいに反感する頃
手の皺にひそむ祈りは呪いになって

見るものすべてがさらさらになるように
こころを削っている
鍵盤はころころ

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しばらくの布帛

川底を手繰ってブロードは
うみだされている
わからない指はほどけなければならない
しぶきをあげた星のひとつを拾いあげ
線が失せてゆく
線が失せてゆく

とろとろの残酷が内ぶたを回し
歯ぐきの薄桃色はときめいている
春が黄身をわってまわる頃に
暈を纏わってなめらかになりたい
印象をくゆる累々は花びらをふるい
その円錐をかすかに均すために
ふいごからは気色のない谺が届けられる
およそ同じ顔をした牛たち

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ここに惜しみない沈黙を捧げよ

ぼくは予感した——みんな光に由来していること
まじりけのない薄暮
揉まれた氷 償いようのなさで
かたちを失った 森はあかるくそしてまた、くらい

新芽は甦るもの 雨のいちずさ
ふるえる手は赤土をわかちあい
見るもののない 神々しい麦のつやつやに
したたる稲妻 礼讃の
体言、そのあまりにつよい静止……

無垢へ ふくらみつつある耳朶
野の顔、——どうやって弔おう——そちらから邂逅する
濡れた野木瓜の

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「1カウント」【詩】

もし
ここから
今すぐに
消えてしまえたなら

名前も
国籍も
血、肉、骨
においさえ

この世に存在したという
あらゆる
痕跡を
すべて消し去り

スマホ操作のごとく
ワンクリックで
簡単に
なかったことに
してしまえたら

宇宙にも行ける
この時代
それぐらいのこと
できてしまうんじゃないか?

ふとそんな幻想を
抱いてみるけど

曲がりなりに生きてきた
経験が
不可能であることを
私にわから

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世界の猫へ、この夜を捧ぐ

世界の猫へ、この夜を捧ぐ

夜は猫たちの国だ
光源の知れない僅かな反射光で煌めく両眼が
誰にも見えない黒の果てを射抜く
誰も喋らないただ静かな夜がくることを
猫たちは太古から祈っている
祈りの中で彼らは生まれくる

触れられぬことを代償に生きるのだ
強さではなく弱さ故に
闇の中で形作る歪んだ輪郭を
月光が撫でる
あの白さえ、あの冷たささえ
ここでは救済になる

走る、はしる、あてもなく、
独りだ、どこまでも、独りで
だからこ

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優しくなる

優しくなる

それでいいんだ

きみがどんどん大人になって

打算を覚えて ずる賢くなり

夢さえ忘れて 諦念を選び

無意味なことが

本当に無意味に思えても

それでいいんだ

もう素敵な詩が書けなくなっても

もう世界が青く見えなくても

あのころのきみの面影が

消えてなくなるわけじゃない

きみは優しくなるだけだ

なにもなかった孤独な世界を

はじめて照らした光のように

きみは優しくなるだけだ

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架空の麦

知らない主語を思い出しては
田園をあるく
呟きがかたちになる前に
未熟な梨はとろける
例の穂波 おおよその山なみ

煮詰めたクリームを塗って
日記は完成した けれども
ぼくたちは許されることがない
それでも折る民は
(家に帰りたがっている)

埃をかぶった粗末な榑
寂れた蔵の奥から覗くにこやかな
比喩の子どもたち
おもしろい顔がおそろしくなるとき
誰がそれを見つめ続けられるだろう

あらゆる変化は

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ありふれ、あふれ

私たちは忘れていた
あらゆるものが静止を知らず
瀑布の下で待っている穏やかな
<警告>
己にまっすぐであること、それは
みずからを曲げないことではない

私たちのふざけた手
切り分けても
切り分けても
なくなることがない
<責任>
「夜には冷たい礎を抱え、朝がくればまた迎え入れればいいのです」
——ああ、みじかい紐になりたい

どんな感銘もあたえないで
うみの蓋をあける
折々を占有しているものたち

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破線は再会する

今のきみは鎮魂そのものだった
みんなぼくらを類推していたから
もうここにはいないと嘯く
(どこにでもいるよ)
無数の息はぷかぷかと
綿花を注いでいる 空に

光の剥製に触れていた
沈黙するように生命は
洗われなくてはならない
ばら撒かれたこころ
ひろい集めることもなく

濡れた衣を着たあとに人は
エクリチュールになる
泡のまにまに もこはふくらむ
そして、あらゆる意味は縮絨する

ぼくは以下のもの

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文脈がわからなくなったあとに

梢が首を垂れている
蕾の重みに耐えられないからだ
自らの声がこの掌を振り払うような
憐れな日々がありました

瓶のなか、くだけてとけた果物
わからないことが根絶されるようにして
かつての澱が落ちていったから
きみはやさしいひと

魚たちは回遊する
誰もが信仰をひけらかして
意思の雲母がわれた
ああ!
きみにかける言葉が見つからない!
きみにかける言葉が

そうしてまた失った
蛇口からこぼれる慈悲の

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罷る釘、刮げる咎

肉厚な絵を見つめていた
壁にペンキを塗るとわかるような
不純な祈りもあるだろうか
世界への興味を失ったひとが
ひとり、またひとりと

引き渡せよ、今すぐに
ぼくの番は終わっていた
きのうの朝焼けが砂糖をとかして、
「ああ、これが今のぼくか」
刺さっていたものが
尽く抜け落ちたのでしょう?

黒く澱むシンクのなか
ぷかぷかする蜜柑は
浮き沈みの訳を教えてくれる
残虐という言葉の棘皮をひん剥いて
その

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装置たち

装置たち

規律は疑う余地がないらしい。
与えられるものにとって
目的と動機は意味をなさないからだ。
検出されたエラーは速やかに
是正されるべく取り除かれる。

生に心酔しているものは
あらゆる殺生与奪を感知しない。
さればこそ
本物の笑顔を見せてくれないか?

共感する動物たちが
愚直に太陽を追いかける。
灯のない部屋では塵のひとつも
存在することができない。

自動化すること。
建設はそこから着手する。

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塔と穴

きみの粉末で
穴をみがく
言葉にあいた穴
誕生のための

(血が流れている)
頭がでかい!

塔のかげは
殺生したり
救済したりする
よって
ない塔をこそ
建てなけばならない

反復する
罪の
累々によって
比喩を捨てた塔は
生まれるという罪で
穴を迂回する
迂回して
嘔吐だ

時制がゆるまり
穴を指向する水は
勾配をあやまっている
積めよ、罪をこそ
清らかな穴
汁まみれにして
突き抜けるやつは

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切なる肌理

いかなる夜をきりとるか
うたをふらせる精霊は
いつかの処刑を待ち侘びる
過ちばかりが目にとまるのは
月が増えてゆくからなのです
まごころのかたちは
海よりもなお深く 暗く

花のように生きたくて
まなざしをへし折った
朽ちてしまった絵画を
抱き締めている白鳥
祈っているようだ
とり残された食卓に
ひかり射す朝は

ほぐれていく王の神経
紛争は丁寧だった
ぼくの人生はどうだ?
湖をひっくり返すように

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