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#15 商店街についての愛を語る

幼少時の揺れる記憶

 人が息をするように、共に歴史を刻んできた商店街。昼時だというのに、赤ら顔をしたおじさんたちがグラス片手に談笑をしています。皆が皆、リラックスして思い思いの時間を過ごし、幸せそうな様子でした。

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 幼い頃、親に連れられてわたしはよく商店街へと足を伸ばしました。当時は土地勘がないので、親の手にただ引っ張られるだけ。自分自身、一体どこにいるのか全くわかりません。抑えきれないほどの高揚感に包まれて、幼い妹と共にはしゃいで駆け回った記憶。今でも、引き出しの奥にそっとしまわれているはずです。

 商店街を歩いていると、毎回ひどく懐かしい気持ちになります。はるか昔、わたしがどこかに置いてきてしまったもの。道行く人たちは、ニコニコと微笑みかけてくれて、どこからか懐かしいコロッケの匂いがします。

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少しずつ一歩ずつ

 そういえばわたしがフィルムカメラに興味を持った際、最初に写真を撮った場所が戸越銀座だったんです。

 初めて手にしたフィルムカメラは、確かにズッシリとした重みを帯びていて。ファインダーを覗いて、ボタンを押すたびにガシャンとシャッターの下りる音がする。日常の空気感が、そのまま切り取られていく感覚。

 戸越銀座には不思議な活気に満ち溢れていて、一本筋で辿っていく道路の両脇にはひしめくようにお店が並んでいます。中華料理屋、惣菜屋、カメラ屋、かき氷屋、リサイクルショップ、床屋……。傍観者として街を歩いていると、何一つとして同じ形態のお店がないから驚きました。

 長い時間をかけて、おそらく街に住む人たちがこの場所に足りないものはなんだろうかと考えを巡らせて、少しずつお店が増えていったのだと思います。良くも悪くも、商店街ではひとつのコミュニティが発達していて、SNSのような顔の見えない関係性ではなく、そこにはある種熱を持った人の感情がリアルタイムで揺れ動いているわけです。

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 お店の前にはニコニコとした好々爺然とした人たちがいて、柔らかな視線を辺り一帯に注いでいます。商店街という空間において、未だにパッと頭の中に思い浮かぶのは小野寺史宜氏の『ひと』なんですよね。

 両親を相次いで亡くした少年が、地方から東京へ出てきて大学に通い始めるものの、授業費を払えなくなって中退してしまう。明日を生きることさえも見通しがつかない中で、ふと立ち寄った商店街の総菜屋で働くことになる。

 その総菜屋さんのご夫婦が何ともできた人たちで、何もかもを受け入れる度量の大きさがある。人のやさしさというものが、鮮やかなワンシーンの連なりとして、しっかり感じることのできた作品でした。来るもの拒まず、というわけでもないでしょうが、街に対して親しみをもってやってきた人たちに対して、街の人たちは温かく出迎えてくれます。

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心地よい日常のかけら

 少し前に、商店街の人たちに対して、インタビューほど大げさではないにしても、軽く話を聞いたことがあって。

 彼らに商店街の良さみたいなものをお聞きすると、周りの人たちとの助け合いで成り立っているということを仰られる人が意外と多かったんです。そのつながりの深さは、もちろん二面性も持っていて、少しでも話のタネがあると一気に商店街中に知れ渡ってしまうという側面もあるようでしたが。

 チャリンと音がしてふと振り返ると、買い物袋を抱えて自転車を漕いでいる女性がいます。そのまま、わたしの横をすいと通り過ぎていく。駄菓子屋の前には、おばあちゃんに手を引っ張られて歩いている女の子。ほろ酔い顔で、楽しそうに話し込んでいるおじさん達。

 そこにはわたしが家族や友人たちと過ごす時に感じる、ホッとする時間が確かに流れています。平和で長閑な、奥行きのある日常。しっかりとした関係性が築かれていることがわかります。

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少子高齢化、コロナ禍

 中小企業庁の調査によると、少子高齢化とコロナ禍に伴い、商店街の衰退がこれまで以上に歯止めがかからなくなっているそうです。加えて、リアル店舗とネット販売の競争も巻き起こっている。次々に店が閉店し、気が付けばシャッター街になっているケースも少なくありません。

 昔何かの拍子に通りがかった地方の商店街は、あちこちシャッターが下りていて、そんなはずはないのにこの世界の人たちから拒絶された気持ちになりました。カメラのシャッターボタンを押す時とは全く異なる感情です。胸がちくんと痛んで、息がしにくい。

 そんな時、自分にできることを必死に考えました。何とか若者も含めた人たちの心をつなぐように、商店街を活気づけられることはないだろうか。

 複数の糸を撚り合わせて一本にするように、その街を形式づけられるものを見つける。それぞれの街がもつ特徴を掛け合わせて、町おこしを仕掛ける。個人的にはその商店街に物語が流れていると、イメージを想起しやすい気がします。

 一筋縄ではいかないとは思いますが、そうした活動をいつかやってみたい。少しずつ、アイデアを溜めている最中です。今では密やかな夢のひとつになっています。

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路地裏探検

 商店街の、店が軒を連ねる中心の道を歩くのも好きなのですが、周辺を散策する楽しみもあります。

 そこから一本道を逸れるだけでも、まったく違う景色が見えてくるんですよね。谷根千で有名な谷中ぎんざを訪れた時に、少し寄り道をして写真をパシャリと撮る。また異なる世界が広がっていて、より街の人たちの生活感が見えてきます。

 商店街に惹かれるのは、きっとそこに暮らす人たちの確かな息遣いが聞こえてくるからだと思いました。それに伴って、訪れる人たちの楽しそうな雰囲気も伝わってきます。

 できれば、失われてほしくない。たくさんの人たちのさりげない日常への愛を垣間見ることのできる、この空間が。たぶん、誰しもが気軽に帰ってこれる場所を求めているはず。

「ほら、サクサクだよ。よかったら食べていきなよ」

 今日もどこかで、お腹を空かせた誰かが、小気味良い音を立ててかじっている。愛のこもった、香ばしいコロッケを。その光景を考えるだけで、ぽっと明かりが灯り、シャッターをガラガラと開ける音がしてくるのです。


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