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日常にある映画のワンシーン

大きなギターを背負い、荷物いっぱい詰まったハンドバッグを肩に掛け、車内に入ってきた若い男性。
耳にはイヤホンをはめている。
朝の電車は既に席が埋まっていて、彼は手すりに捕まった。

二駅くらい経った頃だろうか。
突然若い女性が、何かにハッと気づいたように立ち上がり、その男性に声を掛けた。

「あの、席どうぞ!」

彼女ははっきりとした声で彼に言った。
しかしどう見ても健全そうに見える男性。
もしかしたら、手すりに立てかけたギターが松葉杖にでも見えたのかもしれない。
白いズボンを履いていたから、足に包帯をしているように見えたのだろうか。
もしくは、私が見えていなかっただけで、赤いマークをつけていたのかもしれない。
私の中で、彼女が彼に声を掛けた理由が頭を巡る。

ギターを背負ってるくらいだから、その男性はバンドマンだったのだろうか。だから、爆音で音楽を聞いていたのかもしれない。

「え?」

彼はイヤホンを外しながら聞き返した。
彼女は再度鮮明な声で席を譲った。
しかし彼はまたも聞こえなかったらしく聞き返す。
このやりとりが3回くらい続き、
やっと彼は彼女が席を譲ってくれることに気がついた。

「あ、全然大丈夫です。座ってください。」

彼は、そんな僕になんて席を譲らなくても大丈夫ですよ、と今にも心の声が聞こえて来そなオーラで言った。
そうして、彼女は何事もなかったように席にもどった。

彼は冷たく会釈とかではなく、しっかりとそれに対応していた。それがなんだかよかった。
そして、彼女の席を譲らなければ、という一生懸命さが、人間味があってそれもなんだかよかった。

なんてことない、朝の車内で繰り広げられた一場面。
それでも私にとって、まるで映画のように枠取られた風景に見えた。

きっと私は小説の一場面に出会したんだ。

9号車の車内に差し込んむ朝日が、
やけに眩しく感じた。

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