紫藤春香(はるちん)

複数愛者(ポリアモリー)・文筆家📚寄稿「図書新聞」/朝日新聞社「かがみよかがみ」山崎ナ…

紫藤春香(はるちん)

複数愛者(ポリアモリー)・文筆家📚寄稿「図書新聞」/朝日新聞社「かがみよかがみ」山崎ナオコーラ賞大賞受賞/note『女の子なんだから勉強しなくていいよ、と言った父は死にかけるまで仕事をやめられなかった』等

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女の子なんだから勉強しなくていいよ、と言った父は死にかけるまで仕事を辞められなかった

2018年8月2日(木) わたしが11歳の頃、女の子なんだからそんなに勉強させなくていいよ派の父と女の子でもこれからは勉強して手に職つけなければダメでしょ派の母の間で一悶…

もはや「理解」は求めない

15年ほど前だった。都内の、とあるお店の隅っこで、わたしは一人の友人と出会った。 彼女はわたしと同じ高校生で、なのにすべてがわたしとは違っていた。髪がふわふわ長…

向いていない

働くのに向いていない。 致命的に向いていない。まず朝起きるのが苦手だ。私の会社は10時始業なので、一般的には遅いほうだが、それでも8時半にアラームが鳴ると、小脇に…

最高の血まみれホラー映画『X エックス』をポリアモリー視点で読み解いてみた

今夏、最高に楽しい血まみれホラー映画『X エックス』が公開された。 舞台は1979年のアメリカ合衆国・テキサス州。女優のマキシーンとプロデューサーのウェイン、ブロン…

浮気を「正当化」して何が悪い

先日、公開しているアドレス宛に、こんなメールを頂いた。 友達が「複数愛者は浮気の正当化」と言っていました。 実際、そうなのでしょうか……? 複数愛者として、今後ど…

たまたま人を殺さなかった、とある宗教二世の話

わたしは宗教二世だった。とある「新宗教」の。 「新宗教」と聞いて、あなたはどのようなものを思い浮かべるだろうか。やはり今話題の統一協会だろうか。それとも創価学会…

甘んじる

ある人が、『ズートピア』という映画が嫌いだ、と言った。 わたしは、『ズートピア』が嫌いな人なんてこの世にいるんだ、と思った。『ズートピア』は人間のいたことのない…

後期資本主義社会で我々はいかに生き延びることができるのか/『透明社会』『疲労社会』書評

著者のビンチョル・ハンの名前を見聞きしたことがない、という読者も多いであろう。それもそのはず、今回取り上げる2冊は著者の初めての邦訳書である。しかし、この2冊で指…

現状は「革命」的改善の余地があまりある/『#Metooの政治学 コリア・フェミニズムの最前線』 (鄭 喜鎭 ・編、金李 イスル ・…

#Metooという文字列は 、昨今世界中あらゆる地域で深刻な意味を持つようになった。本書の副題は「コリア・フェミニズムの最前線」とあるが、そこで展開される権力の不均衡と…

くすり

毎晩、眠るための薬を飲んでいる。持病があって、夜に長く眠れなかったり、昼に長く眠りすぎたりしてしまうからだ。 この薬を飲む前はいつも、この行為が本当に正しいのか…

司法試験に4回落ちて、小さな出版社に就職した話

とあるゴールデン・ウィークの昼間、わたしは人生にウンザリしていた。一週間後に4回目の司法試験の受験が控えていたからである。まぁ、凡庸な感性を持っている人間なら、4…

紙の上ではなく、路上から。上からではなく下からのフェミニズムが必要だー堅田香織里「生きるためのフェミニズム パンとバラの…

本書はまさに「99%のためのフェミニズム」を語る本邦では極めて珍しい書籍の一つである。もちろん参照されたのは、2019年に刊行され、2020年に邦訳もされ話題となった『99…

君が思い出になる前は

誰しも大切な人と致命的に折り合えない瞬間というものはあり、それは誰かにとっては浮気であり、借金であり、アルコール中毒や暴力や隠された犯罪歴であり、ある型をもった…

誰も見たことのない、二人だけが辿り着ける「高み」を提示ー上野千鶴子・鈴木涼美「往復書簡 限界から始まる」

 本作において、上野千鶴子に「ぶつけられる」ことになった鈴木涼美は、今日最も取り扱いの難しい作家の一人である。  エーリッヒ・フロム『愛するということ』の翻訳者…

年相応に不機嫌な、戦う女の子へ

いつも不機嫌で、お母さんとお父さんを困らせてばかりのあなたへ。今日はめずらしくお手紙を書かせてもらいました。この手紙はお母さんやお父さんに決して見せないでくださ…

知性は力だー小林エリコ『わたしがフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)

本書はある種、奇妙な構造を持っている。筆者はこれまでにも『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(イースト・プレス)『家族…

女の子なんだから勉強しなくていいよ、と言った父は死にかけるまで仕事を辞められなかった

女の子なんだから勉強しなくていいよ、と言った父は死にかけるまで仕事を辞められなかった

2018年8月2日(木)

わたしが11歳の頃、女の子なんだからそんなに勉強させなくていいよ派の父と女の子でもこれからは勉強して手に職つけなければダメでしょ派の母の間で一悶着あった。

この言い争いは圧倒的家庭内政治力を誇る母の勝利で決着し、わたしは中学受験用の塾に通って都内の中高一貫校に合格した。(母は、「勉強したらクーラーのある学校に通えるよ。」と言ってわたしを懐柔した。今振り返ると正確には「

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もはや「理解」は求めない

もはや「理解」は求めない

15年ほど前だった。都内の、とあるお店の隅っこで、わたしは一人の友人と出会った。

彼女はわたしと同じ高校生で、なのにすべてがわたしとは違っていた。髪がふわふわ長くて、アイロンでしっかり手入れされていた。胸が大きくて、垂れ目が愛くるしくて、素敵なガールフレンドがいた。

その日、彼女は、わたしに彼女のガールフレンドを紹介した。

彼女さんはショートカットで、背が高くて男前で、滅多に笑わない年上の人

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向いていない

向いていない

働くのに向いていない。

致命的に向いていない。まず朝起きるのが苦手だ。私の会社は10時始業なので、一般的には遅いほうだが、それでも8時半にアラームが鳴ると、小脇に抱えたイルカのぬいぐるみを殴り散らかさないと気が済まない。目が覚めた瞬間、「今日はもうダメだ」という気がしている。

いっそ世界が終わってしまえばいい。世界が終わらなくても、会社が誰も傷つかないかたちで爆破されればいい。地下鉄の職員は待

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最高の血まみれホラー映画『X エックス』をポリアモリー視点で読み解いてみた

最高の血まみれホラー映画『X エックス』をポリアモリー視点で読み解いてみた

今夏、最高に楽しい血まみれホラー映画『X エックス』が公開された。

舞台は1979年のアメリカ合衆国・テキサス州。女優のマキシーンとプロデューサーのウェイン、ブロンド女優のボビー・リンとベトナム帰還兵で俳優のジャクソン、そして監督のRJと、その彼女で録音担当の学生ロレインの3組のカップルは、映画撮影のために借りた田舎の農場へ向かう。彼らが撮影する映画のタイトルは「農場の娘たち」。ポルノ映画だ。6

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浮気を「正当化」して何が悪い

浮気を「正当化」して何が悪い

先日、公開しているアドレス宛に、こんなメールを頂いた。

友達が「複数愛者は浮気の正当化」と言っていました。
実際、そうなのでしょうか……?
複数愛者として、今後どのように生きればいいか、わからなくなってきています……。

メールをくれた方には、「大事な話なので、お返事をするのに少し時間をもらうし、長くなります」と伝えている。さらに悩んだ末、返事はこのnoteに書くことにした。メールをくれた人以外

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たまたま人を殺さなかった、とある宗教二世の話

たまたま人を殺さなかった、とある宗教二世の話

わたしは宗教二世だった。とある「新宗教」の。

「新宗教」と聞いて、あなたはどのようなものを思い浮かべるだろうか。やはり今話題の統一協会だろうか。それとも創価学会、あるいはエホバの証人だろうか。

生長の家・幸福の科学・真光教・天理教・実践倫理宏正会……。さまざまな「新宗教」をあなたは思い浮かべるかもしれない。でも、あなたの推測が当たることはおそらく一生、ない。

この国には、メディアで取り沙汰さ

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甘んじる

甘んじる

ある人が、『ズートピア』という映画が嫌いだ、と言った。

わたしは、『ズートピア』が嫌いな人なんてこの世にいるんだ、と思った。『ズートピア』は人間のいたことのない、肉食動物と草食動物が共存する架空の動物都市でウサギとして初めて警官になった少女・ジュディとキツネの詐欺師のニックがバディを組み、肉食動物が凶暴化する難事件に挑む、ディズニーのアニメーション映画だ。各動物の体長に合わせた都市づくりや種を超

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後期資本主義社会で我々はいかに生き延びることができるのか/『透明社会』『疲労社会』書評

後期資本主義社会で我々はいかに生き延びることができるのか/『透明社会』『疲労社会』書評

著者のビンチョル・ハンの名前を見聞きしたことがない、という読者も多いであろう。それもそのはず、今回取り上げる2冊は著者の初めての邦訳書である。しかし、この2冊で指摘されるのは、わたしたちにとってあまりに馴染み深い現象ばかりである。

『透明社会』において著者は、あらゆる場面において透明性が要求される社会を批判する。ここでいう「透明性」とは、行政における汚職や情報公開、人権擁護の文脈で求められる透明

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現状は「革命」的改善の余地があまりある/『#Metooの政治学 コリア・フェミニズムの最前線』 (鄭 喜鎭 ・編、金李 イスル ・訳/大月書店)

現状は「革命」的改善の余地があまりある/『#Metooの政治学 コリア・フェミニズムの最前線』 (鄭 喜鎭 ・編、金李 イスル ・訳/大月書店)

#Metooという文字列は 、昨今世界中あらゆる地域で深刻な意味を持つようになった。本書の副題は「コリア・フェミニズムの最前線」とあるが、そこで展開される権力の不均衡と被害者への抑圧は、米国とも日本とも驚くほど近似している。

2017年末のハリウッドを起点として始まった性暴力・セクハラの被害者たちの告発と支援者たちとの連帯は、わずか数カ月後、韓国でも大きなムーブメントとなった。直接のきっかけになっ

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くすり

くすり

毎晩、眠るための薬を飲んでいる。持病があって、夜に長く眠れなかったり、昼に長く眠りすぎたりしてしまうからだ。

この薬を飲む前はいつも、この行為が本当に正しいのか考えてしまう。『ピダハン』(ダニエル・L・エヴェレット・著 屋代通子・訳/みすず書房)という本は、とある部族に夜に深く寝てはいけない、という教えがあることを描いていた。人工の明かりがなく、野生の動物が闊歩する夜の森では、いつ何時危険が訪れ

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司法試験に4回落ちて、小さな出版社に就職した話

司法試験に4回落ちて、小さな出版社に就職した話

とあるゴールデン・ウィークの昼間、わたしは人生にウンザリしていた。一週間後に4回目の司法試験の受験が控えていたからである。まぁ、凡庸な感性を持っている人間なら、4回目の司法試験の受験には大抵ウンザリするものだと思う。

小室眞子さんの配偶者の小室圭さんがNY州の司法試験に落ちた、というニュースが速報で流れたとき、わたしは初めて小室圭さんという人にシンパシーを覚えた。NY州の司法試験の合格率は比較的

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紙の上ではなく、路上から。上からではなく下からのフェミニズムが必要だー堅田香織里「生きるためのフェミニズム パンとバラの反資本主義」

紙の上ではなく、路上から。上からではなく下からのフェミニズムが必要だー堅田香織里「生きるためのフェミニズム パンとバラの反資本主義」

本書はまさに「99%のためのフェミニズム」を語る本邦では極めて珍しい書籍の一つである。もちろん参照されたのは、2019年に刊行され、2020年に邦訳もされ話題となった『99%のためのフェミニズム宣言』(シンジア・アルッザ、ティティ・バタチャーリャ、ナンシー・フレイザー共著/恵愛由・訳・人文書院)である。とはいえ、本書で語られる「パンとバラの反資本主義」及び「99%のためのフェミニズム」について日本

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君が思い出になる前は

君が思い出になる前は

誰しも大切な人と致命的に折り合えない瞬間というものはあり、それは誰かにとっては浮気であり、借金であり、アルコール中毒や暴力や隠された犯罪歴であり、ある型をもった不義理であり、どんなに愛し合っていたとしても、そのような軋みがあった後では決定的に心理的安全性が損なわれ、共に暮らせなくなる出来事があるように思う。

これまでのわたしであれば、若く、愚かで、未来への可能性に満ち、異性(ほぼ異性愛者であるわ

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誰も見たことのない、二人だけが辿り着ける「高み」を提示ー上野千鶴子・鈴木涼美「往復書簡 限界から始まる」

誰も見たことのない、二人だけが辿り着ける「高み」を提示ー上野千鶴子・鈴木涼美「往復書簡 限界から始まる」

 本作において、上野千鶴子に「ぶつけられる」ことになった鈴木涼美は、今日最も取り扱いの難しい作家の一人である。

 エーリッヒ・フロム『愛するということ』の翻訳者であり、法政大学名誉教授であった父と児童文学者である母に「愛されて育」ち(本書324頁)、知性と経済力を手にした、大胆な書き手である鈴木涼美は、修士論文を基にした『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』でのデビュー以降

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年相応に不機嫌な、戦う女の子へ

年相応に不機嫌な、戦う女の子へ

いつも不機嫌で、お母さんとお父さんを困らせてばかりのあなたへ。今日はめずらしくお手紙を書かせてもらいました。この手紙はお母さんやお父さんに決して見せないでください。誰にも見せずに一人でこっそり読んで、なにか思うところがあったらお返事をくれると嬉しいと思っています。

あなたはここのところ、少し混乱していますよね。急に勉強しなきゃと焦って参考書を買い込んだり、かと思ったら一秒も勉強したくなくなったり

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知性は力だー小林エリコ『わたしがフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)

知性は力だー小林エリコ『わたしがフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)

本書はある種、奇妙な構造を持っている。筆者はこれまでにも『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(イースト・プレス)『家族、捨ててもいいですか? 一緒に生きていく人は自分で決める』(大和書房)『わたしはなにも悪くない』(晶文社)等、自身の虐待被害・自殺未遂・精神障害・生活保護受給といった過酷な体験について書き続けてきた。しかし、その中でも本書はそのような「重い

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