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紙の上ではなく、路上から。上からではなく下からのフェミニズムが必要だー堅田香織里「生きるためのフェミニズム パンとバラの反資本主義」

本書はまさに「99%のためのフェミニズム」を語る本邦では極めて珍しい書籍の一つである。もちろん参照されたのは、2019年に刊行され、2020年に邦訳もされ話題となった『99%のためのフェミニズム宣言』(シンジア・アルッザ、ティティ・バタチャーリャ、ナンシー・フレイザー共著/恵愛由・訳・人文書院)である。とはいえ、本書で語られる「パンとバラの反資本主義」及び「99%のためのフェミニズム」について日本で語るには、広く前提が共有されているとは言い難い状況だ。

「99%のためのフェミニズム」は1%のための「リーン・イン・フェミニズム」と対照される。「リーン・イン・フェミニズム」とは、男性中心社会に「リーン・イン」=「前のめりになる」ことによって、「体制の一員にな」り、(leaning-in)「ガラスの天井を打ち破」り(cracking the glass ceiling)、「自由競争」に勝ち残る、「勇気を与えてくれるような(empowering)、才能のある女性の地位向上を図ろうとするリベラル・フェミニズムを指す。リベラル・フェミニズムは、あくまで少数の特権的な人々が同じ階級の男性たちと同等の地位や給料を得られることを目指している。その恩恵を受けられるのは、すでに社会的、文化的、経済的に相当なアドバンテージを有する者たちに限られている。その結果として、家事労働やケア労働といった「シャドウ・ワーク」は、さらに賃金の安い外国人労働者や労働者階級の女性たちに押し付けられ、既存の格差を拡大する、と指摘されている。そうではない、反自由主義かつ反資本主義である女性解放を目指すのが、「99%のためのフェミニズム」だ。

このような議論は日本ではなかなかピンと来ない人も多いかもしれない。そもそも、日本では、「99%のためのフェミニズム」が批判の対象とする、米国におけるFacebookのCEOシェリル・サンドバーグやヒラリー・クリントンのような、「リーン・イン」した女性経営者や取締役、政治家等をお目にかける機会が極端に少ないからだ。勿論、男女雇用機会均等法以降、中産階級の女性たちが正規雇用され、「男並み」に働く女性は増加した。そのことによって、「非モテ」と呼ばれるような、お金もなく恋人もいない、周縁化された男性が、特権的地位を「奪われた」と感じ、女性に対する憎悪をつのらせることはあるかもしれない。しかし、あからさまに資本主義社会の「頂点」に達し、辣腕を振るう「強者女性」のロールモデルのイメージは未だボンヤリとしたままである。

もっとも、日本が無関係というわけでは勿論ない。「リーン・イン」する女性が目に見えないかといって、「99%のフェミニズム」の議論が「早すぎる」わけではないのだ。むしろ「99%のフェミニズム」的観点はより必要とされている、そのことを示すのが本書である。新型コロナウィルスの蔓延によって、「エッセンシャル・ワーク」の軽視が可視化され、2020年11月には渋谷幡ヶ谷のバス停における女性野宿者の殺害事件を経験したわたしたちは、この国で如何に「異物」を排除し、抑圧しようという気勢が強いかよく知っているはずである。

著者はあとがきにおいて、初めての単著が学術書ではないことを「学者としての私の怠慢」と謙遜するが、ご本人も認めておられる通り、この展開は「必然」であったというべきだろう。著者自身の弁当向上での日雇い労働や路上生活者の「タネさん」とのエピソード一つ一つが、資本主義とネオリベエラリズムを前提とした「リーン・イン・フェミニズム」を拒否し、「99%のためのフェミニズム」へ向かうべき具体的な実感を与えている。「99%のためのフェミニズム」は個々人の生活の手触りなしには実現し得ない。すべての人間が当然のようにパン(金)もバラ(尊厳)も要求してもよいはずであるという真の意味での「平等」は、「ホームレスの人々の声」を「上から」まとめ上げ、学術に還元するだけでは体現できなかったはずである。

特に、後半に差し込まれる、「ヤスオさん」との決別は、わたしたちの世界にべっとりと染み付いて離れないヒエラルキー構造を、嫌というほど突きつける。高い志を持っているはずの著者の中にすらあった野宿者への差別の目線、そして、同時に「ヤスオさん」が彼自身を蝕んでいるはずの差別構造—女性の支援者である著者に向けていた決定的に差別的な目線—が白日の下に晒されるとき、わたしたちは考え込まざるを得ない。1%のためのフェミニズムではどうしても拭い去れない、資本主義的に「生産性」の高い、「役に立つ」人間だけに「価値」を認める社会を終わらせるため、「99%のためのフェミニズム」を始めなければならない。あくまで紙の上ではなく、路上から。上からではなく、下からのフェミニズムが必要だ。(複数愛者・文筆家)

出典:図書新聞2021年10月30日号より転載

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