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雨宮汐
2024年5月24日 02:07
誰かを愛することと憎むことは似ている。その人の事ばかり考えてはため息をつく。そのどうしようもなさ。 その想いを募らせながら、降りやまない雪のように高さを増し、いずれはその重みに負けて、圧死する。 大げさだと思う。けれど、僕がした初恋はそういうものだった。恋なんて甘い響きなんて似合わない。もっと絞殺されるような苦しさと血が混じる。 大学の講義を組み、ようやく新しい生活も落ち着いてきた頃にゼミ
2024年5月26日 10:45
太宰治の人間失格を読んだ友人が言った。「暗いだけの話だった」と。 学生時代の私にとって、それは幸せ者の感想でしかなかった。作中の彼は、人間として生きるにはあまりに足りないものだらけの欠陥品で、周りを見下しているようで、自分を愛せないのをごまかしているだけの、ただの人間のなり損ないだった。だからこそ、あの作品を読んだとき、まるで自分のことを書かれているようだった。 私の陰湿な性格は人間失
2024年5月26日 11:11
※Sceno Ichiro - VIOLET feat. 花隈千冬https://youtu.be/7tUIFpWv56A?si=eOvKO-D9ECFIIUuzこの曲がすごく好きで、許可をもらって小説にしてみました。二次創作です。よかったら、曲と一緒に聞いて読んでみてください。 私の過ごせる春は、残り百もない。 小さい頃、春が言っていた。人間が生きられる時間は少ないのだと。今ではその
2024年6月3日 19:43
※昔、複数人が集まって連作として書いた冒頭のお話です。「残念だったね。雨だなんて……」 天文学サークルの合宿に来た初日は雨だった。雪であってもおかしくはない二月の雨。空気が凍てついて、ふわりと漂うような白い息を吐きながら、ゆりは寒そうに身震いしている。指先が冷えて辛いのだろう。彼女は水筒に入れてきた温かいミルクコーヒーをコップに注いで少しずつ飲んでいる。 車の中でも寒さにこたえる。耳
2024年6月3日 19:49
友情によって傷つけ合い、お互いを知り合い、絆を結ぶのが青春という大人がいるが、実際はそうではないと思う。青春とは痒くただれている。どう他者とのぶつかり合いを避け、距離感を図りながら、それでも寂しくて誰かとのつながりを求める。一瞬だけの繋がったという安心感を得たいがために、肉欲に溺れ、誰かを愛そうとしたりする。そういう泥沼のような深さと浅さを味わいながら、火傷した心が赤さを通りこし、青くなりやがて
2024年6月20日 16:12
記憶の中の彼女はいつも桜と共にいる。私の父方の祖母に当たる彼女は、存在が淡く、ふっと息を吹きかけるだけで空気に交じって溶けてしまいそうな儚さを身にまとう。幼い私の手を引き、河川敷を歩く祖母の記憶は、初老にも関わらず美しく品よく笑っている。凛と背筋の伸びた彼女は年老いてなお、儚い銀糸の髪をきらめかせ、吐息さえ香る。老いたはずの髪でさえ艶やがあり、しっとりと光を吸いこんで輝く。いつまでも美し
2024年6月20日 16:21
これは祖父母と僕のお話だ。祖父母は武骨な両親と違い、一つ一つの所作が美しく、気品があり、決して声を荒立てて怒ったりしないものの、否を言わせないほどに威圧感があった。それまで気品も知性のかけらもない両親に育てられ、放任主義で冷蔵庫を勝手に漁らなければ、食事も与えられなかった僕にとって、祖父母の家は異文化すぎた。祖母が食事を用意し、食事前には手を合わせ、食事が済めばそれを祖母が片付け、祖父が礼
2024年6月28日 12:52
闇の中を走るとき、幾分か普段より速く走れる気がする。夢の中はいつも夜で、透き通る闇の中に、ギラギラと光る目がこちらを見ていることがある。私はいつもそれが恐ろしくなり、いつも夜の世界を走り出すのだ。速く鋭いハヤブサのようなスピードが出て、闇の中にふいに出現する草木に手が当たり、そこが夜の林だと気付く。息が上がるのが不思議だ。夢の中なのに、ちゃんと苦しさを感じる。覚醒夢ってやつなのかな。そっと
2024年7月22日 17:50
夕立の雨に服が濡れ、どっしりと重みの増す制服を絞っていた。バス停の頼りないトタン屋根に雨粒がたたきつける音だけが響いている。 薄暗がりの中、制服のスカートを絞る妹が、ふいにこちらの視線に気づいて頬を赤らめる。その瞬間、変な意味で眺めていたわけではないのにこちらも頬に熱が集まってきた。 梅雨はいつもこうだった。放課後、部活などに入らない不精な僕たちは帰宅部の名のもとにバスに乗り込んで、颯爽と帰
2024年9月7日 18:50
同い年の少年、伏見奏太に妹が生まれたと彼に手を引かれて家に招待された。興奮覚めあらぬ奏太の鼻息をうっとおしく思いながら、僕は初めて彼女と対面を果たす。赤い顔をした、まだ生まれたての女の子。蒸し器から出した肉まんのように、柔らかく湯気を出しそうなほど温かな息を吐いて、ビー玉のような丸い目で、僕の顔を眺めていた。澄んだ黒目と赤らんだ頬、作り物のようなのに確かに熱を感じる手を見て、夢の中にいるよう