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無駄な人間|エッセイ



工場のアルバイト

もう十年以上も前の話です。
私は工場で組立作業のアルバイトをしていました。

組み立てた機器は、建設現場に運ばれて据え付けられるのですが、この据付作業までが工場作業員の仕事です。

工場作業員がしょっちゅう建設現場に出向く事情から、組立作業を滞らせない為に工場内限定の作業員が必要となります。
私は正にその要員で、工場内限定のアルバイトとして入っていました。

建設現場の日程が流動的でしたから、建設現場の仕事を終えた作業員が戻って来るタイミングも必然的に流動的となります。
従い、仕方がないのですが、度々人員過剰となっていました。
人員不足だけは避けなければならなかったのでしょう。

効率や生産性向上が重要視される今日は、きっと改善されていることと思います。

ただ、当時はそのような状況でした。
つまり、私の立場で言えば、度々暇な時間が訪れるのでした。


工場の正社員のおじさん

私の暇な時間を狙ったように現れ、話し込む正社員のおじさんが居ました。
ヘルメットに作業着姿なのですが、どんな職種の人なのかは知りません。
当時、訊いた覚えはありますが、まともに答えてくれなかったように思います。

私も暇ですし、話の中身も分からなくはないので、相手をしていました。
話題は決まっていて、裁判制度に対する学校教育の在り方、図書館の担うべき公共性、この二つです。
他の人は面倒臭がって、或いは本当に話が分からなくて、相手にしていない様子でした。

それにしても話の長い人でした。
いくら暇でも限度があると言うものです。


チームスポーツ

私はこれまでに、部活等を含め、幾つかのスポーツをして来ていますが、そのどれもがチームスポーツです。

ある時、チームメイトと口論になりました。

私の主張は、こうです。
私も含め、メンバーの力量はそれぞれだから、対戦相手次第で上手くいかないこともある。
上手くできていないメンバーには役割を限定して分かり易くするなどの工夫をし、この場の勝負に拘らない成長を目指すべき。

チームメイトの主張はこうです。
できないと言うなら、できることだけやってくれたら良い。
できる人間が引っ張って勝ちに行くべき。
時間をかけて成長するとは思えない。
それならば、できる人間を揃えてチームを作り直す方が早い。

私が正論詰めで感情的にさせてしまった面はあると思います。
それでも、未だにこの口論は、私が正しいと考えています。

何故なら、それこそがチームスポーツをする意義だと思うからです。
それに、チームメイトの主張に沿うと、いずれ自身ですらチームから追い出され兼ねないからです。


無駄な人間

工場の正社員のおじさんは、工場作業員たちから、陰で "無駄な人間" と呼ばれていました。

正社員の立場で安定した給料を貰いながら、生産的な仕事をしていない、むしろ邪魔をしていると思われていたようです。

と言うのも、工場作業員の多くは請負契約者で、日給制や出向する建設現場の物件数制という事情がありました。

相手をしている私も、単に暇が潰せるというだけで、内心では、"無駄な人間" と思っていたのかも知れません。

ひょっとしたら、私が口論したチームメイトも、他のチームメイトや私のことを "無駄な人間" と考えていたのかも知れません。

そう考えると、ちょっと怖くなります。
無駄な人間だなんて、ひどい言葉です。


本当の無駄とは何なのか

私が知っている工場のおじさんは、無駄に見えました。

しかし、工場のおじさんの全てを知っている訳ではありません。
実は、もの凄くクリエイティブで、誰にも思いつかないものを短時間に創り上げる人なのかも知れません。
その場合、無駄話ですら、その創作過程になり得ます。
無駄に見えるものが無駄ではないということです。

残念ながら、そんな話は漫画やドラマの世界で、きっと普段からおじさんは変わらないことでしょう。
そうなると、会社にとっては生産性の低い無駄な人材ということになります。
何故会社はおじさんを "無駄に" 工場へ置いておくのでしょうか。

私が口論したチームメイトは、他のチームメイトのことをきっと無駄だと思っています。
そんなチームメイトを、チームスポーツの意義を無駄にしていると私は思っています。
お互いに無駄だと思っています。

本当の無駄とは何なのでしょうか。


一生分からないと覚悟する

言えることは、十年以上経った今も、私が工場のおじさんのことを忘れていないということです。

チームメイトと口論したことを覚えているということです。

何故そこに雑草が生えるのか。
何故ツバメが電線に止まるのか。

自然界の営みには無駄という概念は適用できません。
無駄なんて、人間が考えた理屈で、実は私たち自身が理解できていないのかも知れません。

無駄な人間だなんて、傲慢な考えです。

何が無駄かなんて一生分からないと覚悟しなければ、それこそ無駄なことが増えるばかりでしょう。

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