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わたしと出会う前の母がそこにいた。

母は、会社つとめというものをしたことがない。

労働に対して対価としてのなにがしかのお金を

もらったことがない。

いまでこそ言わないけれど。

母が40代ぐらいの頃、父とうまくいっていなかった

時に必ずいう言葉があった。

被服科とか出てるのに、別にさ、仕事にした

わけでもないからね。

拗ねていた。

母はすぐ拗ねる。

そしてすぐ立ち直るのだが。

その日は少し長い愚痴バージョンだった。

わたしの人生なんか意味がなかった

気がするって。

ふだん意味がないとか言わんやんかって

思いつつ、

母のその頃のことを思ってみる。

日々、父とバトルしていたし、父以外の人など

とも意見の衝突などはしょっちゅうだった。

母が結婚前、東京のとある美術系の短大で

被服科にいたことは知っていた。

その頃の話もよくしてくれるので、

話には聞いていたけれど。

母の友人達の話だったので彼女が

時具体的にどんなことをしていたのか

知らなかった。

そしてなぜか、わたしの洋服ダンスの中から

黄色と白の水玉模様の袋の中に、何かが

入っていた。

わたしのじゃない。

まぎれもなく母のものだった。

こんなん出て来たよってリビングにいったら、

なんであんたが持ってんの? って驚いて

それ短大でやった課題やんって言った。

こころなしかうれしそうな表情だった。

もう、ナッツかしいわって。

IMG20211221204329 (1)ままの作品
母、ステッチワークの課題頑張ってるの図


そしてこんなんもでてきた。

英語で書いてある!Art Emboideryこじゃれとる。
刺繍っていう意味はじめて知りましたわ、へー😲


↑さっきの英文のこじゃれた刺繍の拡大図
母のバイオレットと名付けてみよう。
刺繍がきつすぎて布が引きつってる!
性格やん!


パンジーは花びらもみてほしいと名付けたりして。


思えばこれらの母の課題って、当たり前だけど、

まだわたしが母と出会うずっと前のことなのだ

なって。

糸で布にチクチクしていた頃の母のことは

ある意味、未知の母なのだ。

母だってその後まだどんな人生を

歩むのかなんて未知だった頃の話だ。

そういう邂逅っていうのかな

めぐりあわせって、やっぱり

めちゃくちゃ不思議な気持ちになる。

そして、その十数年後に、とほほってなる

ぐらいに手芸の苦手な子供が生まれるとは

母も想定外だったろう。

小6で編入したシスターのいる学校だった。

なんのクラブに入ればよいのかわからなくて、

悩んでいた。

相談したらそんなに興味もなくても入ることに

なったのが、母の守備範囲である手芸部だった。


生まれてはじめて母とコラボした拙いランチョンマット💦
イチゴの輪郭が笑える💦

忘れもしないこのランチョンマット。

今コーナーに猫ちゃんのソルトandシュガーの

容器が座っているのは、わたしの名前が平仮名で

刺繍されてるからです。

名前は一応ぜんぶやってくれました。

あの名前は父の姓であるから、未だに

あの名前を名乗ることが不思議だと母は

よく言っていた。

わたしがぬいぬいしている時に、母が見かねて、

手伝ってくれたんだと思う。

不器用なのは父似なのねって、何度も言う。

それはわかったのでステッチを教えてって

言ったらわたしはイチゴのつぶつぶの

ステッチにえらくドはまりした。

りんかくのチェーンステッチ、糸が太すぎてる。
この苺のつぶつぶたま結びみたいなのにハマった
です!

これなんだかほんまに無様です。

美味しくなさそうなイチゴだけど。

ちょっと愛着はあります。

好きなところはぼんちゃんが

やりなさいって楽しく針の抜き差しを

やっていた。

意外とおもろいんやなって思いながら

あのたま結びみたいな、ステッチが好きで

くるくる糸を針にまきつけてはご機嫌

だった。

センターは合作しよかっていうことで。

センターのさくらんぼの軸部分は母作に

なった。

葉っぱもたぶん母だろうか。

サクランボって意外と軸が主役よねみたいな風情です。

そしてイチゴとサクランボの次は

こんな感じになりました。

紫色の好きな小6だったので、ぱーぷー色が

いいってことでこんなの作りました。

むらさきのゆきしめのゆき


何度か引っ越しを経験しているけれど。

母が短大生だった頃のこの課題たちは

ずっと捨てないで持ってきて

いたんだなって。

これを見てると母と出会う前の母と

はじめて会ったような気持ちになる。

後に母と子として出逢うわけだけど。

被服科を出たのに役に立つことなんも

してないって嘆くけど。

ふたりで刺繍した時のことを覚えてる

らしくって。

ほんまにぼんちゃんはもうめっちゃ

ドンくさいって笑っていた。

笑える材料を提供してきて、早何十年ですしね。

生まれて初めて母とコラボった手芸作品

として今手元にあってよかったって思う。

いろいろ母の嘆きを聞いてきたけど、

手芸部に入ったら自分が助けてあげられる

だろうっていうそういう気持ちだったん

だろうか?

明日でも覚えていたら聞いてみよう。

母があの時手芸部にしたらって言わなかったら

この苺はなかったんだなって。

眠る前に今日は母と笑った。

笑える時は笑っておきたい。

母の人生をみていたら、そういう教訓って

あるかもしれないなってそんなことを

感じていた。

※今日はおそるおそるベータ版にトライしてみました!

ふしぎという言葉 不思議 人生って不思議
星野源の 不思議って おそろしくいい歌詞だと思う






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